第40話 画策
「……おぬしは、面白い冗談を言うのじゃな」
突飛な事を言うウィルディアに対して、イナリは何とか言葉を捻りだした。
「しかしだなイナリ君。詳しい事情は知らないが、君が天から落ちてきた時と魔の森周辺に変化が発生し始めた時期は一致していて、それに君の動きに合わせて魔王の被害も発生しては止んでいる。早計だと言われるかもしれないが、イナリ君という特異な存在と結びつけることはできるのではないか?」
「ううむ……じゃが我は魔物とやらをけしかけたり、人の住む場を破壊したりはしてないのじゃ」
「それは君が言うところの事故とやらで発生した二次被害だろう。トレントは本来この辺りでは生まれない魔物のはずだ」
「……誰か、魔王とやらを一目見たりしておらぬのか?そしたら我が魔王であるなどと言う説は破綻するじゃろ?」
「残念ながら、魔境化してから四日ほど経った今でも痕跡の一つすら見つかっていない。参考までに、かつての魔王は、軒並みとてつもない存在感を放っていたと言っておこう。それこそ痕跡の無い場所を見つける方が大変なほどにな」
「むう……」
「というわけだが、納得いただけただろうか。むしろ、何でイナリ君がわかっていないんだと言いたいくらいなのだが」
「いや、我は神であって魔王とかいうのではないし……」
「ここまでのイナリ君の態度から、君が神を騙る魔王であるとか、そういった類ではないのだろうというのはわかった。しかし、君は現に我々からしたら魔王として認知されているわけだ」
「そうなのかの……」
「もし仮に私のこの推理が誤っていたら、その時は学者気取りが深読みした勘違いだと笑い飛ばしてくれればいい。しかし、もし君が本当に魔王だと思われている者だった場合、どうするかを考えるべきだ。そうだろう?」
「……確かに、そうかもしれぬの」
「私としては最初に言った時と変わらず、君を教会やら何やらに突き出すつもりはないから安心してくれていい。数少ない、リズ君の友達になり得る存在だろうしな」
ウィルディアの力説からして、イナリは人間から、魔王もとい樹侵食の厄災と考えられているとみていいだろう。
イナリ本人としては人間を害するつもりなど毛頭ないし、むしろ文明を、できれば魔術以外の技術について、発展させたいと思っているのだが。
「というわけで、とりあえず納得いただけたようだね」
しばらく考え込んだ様子のイナリを見て、ウィルディアは頷きながら話を進める。
「ではここからが本題なのだが……君はどうしたいかな。あの二人に伝えるか否か、ということについてだ。私が彼女らを別室に待機させてしまっている以上、最低でもそこは考えないといけない」
「そうじゃなあ……」
イナリとしては、現在相談相手となってくれているウィルディア以外にも、ここまでとても親身にしてくれるリズとエリスが味方になってくれると心強い。ちょっとエリスについては親身のベクトルが変な感じもするが、それは今はさておきである。
リズについては、意外とあっさり受け入れてくれそうな感じがする。
というのも、ウィルディアの教え子だとすると、考え方は近そうで、イナリが魔王だとされている者だと知ったところでさほど態度の変化はなさそうだからだ。
しかし、エリスについてはどうだろうか。
イナリは、一つ思っている疑問をウィルディアに尋ねる。
「その、もし教会に仕える者が魔王を捕捉したらどのようになるか、お主は知っておるか?」
「詳しいところはわからないが、最低でも容姿や情報の共有、指名手配あたりは確実にされるだろうな。それこそイナリ君のような子供なら幽閉とかされるんじゃないか?」
「……ふむ」
エリスに伝えるのはやめた方が良さそうだとイナリは即決した。
「ついでに、冒険者の者らはどういった立場をとるじゃろうか」
「彼らは基本的に金で動くからな。まあ、教会が出資したらいくらでも活発になるだろう。そうでもなければ、基本的には何か仇とか、あるいは街の防衛でもない限り動かないんじゃないか」
「なるほどの……」
イナリの中で、自身が魔王になってしまっているという事実を共有できそうランキングは、リズ、エリックとディル、そして最後にエリスとなった。
「ひとまず、リズにのみ事情を知ってもらうこととするのじゃ」
「そうか。どの程度話しても問題ないかな」
「どの道全て話さんと伝わらぬじゃろう。お主に説明は任せるのじゃ」
「わかった。何度も言うが、悪いようにはしないから、肩の力を抜いてくれ」
「う、ううむ……」
イナリはウィルディアと共に、リズとエリスが待つ隣の部屋へと移動した。
「やあ、待たせたね。結論なのだが、リズ君にのみイナリ君の事について共有することにした。というわけで、リズ君は部屋に来てくれ。エリス殿は……だ、大丈夫か?」
ウィルディアがエリスを見てギョッとする。
「イナリさん、どうして私だけ除外されなくてはならないのですか。私が何かしましたか……?ま、まさかアレがバレて……?」
「え、エリスよ、これは別にお主をイジメているわけでは……。いや、お主何したんじゃ??」
一人だけハブられたエリスがイナリに縋りつく。念のためにとエリスも待機させたウィルディアの判断が完全に裏目に出てしまっているようだ。
ついでにエリスが裏で何かしているのが判明したが、今はそんな話をしている場合ではないのだ。
「ひとまず、エリス殿には申し訳ないが、現時点ではイナリ君について共有すべきでないと判断した」
「わ、私に共有できない事実って何ですか……?」
「あー、そうじゃな、えっと……」
中々痛いところを突かれ、イナリは答えに詰まった。その様子を察したウィルディアがフォローに入る。
「イナリ君に関する説明については、非常に高度な魔術理論が関わってくるのだ。加えて、それはまだ公表していないような要素も含まれるので、基本関係者にしか共有できないのだ。申し訳ないが理解していただきたい」
「そ、そうですか……。そういうことでしたら仕方ないですかね……」
「え、魔術理論の話とか絡む要素あったっけ……?」
完全に適当な理由をでっち上げているだけなので、リズからは訝しまれている。ぼろが出る前にさっさと話を切り上げた方が良いとウィルディアは判断した。
「というわけでリズ君、来てくれ。エリス殿は……」
「待ちます」
「そ、そうか……」
エリスの食い気味な返事に、ウィルディアは気圧された。
「―と、いうわけだ」
「なるほど。それはエリス姉さんには言えないわけだ……」
再びウィルディアの部屋に戻った後、リズはイナリに関する話を一通り聞かされた。
「イナリちゃん本当に神様だったんだねぇ、すごいね!イナリ様って呼んだ方が良い?」
「おお、悪くない響きじゃな!」
「いや、そんなことしたら不審さここに極まれりだろう。今まで通りにするんだ。魔王にしても神にしても、教会の目に留まったら碌なことにならないぞ」
「た、確かにそうじゃな……」
「というか、イナリちゃんの事情については理解したけども、じゃあどうするの?って感じだよ」
「それなのじゃが、詳しい事情は言えぬが、時間が解決すると思うのじゃ」
「……そうかなあ……」
イナリの発言にリズは首を傾げる。しかし、イナリも考えた上でのこの結論であった。
アルトとのつながりは流石に彼女らにも教えることはできないが、彼によれば、あとひと月かそこらで本当の魔王が出現するのだ。
そうしたら、実体も捕捉されてすらいない樹侵食の厄災などと言う魔王の噂は立ち消え、真の魔王の方に注目が行くだろう。それまでうまいこと隠し通せばいいのだ。
「ともあれじゃ。お主らには我が樹侵食の厄災の正体であることをいい感じに隠すのを手伝ってもらえれば良いのじゃ。特にリズ、お主の力が重要じゃ」
「うーん、これは大変な計画に巻き込まれちゃったかなあ……」
リズは帽子を抱えこんだ。
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