第31話 落としどころ

「どうじゃ?試す価値はあるのではないか?」


 沈黙に耐えかねたイナリが再び問いかける。


「そんな自殺行為は許可できない」


「まあ、そりゃそうだ」


「私もイナリさんの頭が吹き飛ぶところは見たくないですね……」


 門番がイナリの提案を拒否すると、ディルとエリスもそれに続く。


「えぇー?何故じゃ?この問題が一発で解決する名案じゃろうに」


「この案に乗った瞬間お前の頭が一発で吹き飛ぶんだが?」


 ディルが呆れたようにイナリに対して言葉を返す。


「私は門番として、街の法に則って調査するためにここに拘留しているのだから、容疑者にブラストブルーベリーを食べさせて自爆させたなんて話が表に出たら大問題になる。色々な意味でな。そもそも、ブラストブルーベリーを食べるような人類もいないから、お嬢さんの主張は通せない。ブラストブルーベリーを手渡して我々に投げつけられたりでもしたら最悪だ」


「そのようなことはせぬが。我を何だと思っておるのじゃ……」


「今のところ、お前は頓珍漢な主張をするテロリスト予備軍だぞ」


「うう、イナリさん、私はあなたをそのような子に育てた覚えは無いですよ……」


「我はお主に育てられた覚えが無いのじゃ」


「でもまあ、実際に今のお前を見てると、本当に何か街に被害を出そうと企てているようにはとても思えないんだよな……。なあ、門番さんよ、どうしたらいいと思う?」


「いや、こちらに振られても……。テロ等を計画しての持ち込みでないことが証明できれば、厳重注意の上で解放あたりが落としどころになるかと……」


「それでは困るのう。あれが無いと色々と不都合があるのじゃ」


「不都合ってなんだ?やっぱりお前、ブラストブルーベリーで何かするつもりなのか?」


「いやじゃから、あれを食べるのじゃよ」


「あの、話が振り出しに戻ってきていませんか……?」


「本当に食べるためだからしょうがないじゃろうて。あれを食べると疲労が劇的に回復するのじゃよ。だから我が風刃を使ったあととかに食べれば術による疲労を帳消しにできるのじゃ」


「……まてよ、お前まさか、今朝ブラストブルーベリー食ってたのか!?」


 ディルが驚愕の表情でイナリに問いかける。


「そういうことじゃな」


「ディルさん、どういうことですか??」


 イナリの返答を聞いた瞬間エリスがディルに迫る。


「い、いや、今朝俺とこいつで朝食を作ったんだが、その時にこいつが、風刃……あの、風の刃を作るやつだ。それを使って野菜を切ったんだ。その後、へばった状態でどっか行ったと思ったら突然元気になって帰ってきんだが、まさかそんなことをしていたとは……」


「もしかして、法律上はお嬢さんが人ではなかったから所持品の確認がされなかったってことか……。うわ、これ上に報告しないとダメな案件だ、あの日の担当ってフレッドだったよな……」


「どうじゃ、我の話に説得力が生まれたと思わぬか?」


 何やら門番が頭を抱えだしたが、そのようなことはお構いなしにイナリは腕を組んで勝ち誇った表情を作る。


「話を聞いていると、イナリさんならブラストブルーベリーを食べても大丈夫な気がしてきましたね……。イナリさん、『虹色の悪魔』も食べたことあるらしいんですけど、普通に健康体ですし……」


「お前マジで何てもん食ってんだ……」


「味は悪くなかったのじゃ」


「味は聞いてねえんだよ」


「ともあれ、どうじゃろうか。我にブラストブルーベリーを食べさせれば、食用の持ち込みであることが証明できるのじゃ、それで解決じゃ」


「いや、仮に食用だとしてもちゃんと危険物持ち込み申請は出してほしいのだが……。うーん、どうしたものか」


 門番が悩んでいると、勢いよく扉が開き、部屋に誰かが入ってきた。


「話は聞かせてもらったっす!俺が責任持つんで、食べさせてみましょう!」


「扉は丁寧に扱ってくれ」


「あ、すみません……」


 部屋に登場して二秒で謝罪したのはフレッドであった。どうやら門番の男性の方がフレッドよりも先輩のようである。


「というか何しに来たんだお前。今、休憩時間じゃないのか?」


「いや、そうなんすけど、何かヤバそうな雰囲気を察知したので来たんすよ。そしたらなんか知ってる人がもめてたんで、ここは同じく知り合った仲の俺に任せてもらおうってことっす!」


「なんだそりゃ……。ああ、でもまあ、お前の方が俺よりかは事情が分かりやすいか……?」


 門番がしばらく考え込んだ後、再び口を開く。


「わかった。この後はお前に任せて俺は業務に戻らせてもらおう。では、失礼します」


 門番はそう言うと立ち去っていき、代わりにフレッドがイナリの前までやってきたところで、再び扉が開いて門番がフレッドに話しかけた。


「あ、ついでにこの件の報告書とそこのお嬢さんのブラストブルーベリーの持ち込みの件に関する始末書もよろしくな」


「そ、そんな……」


 門番が言いたいことを言うだけ言って、今度こそ去っていった。


「……まあ、そんなことは後でいいっす!ブラストブルーベリーは保管所から一つ拝借してきたので、ささ、どうぞ、いっちゃってくださいっす!」


 フレッドは一瞬だけ肩を落としたが、すぐに気を持ち直してイナリに群青の実、もといブラストブルーベリーを鉄格子越しに差し出した。


「うむ、話が早くて助かるのじゃ」


 イナリがそれを躊躇なく受け取り、それを見たディルやエリスは顔を青くする。


「お、おい、本当に食うのか?マジでこいつの頭が吹き飛ぶところとか見たくないんだが」


「わ、私、すぐに上級回復魔法を発動できるように準備しておきます……」


「そんな慌てなくても大丈夫じゃて」


 イナリは事もなげに手に転がしていたブラストブルーベリーを口の中に放り込む。いつも食べていた時と同じようにバチバチと口の中で破裂音が響く。


「いや、ものすごい爆発音が聞こえるんだが。何でこんな平然としてんだこいつ」


「うわ、割とダメもとで食べさせてみたんですけど、実際に見るとヤバいっすね!」


「お前自信ありげに話進めてたのに、そんな無責任なのかよ……」


「まあ勘というか、扉越しで話聞いてた感じ、この子嘘ついてなさそうだったんで食べさせてみました。頭が吹き飛んでたらマジでヤバかったっすね。俺の首が飛んでたかもしれないっす」


「お前すげえな……」


「い、イナリさん、大丈夫ですか?」


「うむ、問題ないのじゃ。いつも通り美味じゃ」


「心配しておいてなんですけど、本当に何で無事なんですか……?意味が分からないです……」


「ともあれ、これで食用ってことで申請書出せば持ち込めると思いますよ!イナリちゃんのテロリスト容疑も無事晴れて問題ないってことっす!申請用の書類持ってきますね!」


 そう言い残すと、駆け足でフレッドが部屋を出ていった。




「じゃあ、気を付けておかえりくださいっす、お疲れさまでした!」


「イナリが捕まったって聞いた時は本当にびっくりしたが、何とかなって本当に良かったわ……」


 日は傾き、辺りは夕日に照らされている。門の前で解放されたイナリが、エリスと手を繋いで歩いていると、後ろにいたディルがしみじみと呟く。


「私はイナリさんなら大丈夫だって、最初から信じていましたよ」


「お前、なんかそんな子に育てた覚えはないとか言ってたよな?」


「まあ、そんな時期もあったかもしれませんね」


「ところで、我はブラストブルーベリーとやらが爆発する様子を未だかつて見たことが無いのじゃが、そんなにすさまじいものなのかや?」


「あー、そうだな。フレッド、一個投げてみてもいいか?」


「了解っす!そこの空き地にならいいっすよ!」


 ディルが門の前に立っていたフレッドの方へと問いかけた後、イナリからブラストブルーベリーを一粒貰い、それを近くにあった空き地へと投げる。


 すると着弾と同時にボンッという爆発音と共にブラストブルーベリーが破裂し、空き地に小さな凹みが出来ていた。


「イナリ、お前が食べた実はこういうものだ。俺は未だに、何でこれが口の中で起こったお前が平然と歩いていられるのかがマジで謎だ」


「あわわ……」


 それを見たイナリは、エリスに宥められつつも、ただ震えることしかできなかった。

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