第26話 自宅を目指して

「おはようございます。ディルさん、外に出るんすか?昨日ヒイデリの丘の魔境化に巻き込まれたばかりなのに、すごいっすね」


 イナリとディルが魔の森方面の街の門につくと、昨日も声をかけてきた門番の若者が再び話しかけてきた。昨日もエリックに話しかけたりしていたところを見るに、それなりに顔見知りのようである。


「ああ、まあ今は流石に訓練で赴くつもりはない。こいつが森に行きたいってんでその付き添いみたいな感じだ」


 ディルがイナリの頭に手をのせて門番に自身の目的を告げる。エリスがイナリの頭を撫でた時とは違い、それなりの勢いで手を乗せられたイナリは少々不服な気分であった。


「あぁ、なるほど。確かイナリちゃんだったっすよね。え、今このタイミングで森に行くんすか?この子が?」


「心配する気持ちはわかるが、一応問題ないことは俺が保障する」


「のう、こやつは何者じゃ?」


 イナリがディルの服を少しつまんで尋ねる。


「おっと、失礼しました。俺はフレッドって言います!しがない門番の兵士っす!」


 フレッドはしゃがんで目の高さをイナリに合わせ、敬礼の姿勢を取って名前を名乗った。


「こいつはまあ、見ての通り門番の兵士なんだが、少し前まで冒険者やってたからな。それなりにうちのパーティとも付き合いがあるんだ」


「エリックさん達にはお世話になってますからね。マジ感謝っす!」


「この微妙に崩れている中途半端な丁寧語が若干気になる点を除けば、いいやつだ。信用していい」


「すげえ微妙な評価っす……」


「なるほどの。我はイナリじゃ。神じゃ。よろしくの」


「この子の方が俺よりよっぽどユニークじゃないっすか?」


「……それはそうだな」


「一応確認なんすけど、何でこのタイミングで森に行くんすか?マジで何が起こってるか謎っすよ。冒険者ギルドとかに調査依頼とか出てるっすよね?」


「元々一人で暮らしてたらしいんだが、この街で俺らで保護することになったんだ。それで、こいつの家がどうやら森の中にあるらしくてな。そっちの様子を見たいんだそうだ」


「あー、そういうことなら早めに行った方が良さそうっすね。危険がたくさんあると思うんで、気を付けてください!」


「おう。じゃあまた後でな。行くぞ」


 ディルがフレッドに挨拶をしてイナリについてくるように促したので、イナリはそれに従ってついて行った。




「着いたぞ、ここがヒイデリ湖だ。で、あっちにあるのが多分お前が探してる川だ」


 イナリ達は門から出て五分程度歩いたところで湖に到着し、ディルが河口を指さした。イナリの位置からはほぼ真反対の位置にあり、遠目に見ているので細かくはわからないが、かなり幅広で浅い川に見える。


現在イナリ達が立っている街に近い方には何人か釣りをしている人もいるが、その横には武器も見える。


「……さっきの兵士の言葉やらを勘案するに、人間としてはこの辺は結構危ない場所なんじゃよな?この期に及んで釣りをするとは酔狂ではあるまいか」


「まあここで釣りをするのは何か依頼を受けた冒険者か、筋金入りの釣り人かのどちらかだと思うが……。ただ森の変化をまだ知らないとかか?いや、流石にそれはないか……」


 二人は釣りをする人々を呆れた目で見ながら湖の畔を歩いていく。


「ともあれ、目的地には着いた。案内はこの辺でいいか?」


「うむ、よかろう。助かったのじゃ、感謝するのじゃ」


「おう。何があるかわからないから気をつけろよ」


「わかっておるのじゃ」


 イナリは一度木陰に入ってディルの視界から消えると、不可視術を発動させて再びディルの前に出た。


「……もう行った、のか?何か不安が拭えないんだよな……」


 ディルはイナリの事を認識せずに背を向けて街の方へと戻っていった。


「ふふふ。我の術はしっかり発動できているようじゃな」


 その様子を見届けたイナリは自宅を目指して川に沿って進み始めた。


「それにしてもあっち側はすごいことになっておるのう」


 遠目に見ても、イナリが最初に住んでいた丘には大量の木々が聳えており、周囲がのどかな草原であるだけに、明らかに異彩を放っている。


「我の家と茶が無事であると良いのじゃが」




 イナリは川の横を歩いてゆき、そして魔境地帯に入った。


「おぉ……本当にすごいことになっておる……」


 魔の森の様相は、イナリがこの森を彷徨っていた時よりも悪化していた。立ち入ってからまだ十分も経っていないにもかかわらず、既にエリック達が倒していたような、やたら大きい狼や熊などと五、六体くらいすれ違っている。それに、動くタイプの木――確かディルだかがトレントと呼んでいただろうか――の動きが活発になっていた。


 そして一番の問題は、トレント達が、まだイナリの歩く速度には遠く及んでいないほどに遅いものの、じわじわとイナリの方に寄ってきていた。川のうねりに沿ってイナリが移動するとその方向に合わせて動いてきているので、ほぼ確定と言っても良いだろう。


「こやつら昨日も我の方に寄ってきてたのじゃ。あの時は偶然かと思うておったが……。もしや我の位置がわかるのかや?」


 現時点ではイナリを襲ってくるわけでもないので、ただただ不安が募るだけであった。


「……一応何か持っておくべきじゃな。ないよかマシじゃろ」


 イナリはその辺にあったいい感じの枝を拾いあげた。


「これは相棒二号じゃ。棒だけに……」


 エリック達と会う前に持っていた相棒一号は知らない間に無くしてしまったので、イナリは改めて新たな枝を手にし、相棒二号と命名した。


 そしてもう一つ、イナリは周りから人がいないうちにやろうとしていた事を実行することにした。


「アルトは元気にやっておるかのう」


 アルトとの連絡はおよそ一月前にイナリが指輪の動作テストをしたきりであったので、そろそろ報告しようかと考えていた。それに、人間の街に行って人間と交流したことで、アルトに聞きたいこともいくつか出てきた。


イナリはアルトとの通信を開始すべく、指輪の宝石部分を軽く押した。宝石部分が青から赤へと変化したことを確認し、イナリは喋り始める。


「アルトよ。ひと月ぶりじゃな!人間との接触に成功したから連絡しに来たのじゃ」


「狐神様、お久しぶりです!ちょっと今の作業が佳境なので、少し待っていただいてよろしいでしょうか!」


「うむ。問題ないのじゃ」


 一体アルトがどういった作業をしているのかイナリには全く分からないが、とりあえず大事そうな事は先にやってもらった方が良いだろうと判断し、アルトを待つことにした。


「狐神様、今終わらせました、大変お待たせして申し訳ありません!」


「かまわぬよ、我も突然連絡したわけじゃしな。先も言った通り、人間との接触に成功して、ついでに人目につかない場所にもこれたから、色々と報告とかをしようと思うてな」


「なるほど、承知しました。早速ですが先にお話し頂いてもよろしいですか?」


「わかったのじゃ。我が接触したのは冒険者とかいう者たちでの――」


 イナリはアルトに報告を開始した。

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