第32話 再び冒険者ギルドへ
「ところでイナリさん、家の方はどうだったのですか?」
街門を離れて歩いていると、ふと思い出したように、エリスがイナリに問いかける。
「ああ、そのことなのじゃがな、意外にも何の被害もなくての。普通に住めるような状態だったのじゃ。じゃから、たまに家に帰って掃除等をしておきたいのじゃが、よいじゃろうか?」
「そうですねえ……。魔の森は今後さらに危険になっていくと思うのですが、その点については問題ないのですか?」
「我が行ってきた限りでは特に脅威となるものは無かったのじゃ」
イナリに向けてじわじわ寄ってきたトレントも大した脅威ではなかったので、ここでは特に言及しないでおいた。
「そうですか。そういうことでしたら、良いのではないでしょうか」
「ただ、ちと問題があっての」
「何かあったのですか?」
「今朝ディルと話していて、我の不可視術は、基本的には秘匿しておいた方が良いという話になったのじゃ。しかし、人間からすれば今の外は我一人では危険であろうし、かといってあの門番やらに、我には不可視術があるから安全などと話すわけにも行かぬじゃろ?そしたらどうやってこの街から出ればよいのじゃろうか」
「確かにそれは考えておかないとダメだな」
イナリとエリスの後ろを歩くディルがイナリの問いかけに頷いた。
「一応我も少し考えたのじゃが、お主らの家から不可視術を起動して門を通り抜けるしか思いつかなかったのじゃ」
「それは倫理的に問題がありますので、神官の私としては看過できませんね」
「じゃ、じゃよな……。薄々多分良くないとは思っておったのじゃ……」
イナリとエリスの会話が止まった後、一拍置いてディルが話し始めた。
「イナリ、今後この街でお前が暮らすにあたって、どこかのギルドで身分証を作る必要があるんだが、冒険者ギルドで作らないか?そうしたら俺たちのパーティに入れて、街を出るときにも一緒に調査に行ったってことにすれば解決すると思うんだが。どうだ?」
「その辺はよくわからんから、お主らに任せたいところじゃ。それで解決するなら良いのじゃ」
「特に一つのギルドにしか所属できないというきまりも無いですから、気楽に考えて問題ないですよ。ともあれ、それで身分証の問題も、街の出入りについての問題もクリアできそうですね」
エリスがイナリの頭を撫でながら話す。イナリは何となく、次第に撫でられる頻度が増えてきている気がしていた。
「基本的にはお主らの家で世話になるからの。よろしく頼むのじゃ」
「ええ!私もイナリさんが一緒に暮らしてくれるのは大歓迎ですよ!」
イナリの言葉に対してエリスは興奮した様子でイナリに抱き着いた。
「本当にあれだな、イナリが絡むとエリスの様子がまるで別人だな……」
「リズもそう言っておったが、やはり変なのじゃな。ちょっと我は今後に不安を抱いておるのじゃ……」
抱きつかれたイナリは早くもエリスから離れることを諦めていた。
「そういえば、イナリさんに必要な物をそろえないといけないのですが、家からは何を持ってきたのですか?足りないものを確認したいので教えて頂けると助かるのですが」
「茶の木の苗とブラストブルーベリー。以上じゃ」
「……それだけですか?他には??」
「……以上じゃ」
「この布の袋の中に入ってるのがそれだけですか、異常ですね」
エリスがイナリの相棒二号に括りつけられた風呂敷を指さして呟いた。
「元々そんなに持ち物が無いし、必要ならこの街で調達できると思うてな。必要最低限の物だけ持ってきたのじゃよ」
「断じて最低限で選ぶラインナップではないと思うのですが」
「ブラストブルーベリーが必要ってのはさっきの流れからわかるんだが、茶なんて持ってきてどうするんだ?」
会話を聞いていたディルが困惑した様子で問いかける。
「このお茶は我の精神的健康を維持するのに必須なのじゃ。飲むとこう、精神的にすっきりするのじゃ。一度飲んだら病みつきじゃよ」
「あの、それ本当にお茶なんですか?何だかイナリさんの説明だと違法な雰囲気を醸しているのですが」
「……なあ、今からでも引き返して門番に拘留してもらった方がいいんじゃないか?」
「失礼な!正真正銘、我が育てたただの茶の木じゃ!」
不本意な疑惑を掛けられたイナリは風呂敷から茶の木の苗を取り出して見せた。
「……まあ、確かに昔何回か見たことがある茶の木と同じようなものに見えるが……」
「一応門番のチェックは通っているのですし、大丈夫なのでしょう……。しかしイナリさん、さっきの説明は正直、その、別の物を想起させるのでやめた方が良いです」
「そうじゃろうか。うーむ、人間というのはよくわからんのじゃ」
「ともあれ、イナリさんの持ち物が凄まじいことはわかったので、生活に必要なものは一通り買いそろえる必要があるということですね。今度一緒に買い物に行きましょうね!」
「う、うむ……」
イナリはエリスから謎の威圧感のようなものを感じ、ただ頷くのみであった。
「よし、まずはイナリを冒険者ギルドに加入させるところからだな」
イナリ達が冒険者ギルドにつくと、ディルが確認するように呟いた。外は既にほぼ日が沈み、夕飯を食べる冒険者たちで酒場が賑わっている。
「あれ、三人とも。これからパーティハウスに戻る予定だったんだけど、何でここに?」
ギルドの入り口で立っていると、奥からエリックが歩いてきた。
「ああ、細かいところは後で話すんだが、イナリを冒険者ギルドに入れて、俺たちのパーティに所属させようと思うんだ。リーダーとしてはそれで問題ないか?」
「うん、それは問題ないけど……イナリちゃんが僕らのパーティに入って大丈夫?戦闘が発生するような依頼とかも結構受けるんだけど……」
「ああ、その辺は後で話すが、恐らくこいつが戦闘に関わることは無いと思うから問題ないだろう。実際いくつかの規模が大きいところだと裏方系のメンバーも入ってるだろ?そういう感じの扱いだ」
「なるほどね。確かにそういう枠もあるし、問題ないか」
「のう、我はどうすればいいのじゃ?」
「イナリさんはあの前方のカウンターに行って、『冒険者ギルドに加入したい』と言えば受付の人が色々と案内してくれますから、それに従えば大丈夫です」
エリスが三つあるカウンターの内一つだけ人がいる場所を指さし、イナリに行くべき場所を示した。
「わかったのじゃ、行ってくるのじゃ」
イナリはギルドの受付カウンターへと駆けていった。そしてカウンター手前にある段差に躓いて派手に転んだ。
「イナリさん、大丈夫ですか!?今回復魔術を――」
「……なあ。一応、俺らも付き添っておかないか?」
「……僕がいた方がパーティ加入の話も早そうだし、そうしようか……」
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