第33話 冒険者登録
「こ、こんばんは、ようこそ冒険者ギルドへ。今日はどのようなご用件でしょうか」
受付の女性は目の前で派手に転んだイナリと、その後ろに控えている冒険者三名を見て若干動揺していたが、すぐに持ち直して挨拶をしてきた。
「うむ。冒険者ギルドに登録したいのじゃ」
ギルドの受付はイナリの肩くらいの高さになっているので、イナリは少し背伸びをして受付嬢に用件を伝えた。
「あ、リーゼさん、ついでに加入したら僕らのパーティにこの子を加入させたいんだ」
「かしこまりました。では早速ですがこちらの記入用紙に記入をお願いします。代筆も可能ですが如何なさいますか?」
「む、我は実はこう見えて達筆なのじゃ。我の技巧に恐れおののくが――」
イナリがリーゼと呼ばれた女性から、自信たっぷりに一枚の紙と羽ペンを受け取った。そして紙をに書かれた文章に目を通し、筆を手に取って固まった。
「――読めるけど書けんのじゃ。代筆で頼むのじゃ」
イナリは酒場の料理のメニューや店の看板などは普通に読めていたので失念していたが、この世界にはこの世界独自の言語や文字があるのだ。
「かしこまりました。では順番に読み上げていくのでそれに合わせてお答えください。まずはお名前をどうぞ。ただし、偽名は特段の事情が無い限り認められませんのでご了承ください」
「うーむ、多分イナリじゃ。これって偽名なのかの……」
イナリは腕を組んで考え込む仕草をした。
「……ええっと、何か懸念がございますか?」
「我、多分、厳密には名無しなのじゃ。人間からイナリと呼ばれた故、そう名乗り続けておるが……」
「イナリさん、過酷な人生を送られてきたのですね……」
エリスが何故か同情するような目をイナリに向けてきた。
「ええっと、そちらの方が名前として浸透しているのであれば、それが名前ということでよろしいと思います。特に気にする必要はございませんよ」
「ふむ。そうじゃろか」
リーゼがイナリの名前について問題ない旨を述べると、サラサラと紙に記入していく。
「ではお次に年齢をお願いいたします」
「……我、何歳じゃろ……?」
答えに困窮したイナリは後ろを向いてエリックらに問いかけた。
「いや俺たちに振られても困るが。自分の年齢くらいは流石にわかれよ」
「いや、わからんもんはわからんし……」
ディルから突っ込みが入ったが、イナリは実際、気が付いたら地球に居て、相当長い年月を生きているので、何歳かよくわからないのだ。
「多分二千百年くらいは確実に生きているのじゃが……。正確なところはわからんのじゃ」
「え、えぇーっと。とりあえず記載しないでおきましょうか?実際、スラム街などが出自の方等、冒険者の中には正確な年齢がわからない方もいらっしゃいますし、ここは必須情報ではないので、それでも問題ないですよ」
リーゼは若干顔を引き攣らせながらも用紙の記入を進行していく。年齢がわからないと言っても多分十四歳くらいかな、などと思っていたら、その百五十倍の数字が出てきたので、真偽はともかく、とりあえず書かなくてもいいだろうという判断を下した。
「うーむ。致し方あるまいな」
「ではお次ですね。ご職業はどうなさいますか?」
「これならはっきりと答えられるのじゃ。神じゃ!」
「すみませんリーゼさん、ちょっと待っててもらっていいですか?」
「え、は、はい……?」
リーゼの質問にイナリが元気に答えると、横で控えていたエリスがリーゼに断って、イナリを後ろへと連れて行った。突然の出来事にリーゼは困惑しているが、それは果たしてエリスの行動に対してなのか、それともイナリの返答に対してだろうか。
「あの、イナリさん。前に私が教会に行く前に伝えたこと、覚えていますか?」
エリスがしゃがんでイナリと目線を合わせ、イナリに語り掛ける。
「む、お主、何か言っておったじゃろうか」
「神とか名乗ったらどうなるかって話、しませんでしたっけ?」
「ああ、覚えておるのじゃ。でもあれって教会とやらの周辺だけの話じゃろ?」
この返事を聞いたエリスはがっくりと肩を落として呟いた。
「そういうことじゃあないんですよねぇ……。イナリさん、あそこに書いた職業ってのは基本的に冒険者カードに乗る職業なんです。私でしたら『神官/回復術師』といった具合にです」
「冒険者カードを見て、職業欄に『神』とか書いてあったらマズいってことはわかるよな?いや、そもそもギルド側がそれを通すわけがないが」
「いやあ、我の威厳を示していこうかなとな、思っておったのじゃが……」
「それは厄介ごとにしかならないから、僕も流石に勘弁してほしいかな……」
「しかし、それではどうするのじゃ?」
「とりあえず……暫定『無職』でいいんじゃないかな」
「なんじゃその最悪な職業は!我の威厳がまるで示せぬではないか!!」
エリックの提案に腕を振り回してイナリは猛反発した。
「お、落ち着いて、あくまで暫定だから。職業は後からでも書き換え可能だから、とりあえず適正がわかるまでの形式上の職業ってことだから」
「にしたってひどい言われようじゃ……」
「まあ、私はイナリさんが無職でも養ってあげられますけどね」
「お前はお前で、一体何と張り合ってるんだ?」
「とりあえず、そういうことでよろしくね」
「……わかったのじゃ」
エリックに渋々返事を返したイナリは再び受付カウンターへと戻っていった。
「おかえりなさいませ。改めて、ご職業はどうなさいますか?」
「……む、無職……じゃ……」
「だ、大丈夫ですか?顔がすごいことになってますけど……」
リーゼは、イナリのあまりの形相に心配して後ろのエリックらを見ていた。
「だ、大丈夫じゃ。それで次はなんじゃ?」
「はい。住所をお教えください」
「住所……?えっと、あやつらと同じとこじゃ。細かいことはわからぬ」
イナリは後方を指さして示した。
「なるほど。エリックさん、これは確かですか?」
「うん、イナリちゃんはうちで保護してるから、問題ないよ」
「かしこまりました。」
「他にはあるのかの」
「いえ、これで必要な情報は以上になります。パーティに加入したい方向けに掲示板に掲載する自己アピール欄なんかもあるのですが、これはエリックさんのパーティに所属するとのことなので不要ですね」
「うむ、そうじゃな」
「では最後に、本人照会用にこちらの魔力検出装置に魔力を流してください。魔法適性が無くても、手を近づければこの装置が魔力を検出しますのでご安心ください」
一通り記入が終わると、リーゼがカウンターの隅にあった装置にイナリを案内し、そう告げた。
「わかったのじゃ」
返事をしたイナリは、魔力検出装置に手を付けた。
「……」
手を付けたまま、じっとする。そしてそのまま一分ほど経過する。
「……この装置はこういうものなのかや?」
「……いや、普通なら五秒くらいで終わるはずなのですが……」
イナリの手に、装置は反応しなかった。
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