第36話 耐久力テスト(前)
「突然だが、今日の実技の授業は予定を変更する」
ウィルディアは現在、魔術学校の中の運動場で彼女が担当している生徒達の前で話をしている。
「何をするかを話す前に、まずはゲストのリズ君とイナリ君を紹介しよう。こっちに来てくれ」
ウィルディアの合図に合わせて、イナリとリズが生徒たちの前へと出ていく。すると、この学校に来た二人を見た時の生徒達のリアクションと同じようなリアクションが、生徒から返ってくる。
生徒のざわめきがある程度落ち着いたところで、ウィルディアが話を再開する。
「まずはリズ君だが、知っている人も多いだろう。私の教え子だった卒業生の一人だが、今回はその隣のイナリ君の付き添いで来たのだ。何か聞きたいことがある学生諸君は、この機会に色々と聞いてみるのも良いのではないかと思う」
「リズです!よろしくねー!」
ウィルディアに紹介されたリズは生徒らに手を振る。
しかし、リズは見た目からしても十三、十四歳程度であり、生徒の方は最低でも十七歳くらいに見える。多くの若者の前に立つ幼女という図は、第三者から見ると何ともチグハグな光景であろう。
生徒の中には、リズに手を振り返す者もいれば、複雑な表情をする者も混ざっている。
「次に、その隣にいる狐っ子がイナリ君だ」
「我じゃ。よろしくの」
この紹介を聞いた生徒は、再びざわついた。
「あの子誰だ?」
「あのリズが付き添いするってことは、どこかのお姫様の護衛とかじゃないの?」
「すごいかわいいー!」
「自己紹介雑過ぎない?」
リズに対しては畏怖や尊敬の念が感じられた一方で、イナリについては何とも好き放題言われているようだ。
「静かに。それでは今日の授業の内容について説明する」
ウィルディアが生徒を静かにさせると、説明が再開される。
「今日、君たちにはこのイナリ君の魔術耐性の検証実験に参加してもらう。具体的には、イナリ君に、君たちの魔法を打ち込んでほしい」
「先生、何故私達が参加するのでしょうか?検証にはリズさんだけでは不十分なのですか?」
生徒の一人が挙手して質問する。
「確かにリズ君は魔術師として優秀だが、しかし、全ての属性の、全ての魔法に秀でているわけではない。この検証は、攻撃力という観点において強い魔法も弱い魔法も含めて、様々な者が、様々な属性の魔法を与えていくことによって検証する必要がある」
ウィルディアは解説を続ける。
「他にも色々な理由がある。例えば、普段君たちは模擬戦闘で、相手に勝つことを目的として魔法を行使しているわけだが、今回は検証であるから、強ければ良いという話ではない。自身の魔法の出力の調整の練習も兼ねているんだ。その他にも、出会って間もない者に対して躊躇せずに魔法を撃つことに慣れる練習になる事などもあるが」
「なんじゃかあやつ、結構物騒なことを言っておらぬか?」
「まあ、魔法を使えるようになりたい理由って、自衛にせよ何にせよ、大抵は戦闘力のためだからねえ……」
イナリが小声でウィルディアの話にツッコみ、リズがそれに答える。
「検証の手続きについては、ダメージが低いと思われる魔法から順番に試していくことにする。万が一の事故が無いよう私が監督するので、指示には従うこと。何か質問が無ければこのまま検証を始めるが、大丈夫だろうか」
ウィルディアが生徒を見回し、特に質問等が出ないことを確認した。
「検証作業中にわからないことがあれば都度聞くように。では検証を始めよう。まずは各々、一番得意とする魔法属性ごとに分かれて固まってくれ」
ウィルディアの指示に従い、二、三十人ほどの生徒がバラバラと移動を始めたところで、イナリがリズに尋ねる。
「のうリズよ、属性とは何じゃ」
「えぇ―っと、火とか水とか、そういうやつだね。細かい分類が色々あるんだけど、大まかには火、水、草、雷、光、闇。あと、例外というか、別枠みたいな感じで聖魔法があるかな。で、例えば草の中には風とか土とか細かい分類があるんだけど、その辺は線引きが曖昧だからそんなに深く考えなくても大丈夫だよ。多分、しいて言うならイナリちゃんが得意そうなのは……草属性かな?あとで魔法の行使の練習もしてみようね」
「仕方ないことなのじゃろうが、説明が煩雑じゃな……」
「実際仕組みがそういうものだから、そればかりはどうにもならないね」
イナリとリズの雑談が一段落したところで、生徒たちの移動が終わったようだ。
「よし、ではイナリ君はここに立っていてくれ」
「わかったのじゃ。そしたら何をすればいいのじゃ?」
「君は立っているだけで問題ない」
「ふむ、楽で助かるのじゃ」
「ではまずは火グループから始めよう。順番に、低級の魔法から撃ち込んでいってくれ」
ウィルディアの指示に従って、火グループと呼ばれた集団の中から一人の生徒が歩いてくる。
「よろしくお願いします。準備ができましたら合図をしてください」
「む、よいぞ。ちょっと怖いこともないが、撃つが良いのじゃ」
「え、結界のような物は見えませんが、問題ないのですか?」
棒立ちで魔法を撃つよう促したイナリを見て、生徒がウィルディアに確認をする。
「ああ、この検証はイナリ君の展開する結界や防御魔法の耐久の検証ではなく、イナリ君自体の耐久性の検証だ。遠慮なく撃っていいぞ」
「そ、そうなんですか……?」
リズと同じく齢十三、四歳の、それもリズとは違い魔術師でもない、全く無抵抗の少女に対して魔法を撃つ生徒という絵面はハッキリ言って最悪であろう。
「我が良いと言っておるのじゃ。ほれ、撃ってみよ!」
イナリが胸を張って生徒に魔法を撃つよう促す。
「わ、わかりました……『プチファイアボール』!」
生徒が手に持っているシンプルな杖を構えて技名を唱えると、イナリに向けて小さな火球がボンと飛んできて、イナリに衝突して消滅した。イナリは衝突の衝撃で軽くのけ反った。
「……ちょっと熱いのう。痛くは無いのじゃが……」
「次!同じ技でも違う技でもいいが、強さは今の魔法と同程度にしてくれ」
その後、イナリに向けて魔法を撃つことを躊躇する生徒が続出したものの、検証が進行していった。
「ふむ、ひとまず低級については問題なさそうだな。」
全属性のグループが一通り低級魔法を一度撃ち終わったところで、ウィルディアが呟いた。
「のう、正直ちょっと熱いとか、体に電流が走るとか、それくらいの物であったと思うのじゃが。これはやる意味があったのかや?水魔法に至っては濡れるだけじゃったし……」
イナリが受けた魔法は、ウィルディアの指示通りであるとはいえ、ハッキリ言ってショボいの一言に尽きるものであった。リズが魔の森を抜けるときなどに使っていたような強い魔法を見てきて、そういったものを想定していただけに、イナリは拍子抜けであった。
「イナリちゃん、確かに見た感じ何ともなさそうだけど、ファイアボールでも一応当たったら火傷くらいはするんだよ?それに水魔法で濡れた後に雷魔法を食らうと普通はかなり辛いはずなんだけど……」
「まあ、そういうことだ。少なくとも常人よりは魔法に対する耐性もある事が確認できたわけだな」
「そうなのかや、お主らの話はイマイチようわからんのじゃ」
「ともあれ、ここからはどの程度耐性があるかを見極めつつ進めていこう。ここからはイナリ君も満足すると思うぞ。次は中級下位魔法だからな」
「その、低級とか中級とか言われてもしっくりこないのじゃが?」
「一応、中級には上位と下位があるんだけど、中級下位はまだ優しめの魔法だね。けん制とか、自衛として使われることが多い魔法がいっぱいあるよ。それで、中級上位以上はほぼ全部、攻撃手段として使われる魔法になってくるんだ」
「なるほど。つまりここからが本番といったところかの」
「そういうことになるね。生徒さん達には悪いけど、私はイナリちゃんに向かって魔法を撃つなんてやりたくなかったから、代わりにやってくれて良かったよ……」
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