第25話 不可視術

 イナリとディルはテーブルで向かい合って朝食を食べている。


「うむ、中々いけるのう。この、パンといったか。ちと硬い気もするが、まあこういうものじゃと思えば何ともないのじゃ」


「これは長期保存が効くタイプのやつだからな。ちゃんとしたパン屋に行けば色々な種類があるぞ。もっとこういう風に間に挟んで食べるのに向いたやつとかもある」


「ほう、それは興味深いのじゃ。今度案内するがよいぞ」


「もし時間があればな。ところでお前、今日家に戻るつもりなんだよな。川までの案内程度なら散歩のついででできるが、一緒に来るか?」


「良いのか?それなら一緒に行くとするかの」


「あと一応言っておくが、川より先についてはちゃんと姿消すアレをやるんだぞ。……アレの名前、何かないのか?」


「今まで他者と話す機会など微塵もなかったからの、特に名前は無いのじゃ。まあ、リズが前不可視の術と呼んでたからの、そのまま不可視術とかそんなんで問題なかろ」


「割と大事なことだと思うんだが、そんな適当でいいのか?リズなんかただの火球出す魔法の名前決めるのに一晩悩んでた事とかあったぞ?」


「まあ我にはそんな事、些事に過ぎぬということじゃ」


「そうか。ちなみにさっき野菜切るのに使ったアレの名前はどうするんだ?魔法なら確か、ウィンドカッターとかいったかな。似たようなのがあったはずだが、それはどうだ?」


「それではつまらぬ。これは風刃と名付けることにするのじゃ」


「些事とか言ってる割にメチャメチャこだわりあるじゃねえか……」


「流石にその辺にありふれたような名前では我の威厳が損なわれるというものじゃ。お主、我が神であるということを忘れたわけではあるまい?」


 イナリはパクパクとサラダをつまみながら自身の考えを述べる。


「そもそもお前が神だということを覚えた記憶が無いんだが。まあそれは置いておくとしてだ……。あともう一つ、その不可視の術について話があるんだ」


 ディルは改まった様子でイナリに話をする。


「風刃についてはまあ、さっき言ったように似たような魔法があるから問題はない。だが不可視術についてはかなり危険だから、絶対に秘匿しておいた方が良い」


「……ふむ。理由を聞いてもよいかの?」


 イナリはこの街に来る前から能力の開示について色々と考えていたので、ここで現地の人間から意見がもらえるのは非常にありがたいことであった。イナリも真面目な面持ちで続きを促す。


「簡潔に言うと、お前の不可視術は危険すぎるからだ」


「危険とな?我はお主らのように戦う能力など持たぬし、危険さで言ったら風刃の方がよほど危ないと見えるのじゃが?」


 イナリはポリポリと人参を齧りながら首を傾げる。


「昨日の夜、お前が井戸にいる間にエリスから聞いたんだが、不可視術を有効にした状態で、俺たち以外の誰かにお前の存在が誰かに認識されたか?」


「いや、誰も認識しなかったのじゃ。そのせいで少々ひどい目にあったのじゃ……」


「それはご愁傷様としか言いようがないが。普通は、街中で透明化やら、認識阻害の魔法やらを使った状態で普通に過ごしていたら、どこかでバレるんだ。例えば見回りの兵士の中にはそういうのを検知するのがいたり、一部の重要な施設の入り口にはそういうのを検知する魔道具が導入されてたりといった具合だな」


 ディルは真面目な面持ちで話を続ける。


「暗殺者とか、裏社会の人間が人気の少ない道や下水道やらを使ってそういうのをかいくぐることはあるが、少なくとも普通に過ごしていたのに、全くもって存在が認識されないというのは異常でしかないんだ」


「ふむ。まあ我はそこらの人間とは一味違うということじゃな」


「そんな前向きな話ではないぞ。もしあらゆる検知方法が効かないヤツがいるとしたら、その力を使って暗殺させる目的で裏社会の人間、まあつまり、悪いヤツが来たり、逆に安全保持のために守衛所辺りで軟禁されたりするだろう」


「む?もし裏社会の輩とかいうのが来たら、それこそ不可視術で逃げればよいだけの話ではなかろうか」


「例えばお前の弱みを握るとか、あとは隷属させる手段なんてのもいくつかあるからな。当然違法だから、それに関連した道具の所持や計画が判明した時点でお縄だが」


「人間、結構やる事えげつないよの……」


「まあ、これは多少大げさに言ったところもあるが、そうでなくても、気づいていないだけで常に隣に誰かがいる可能性があるということが知られるのは良くないってことだ。わかったか?」


「なるほどの。言いたいことはわかったのじゃ」


「尤も、これは盗賊としての俺の意見だが。とはいえ、パーティメンバーは皆こういう結論になるんじゃないかと思うぞ。結論としては、身を守る目的でのみ使って、周りにその能力がバレなけりゃ問題ないってことだな」


「ふむ。参考になったのじゃ。感謝するのじゃ」


「いいさ。手の内をどの程度明かすか考えるのは重要な事だからな」


 会話をしているうちに二人は朝食を食べ終えた。


「この皿は散歩から戻ったら俺が片付けるから、とりあえずキッチンに置いといてくれればいい。出かける準備をしてくれ」


「わかったのじゃ」


 二人は皿をキッチンに運んだあと各々で準備をすることにした。と言ってもイナリは先ほど群青の実を取りに行った場所に戻って自身の服を再び着るだけなので、殆ど何もすることは無かったのだが。




「そういえば、他の面々には我が外に出ることを伝えておらぬが、問題ないじゃろか?」


 ディルと共にパーティハウスから出て街道を歩き、この街に来るときに通った門が見えてきたところで、イナリがふと思いだしたことを尋ねる。


「あー、まあ大丈夫だろ。昨日お前の能力の話してた時に今日家に帰る予定って話はしてたし、元々一人で行かせる予定だったわけだからな」


「ふーむ、そうじゃろうか。これは我の勘なのじゃがな、少し気を掛けた方が良いと思うのじゃ。我の勘、もとい予言は当たるときは当たるから、ありがたく聞いておくのじゃ」


「それって外れるときは外れるんじゃないのか」


「……まあ、そうとも言うかもしれぬな」


「じゃあダメじゃねえか」

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