第39話 答え合わせ

 翌日の昼、イナリ達は再びウィルディアのもとを訪れた。リズが扉を一度叩いた後勢いよく開く。


「先生、こんにちは!失礼します!!」


「……昨日ノックしろとは言ったが、世間一般的に、一回戸を叩くことをノックとは呼ばない。それに入ってから失礼しますというのも順序的にはおかしいと思うんだ」


 ウィルディアは片手で顔を抑えながらリズに苦言を呈し、そして、部屋に入ってきた三人を見る。


 そう、三人である。


「……リズ君。この方は?」


 ウィルディアはイナリの肩に手を置き、その後ろに立っている白髪の神官を見てリズに問いかけた。


「えっと、エリス姉さんです、冒険者パーティの仲間で、神官で、そんな感じの……。今朝、朝ご飯を食べながら昨日の話をしたら、今日は私も同行しますって言って無理やりついてきちゃったというか……」


 リズは気まずそうな表情でウィルディアにエリスを紹介した。その様子から、どうやらこの同行者についてはリズとしても不本意であることをウィルディアは理解した。


「そ、そうか。あー、えっと、神官殿がどういった用件で?」


「話は聞かせていただきました。昨日うちのイナリさんに魔法をたくさん撃ち込んだそうじゃないですか!そんな人のところに私のイナリさんは預けられません!!」


「途中からお主のものになっとるが。てか、そもそもお主のものになった覚えは無いのじゃが」


 イナリも妙に過保護なエリスに何とも困ったような様子である。


「なるほど。これが巷でいうところのモンスターペアレントとかいうやつか。私は初めて見たが、これは確かに担任の教師が音を上げるのも無理はないな……」


 ウィルディアがボソリと呟いた後、エリスにしっかりと説明をする。


「エリス殿、一体二人からどのように聞いたのかはわからないが、それはイナリ君の魔術的ダメージに対する耐性がどのようなものであるかを調べるためのものであり、本人の同意を取り、安全面についても十分配慮した上で実施したものだ。わかっていただけるだろうか」


「えっ、そ、そうだったのですか……。私、『昨日魔法使いとやらに囲まれて魔法を撃ちこまれて大変だったのじゃ』などと言っていたのを聞いて、てっきりイジメを受けたのかと思ってしまいました……」


「だからリズは最初からそう言ってたのに……」


「誤解を招く言い方をしてしもうたからの……」


「というか、冒険者とやらは意外と暇だったりするのか?良くも悪くも自由な職とは聞いていたが、ここまでのものなのか」


「いえ、今はリーダーが他のパーティ等と調整してまして……。他にもメンバーの一人は街内の依頼をこなしてますし、そんなことは無いですよ」


「そうか。まあ、リズ君が路頭に迷うようなことが無ければいい。もしそうなったらここで学者にでもなってくれたらいいのだが……」


「リズは自由に生きたいから、学者には興味ないよ!」


「全く自由がそんなにいいものかね、私は不思議に思っているよ」


「そんなことよりも、先生、イナリちゃんについてわかった?」


「ああ、一つわかったことと、それに付随して新たに調べるべきこともできた。それで、ひとまずイナリ君にのみこの話は伝えたいんだ。君たちに共有するべきかは本人に委ねるべきだと判断したからね。呼び出しておいてなんだが、一度退席してもらってもいいかな。確か隣の教室がこの時間は空いているはずだ。そこで待っていてくれ」


「了解だよ。エリス姉さん、先生ならイナリちゃんに悪いようにはしないと思うから、行こう」


「わかりました。というか……帰った方が良いですよね?」


 エリスは少々気まずさを見せながらウィルディアに尋ねる。


「む、どうだろうか、イナリ君の判断次第では神官であり、仲間でもある君もいた方が良いかもしれないと私は思うがね」


「そうですか、ではお言葉に甘えさせていただきます」


 ウィルディアがリズとエリスが部屋を出るのを見届けた後、イナリへと向き直る。


「さて、単刀直入に聞かせてもらうが……イナリ君、君は本当に神なんだね」


「うむ、最初からそう言っておる……。も、もしや信じてくれるのじゃろうか!?」


 イナリは驚愕した。何度自身が神であることを主張しようが、ただの子供の冗談のようにあしらわれてきたので、ここにきて相手側から神であることを見抜くパターンが来るとは思っていなかったのだ。


「まあ、神そのものかそれに類するものかと考えていたんだがね。どうやら当たりだったようだ」


 ウィルディアはうんうんと頷き、満足気に話す。


「しかし本題はここからなのだが……君、普段何に力を使っているんだ?」


「ぬ?それはどういった意味合いじゃろうか。も、もしや、我が無職であると思っておるのかや?それは神である我に失礼ではなかろうか?」


「いや、そういう話ではない。ついでに言えば私は相手が神であろうが何だろうが態度を改めるようなことは無いだろうな」


「お主、なんというか、その辺一貫してそうじゃな……」


「それでだ。今改めて君の体に流れる力を見ているのだが、常に上から下に……もっと言えば地面に向けて、だろうか。力が流れ続けている。一体これはどういった効力を発揮しているのかを尋ねているのだ」


「なるほど。我の権能ということじゃな……」


 イナリは非常に迷っていた。果たしてこの目の前の学者に自身の能力について告げても良いのだろうか。


 変に利用されたりしても困るので、イナリはどういった立場をとるかを探ることにした。


「お主、それを知ってどうするつもりじゃ?」


「む?どうもしないよ。別にイナリ君が神であると広めたり、教会に告発したりすることもしないさ。というかむしろ、そんなことをしたところで狂人扱いされるだけだ。したがって、君を脅したりして利用することもない。というか、そんな野心、私は持ち合わせておらなんだ。だからそう身構えなくても問題ない」


「ふーむ、そうか……」


 相手もイナリが神であることをわかったうえでのこの態度だし、ウィルディアは恐らく悪い者ではないのだろう。万が一何かがあっても、彼女が知らない不可視術で逃げたりすることもできる。


 というか、豊穣神たるイナリの本分ともいえる部分であるからして、変に伏せる必要もなかった気がしつつある。


 イナリはウィルディアの問いに答えることした。


「我は豊穣神なのじゃ。つまり、植物の成長を司る神じゃ。あの今は魔の森と呼ばれておるあそこも我の力によるものじゃ。あ、いや、あれはちょっと事故みたいなものなのじゃがな。なんか魔王とかいうのが住み着いて大変じゃよな。同情するのじゃ」


「……なるほど。そうか……」


 まるで悪びれた様子の無いイナリの発言に、ウィルディアは部屋に飾られた花瓶を眺めながら相槌を打った。


「ちなみにだ。昨日天から落とされてきたと言っていたのも本当の話なのだろうか。だとしたら、それはいつの事か聞いても良いだろうか」


「うーむ、そろそろ一月と……ちょっと前くらいじゃろうか。それくらいじゃな」


「……魔の森が誕生した後、この街も魔王の被害が及んでいるのだが、一昨日辺りに一度だけその被害が止んだ時期があったとうちの植物園の職員が報告していたのだが、一昨日、君は何をしていた?」


「む、我はその時、魔の森とやらにある自宅に戻っておったのじゃ」


「そうか。では一つ、君に重大な話があるのだが」


「む、なんじゃ?」


「本当は、イナリ君の体内の力の話をリズ君と……エリス殿だったか。その二人に伝えるかどうかを君に問い、その方針にアドバイスをする予定だったのだが……もっと重大な話が出来てしまった」


「な、何じゃ急に……」


 ウィルディアが急にこれまで以上に真面目なトーンで話すので、イナリも身構えていた。


「多分、イナリ君、君が魔王だよ」


「……のじゃ……」


 イナリはただ困惑して鳴き声を上げることしかできなかった。

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