第34話 できませんでした

「なんでですかね、今日の昼に使ったときは問題なかったのですが……。すみません、私が触ってみてもいいですか」


 リーゼが手を装置にかざしたままのイナリを一度下がらせ、首を傾げながら装置に手をかざす。すると、その動きに合わせて装置の上部が青白く光った。


「うーん、正常そうですね……。もう一回やっていただいてもよろしいですか?」


 リーゼが装置の正常性を確かめ、再びイナリに装置の使用を促す。


「……」


 しかし、やはり何も起こらなかった。


「うーん、何でですかね……」


 リーゼは困惑した様子で再び装置を調べ始めた。


「そういえば、昨日の夜にリズさんがイナリさんの魔力の流れが普通じゃないといったような話をしていました。もしかしたらそれが原因の可能性があるのでは?」


「む、そのようなことがあるのかや?」


「そういった話は今まで働いてきて聞いたことがありませんが、魔法の造詣が深いリズさんがそうおっしゃったのならば、可能性としては否定できませんね……」


「なるほど。我の特別さにこの装置が追い付けなかったわけじゃな」


「うーん、あながち間違いではなさそう、ですかね……?」


 イナリがうんうんと頷きながら呟いた言葉にエリスは何とも言えない反応を返した。


「でも、そしたらどうするのじゃ?我、登録できぬのか?」


「えーっと、少々お待ちくださいね。ギルド長に確認してきます」


「うむ」


 イナリがリーゼに返事を返すと、リーゼは奥の事務スペースの方へと入っていった。


「のう、ギルド長とやらは何者じゃ?」


「ここのまとめ役みたいな人かな。昔は相当活躍してたらしいよ」


「見た目は結構いかついジジイってところだな。多分見たら一目でわかるぞ」


「なるほどの。それにしても、お腹が空いたのう。ここで何か食べて行きたいのじゃ。できれば普通の量の物を所望するのじゃ」


「うーん、でもリズが多分パーティハウスにいるからなあ。呼んできてここで夕食にする?」


「それがいいと思います」


「それなら俺が行ってくる。一番身軽だし、適役だろ?それにエリックはパーティ加入手続きのためにいた方が良いし、エリスは……イナリからあまり離れたくなさげなんでな」


「……そうだね」


「イナリさん本当に何するかわかりませんからね、こうしてちゃんと見ておかないと……」


「ちょっと鳥肌が立ったのじゃが」


「まあ、なんだ。頑張れよ」


 ディルは適当なコメントを残してギルドから出ていった。それを見送ったイナリの横からエリスの視線を感じるが、きっと気のせいである。


「お待たせしました。別の方法で登録することが可能なので、そちらで登録作業を進めさせていただきます」


 雑談をしている間に、リーゼが事務スペースから戻ってきた。


「別の方法なんてあったのですか?」


「はい、ギルド長と相談した結果、特例として、この装置が普及する前の旧式の方法で手続きをすることが認められました」


「旧式、とな」


「はい。その方法なのですが……血判です。指に針を刺して少し血を出していただいて、それをこちらの紙に押していただきます。針は大丈夫ですか?」


「え、我そんなことしたことないし、ただただ嫌なんじゃが……」


「い、イナリさん。私がいるので、すぐに傷は治せますから大丈夫ですよ。思い切っていきましょう」


 リーゼからそれなりの大きさのある針を受け取ったイナリは顔をしかめたが、そこにエリスが励ましの言葉をかける。


「うーむ。多少ためらいはあるのじゃが、しかし我は駄々をこねるような子供ではないからの。必要な事ならば疾く終わらせるのじゃ」


 イナリは右手に針を持ち、左手の人差し指に押し当てて力を込めた。


 そしてボキリという音と共に針が折れた。


「……折れたのじゃ、針が」


「え、えぇ……」


「どうしたらそうなるんですか??」


 エリックとエリスはそれぞれ困惑していた。


「……さて、どうしましょうか……」


 そして、リーゼは途方に暮れていた。


「と、とりあえず血をちょっと出せばよいのじゃろ?」


「そ、そうですね」


「きっとあの針が脆かったのじゃ。剣とかを使えば……そこのおぬしよ!その剣をしばし貸してくれぬか?」


 イナリは周囲を見回し、酒場の方にいた短剣を腰に身に着けている冒険者の若者に声をかけた。


「あれ、昨日オムライス頼んだ嬢ちゃんじゃねえか。こんな使い古した剣で良ければいいが、何に使うんだ?」


「ちょっと指を刺すのに使うのじゃ」


「イナリさん、それは色々と誤解が生じる言い方です」


「すみませんね。ええっと、こういった事情で――」


 エリスが慌ててイナリのフォローに入り、エリックが代わって相手の冒険者に事情を説明した。


「なるほどな。いや、あまりよくわかってはないんだが……。まあ、そういうことなら、ほらよ」


「わっとと……。感謝するのじゃ」


 事情を理解した冒険者は短剣を鞘ごとイナリに投げ渡した。


「一応言っておくが、気をつけろよ。俺が貸した剣で指を切断したとか言われたら、俺の仲間にボコボコにされちまう」


「エリスがいるから多分大丈夫じゃ」


「安心してください、イナリさんは私が守ります!!」


「そ、そうか……」


 エリスに若干気圧されながら、冒険者は自分の席に戻っていった。


「それじゃ、今度こそ行くのじゃ……。これ、ちょっと怖いのう……」


 イナリが自身の左手をカウンターの上に置き、人差し指に剣を突き立てた。リーゼの腰が若干引けている。第三者から見たらかなり怖い光景である。


「いくのじゃ!ふんっ!!」


 イナリは力いっぱい剣に力を込めて押し込んだ。


「ふっ……っぐ……。ど、どうじゃ?」


「すごいですイナリさん、無傷です!意味が分かりません!!」


「ど、どうしてじゃ……」


「それは多分ここにいる皆が思っていることかな……」


 エリックが呆れたような声をあげる。


「やっほーみんな!」


 そこにリズの元気な声が割って入った。


「よう、リズを連れてきたぜ。もう登録は終わったか?」


「いや、それがねぇ……イナリちゃんの体が強すぎて登録ができない」


「は?」


「え、どういうこと??」


 ディルもリズもまるで事情が呑み込めなかった。




「なるほどねえ~、それは大変だねぇ」


 エリックやエリスから事情を聞いたリズが何か納得したように、一人頷いた。


「何かイナリちゃんについてわかったのかい?」


「うーん、まだ確証までは。でも、ちょっとイナリちゃんの冒険者登録は保留してほしいな。実は今日、魔術学校に行ってきてリズの先生と話してきたの。それで、先生と一緒にイナリちゃんについて調べることにしたんだ。だからイナリちゃんも一緒に来てほしいの。ちゃんと調べたら色々と解決する方法がわかるかも!」


「なるほど。リーゼさん、申し訳ないのだけれど、一回登録の件を取り下げても問題ないかな?」


「ええ、問題ありません。そもそも登録できてないので……。登録手数料も当然不要です」


 エリックに問いかけられたリーゼは顔を少し下に向けて答えた。


「わかった。ありがとうリーゼさん」


「いえいえ。また今度、イナリさんが登録しに来る日をお待ちしております」


「うむ、また来るのじゃ。それでは、うまいものを食べに行こうぞ!」


 リーゼに返事を返したイナリは、酒場の方へと歩み寄っていった。


「イナリちゃん、今度はヤバいメニューは頼まないでね」


「大丈夫じゃ。一応昨日見た品書きは覚えておっての、目星はついておるのじゃ。『ヒイデリマウンテンパフェ』っていうのじゃが」


「それ、ヤバいメニューだからやめてね」


「わかったのじゃ」

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