第35話 魔術学校へ
「それじゃ、いってくるね!」
「いってくるのじゃ」
翌日の朝。冒険者ギルドに「無職」として登録されることを免れたイナリは、リズの魔法学校へと赴くこととなった。
「お二人とも、お弁当を作っておきましたので、是非食べてください」
家にいるメンバーに声をかけ、二人が玄関から出ようとしたところで、エリスがそれを呼び止め、小さな包みを二つ渡してきた。
「ありがとう、エリス姉さん!」
「感謝するのじゃ」
「いえいえ、構いませんよ。あ、でも、もしよければイナリさんに私と一緒のベッドで寝て頂くことを検討してほしいですね」
「……まあ、検討だけしとくのじゃ」
「それって、検討するつもりない人がする返事ですよね……」
昨晩、冒険者ギルドの酒場で常識的な量の食事を食べて、帰宅して、イナリの荷物を部屋に置かせてもらって、体も洗って、さあ寝るぞというところで一悶着あったのだが、それはまた別の話である。
ここでは、今朝もイナリはリズに蹴り起こされたとだけ言っておこう。
「イナリちゃん、先生を待たせちゃうから早く行かないと!」
「うむ、その通りじゃ。というわけで、続きはまた今度じゃ」
「そ、そんな……」
リズがうまくその場を流すパスをしてくれたので、それに乗じて、イナリはエリスの前から逃げ出すことに成功した。
「エリス姉さん、イナリちゃんの事、大好きなんだねえ」
「多分我の尻尾が目当てなのじゃろうが、ちょっとな、たまに恐怖を感じるんじゃよな……」
「試しに今夜一回だけ一緒に寝てあげたら?」
「うーむ。蹴り落されて起こされるのとどちらが良いのじゃろか……」
「それについてはごめん。ほんとに」
「神である我を蹴落とすとは不敬が過ぎるのじゃ、全く!」
「もうその辺の設定にはツッコまないでおくね」
「おお、これがお主の魔術学校とやらか。デカいのじゃ」
リズに先導され、魔術学校へと到着した。塀や柵で敷地が囲まれており、広大な庭も見える。その庭の奥にある校舎は四階建てになっており、上部が妙に尖っている部分があるのが印象的である。
「その、お主を見ていた時から思っておったのじゃが、その尖った帽子と言い、あの尖った建物といい、何かと尖らせるのが流行っておるのか?」
「この尖りはね、魔術師のアイデンティティなの!」
「なるほどの……。あまり人の服飾にどうこう言うべきではないのかもしれぬが、お主の帽子は少々大きすぎるように見えるのじゃが……」
「確かにたまにドアとかに引っかかったりするけど、これは譲れないところだよ。そう、イナリちゃんが神だって定期的に主張するのと同じこと!」
「なるほどの!それは大事なことじゃな!」
「じゃ、この学校の説明させてもらうね……この街はこの国では栄えてる方で、いろんなところから魔術師とか魔法使いを目指す人が来てるんだよ」
「魔術師とか魔法使いとか、その辺の違いがイマイチ判らんのじゃが」
「今はもう殆ど区別されないんだけど、一応定義上は魔術師は魔術言語とかもしっかり扱える人で、魔法使いは単に魔法を使うほうに専念してる感じかな。一応、この定義に当てはめると、私はちゃんとした魔術師だよ!あ、魔法と魔術の違いも大体同じような感じだよ。こっちも殆ど混同されてるから、そこまで厳格にどうこう言う人はおじいちゃんおばあちゃんしかいないね」
「ふーむ、わかったようなわからんような……」
「ちょっとずつわかっていけば大丈夫だよ!それじゃ、行こうか。リズはこの学校でもそれなりに有名だったから、顔パスで行けちゃうよ!」
「か、かおぱす……?」
イナリの手を引いて、リズは学校敷地内へと入っていった。
「の、のう、結構周りから見られておらぬか……?」
「多分イナリちゃんが珍しいからじゃない?ほら、そんな恰好だし。最初に街に入った時も街の人から見られてたでしょ?」
「う、うーむ。そうかの……」
周囲には、この学校に通っているだろう学生がたくさんいて、彼らはこちらを見てはヒソヒソと何かを小声で話したりしている。確かにリズの言う通り、イナリの着物は少々周りから浮いているのだろう。
リズにも聞こえているのかはわからないが、イナリの耳には、「わ、あの狐の子かわいい!」とか「すげえ服だな、どこの人だ?」といった声が聞こえてくる。
しかし、それ以上に「アレってあのリズだよな!?」とか「噂でしか知らなかったけど本当に子供なんだな……」「確か学内魔術競技会で先輩ボコボコにしてたよな?」といったような、リズに関する事柄の方が多いように思える。というか、最後の物に関してはかなり物騒だ。
「お主が有名なのは確かなようじゃな……」
「ん?まあねー」
イナリの呟きに、リズは軽く返事した。
生徒の視線をスルーしながらそれなりに入り組んだ構造の校舎の中をずっと歩き、ようやくある一室で二人は歩を止めた。
「ここがリズの先生の部屋だよ!失礼しまーす!」
「む、来たか。できれば扉をノックしてほしいのだが。それで、その子が例の子かい?」
部屋に入ると、白衣を着た一人の女性が二人を出迎えた。見た目からするとエリスと同じくらいの年齢に見えるが、若干血色が悪そうである。
「そう!この子がイナリちゃん!ちょっと……いや、かなり不思議な子だよ!」
「なんだかちょっと不本意な紹介をされている気がするのじゃ」
「そうか。私はウィルディアだ。しがない学者の一人だよ。まあちょっと前まではリズ君を教えてた身でもあるんだがね」
「この人も頼りなさそうだけど、すごい先生なんだよ!」
「……君は人を紹介するときに失礼な文言を添えないといけない縛りでも課しているのか?」
「ええ?褒めてるつもりなんだけどなー」
「……そうか……」
ウィルディアは本気で不思議そうな仕草をするリズに呆れた目を向けた。
「それで、一応軽く話は聞いているんだが、イナリ君の魔力の流れについて調べるんだったか。ふむ。確かに少々普通じゃなさそうな様子ではあるが」
「先生、それなんだけど……」
リズは昨日冒険者ギルドでイナリの魔力が検出装置に反応しなかった話をした。
「なるほど。それは面白いね」
「我は話の流れについていけなくて面白くないのじゃ」
「それに、針が折れたり、剣が刺さらなかったという話も気になるね。見たところとても頑丈そうには見えないのに、異様な物理耐性があるのかな」
「……そういえばこの前、魔力吸収型井戸の温度設定を最高にしてたのにやけどしてなかったんだよね。『虹色の悪魔』とか、ブラストブルーベリーを食べて平然としてるのもやっぱりおかしいよね?」
「……それは、凄まじいな……。正気の沙汰ではない」
さきほどまでは面白いものを見つけたとばかりにイナリを眺めていたウィルディアは、リズの話を聞いた瞬間、とんでもないものを見る目にシフトチェンジした。
「我はいつだって正気じゃがな」
「イナリちゃん、残念だけど『虹色の悪魔』を食べて『いうほどおいしくなかった』なんてコメントを残す人は普通じゃないよ」
リズがイナリに無慈悲なコメントを残す。
「『虹色の悪魔』には摂取者の味覚に作用する毒が含まれていてね、普通なら異常なほどおいしいものに感じるはずなんだ。ここまでの話を総合的にまとめるだけでも、イナリ君には異常なレベルの物理耐性と魔術耐性、それに毒物に対する耐性もあると考えられるだろうね」
「毒に関してはまあ、昔からその辺にあったキノコとか食べてたからの。我がそれに慣れていても不思議ではないのではなかろうか?」
「キノコを摂取しているうちに次第に免疫が付いたのかもしれないね。真似しようとはとても思えないが。ともあれ、一回その辺を改めて検証する所から始めようか。イナリ君、君が今まで受けた、一番大きい物理的ダメージと、魔術的ダメージについて教えてくれるかい?」
「ダメージというのは痛みの事を指しているのじゃよな?」
「そうだね」
「そうじゃなあ……。物理的ダメージはやはり天から落とされた時じゃろうか。あ、思い出したらちょっとイラっとしてきたのじゃ」
「いきなりトンデモエピソードが飛び出してきてリズは追いつけないよ」
「まあ、すごく高い崖から転落したか、突き落とされたかといったところだろう。その衝撃で記憶が曖昧になっているのかもしれない。どの道、致死レベルのダメージであることには変わりないがね」
「それで、魔術的ダメージとやらは……わからんのじゃ。何が魔術的ダメージなのかわからない以上何ともな……」
「なるほど。それじゃあ、まずはそれを実際に調べに行こうじゃないか」
「……ふむ?」
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