第24話 目覚め
「……いだっ」
ドサッという音と共に一人の少女がベッドから落下し、それに合わせて部屋に声が響いた。
「……こやつ、寝相が酷すぎるじゃろ……。どうしたら寝ながら体を垂直方向に向けることができるのじゃ……?」
ベッドから落下し、起き上がって体をさすりながらそう独り言ちたのはイナリであった。もっとも、床に落ちていた魔石が刺さったりしなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
部屋の窓から見える外は既に若干明るくなっており、魔力灯はついていないが部屋の様相はうっすらと見えるようになっている。
イナリが先ほどまで自身が寝ていたベッドを見ると、最初はイナリとリズが二人で平行な状態で寝ていたはずなのに、現在リズは体が九十度回転した状態になっていた。どうやら寝相が非常にアクロバティックなリズに足で押されて落されてしまったようである。
視線をもう一つのベッドに向けると、こころなしかしょんぼりとしているように見えるエリスがきれいな姿勢で寝ているのが見える。
今後この家で暮らしていくとなると、必然的にどちらかと共に寝ることになるだろう。寝相は良いが若干身の危険を感じる方か、シンプルに寝相が凄まじく、毎朝このような目覚め方になる方かという二択が迫られるのだろうか。
「……究極の二択にもほどがあるのじゃ」
イナリにはまだ若干眠気が無いこともないが、再び先ほど寝ていた場所へと戻る気力は起こらなかったし、かといってリズを起こしたりすることも憚られた。イナリはそのままリビングに移動することにした。
イナリは、昨日リズがやっていたみたいにソファでゴロゴロしてみようかなどと考えながら、地面に転がっている魔石や積まれている本を蹴ったりしないように移動し、あまり音を立てないようにドアを開閉して部屋を出た。
イナリが廊下を歩いていると、リビングの方から何か物音が聞こえた。
「なんじゃ、誰かおるのかや?」
「よう、イナリ。お前起きるの早いな」
イナリがリビングへと顔を出すと、リビングに入ってすぐ左のところにあるキッチンからディルが声をかけてきた。
「まあ、その、なんじゃ。リズに落とされて目が覚めたのじゃ」
「あぁ、そういうことか。あいつの寝相は本当にひどいからな。災難だったな。今度からはエリスのところで寝たらいいんじゃないか」
「それはそれでちょっと問題が無いこともないんじゃがな。ところでお主はなぜここにおるのじゃ?」
「俺はこれから日課の散歩に行くから、その前に朝食を軽く作ろうとしてたところだ。今までは丘まで行って訓練とかもしてたんだが、最近はその辺がきな臭いから、町内と郊外程度で留めている。ところで、お前も食うか?」
「うむ、よかろう。神であるこの我に食事を献上する名誉を与えるのじゃ」
「一応言っておくが、はやいとこ自分が神だとか、そういう感じのは抜け出した方が良いぞ、後になって恥ずかしくなるやつだからな」
「事実を言っているのだから恥も何もないのじゃ」
「こいつ無敵か……?」
「というかお主、料理できるのかや?どちらかというと人を料理してそうな人相をしておるのじゃ」
「確かにそうかもな。まずはお前から料理する必要があるかもしれん」
「わ、悪かったのじゃ。冗談じゃよ、冗談」
ディルがイナリの方に向き直ってじわじわと寄ってきたので、イナリは咄嗟に前言を撤回した。
「ったく、しょうがねえなあ……。ほら、お前も手伝え」
「仕方ないのう。何をすればよいのじゃ?あ、その野菜を切るのかや?それなら我でもできるのじゃ」
「そうか?なら頼むわ。あ、気をつけろよ、お前が怪我したらエリスに怒られちまいそうだ」
「その辺は心配無用じゃ。見ておれ」
イナリがそう言いながらキッチンに並べられていた野菜の内の一つを片手に取り、もう片方の手に風を集め、それを野菜に向けて放った。
すると殆ど音を出さずに手に持っていたトマトのような実は一瞬で輪切りになった。
「おぉ、すごいな!」
「ふふん、すごいじゃろう?この調子で一瞬で終わらせてやるのじゃ!」
「どうじゃ……我の手にかかれば……こんなもんよ……」
「そういえば疲れるとか言ってたな。なるほど、こういう感じか……」
数分後、キッチンにはきれいにカットされた野菜と、連続的な能力の行使により息も絶え絶えになったイナリと、それを見て呆れているディルがいた。
「安心するのじゃ。一応ちゃんとこの問題を解決する手段はあるのじゃ……。我の服がどこにあるかわかるじゃろうか……」
「ん?ああ、玄関のすぐ横の小部屋にまとめられてるはずだが」
「ちと必要なものがあるでな、一度回収してくるのじゃ……」
「そ、そうか。戻ってくる頃には朝食も出来上がってるはずだ。ありがとうな」
「これぐらい、造作もないのじゃ……」
「いや、その疲れ具合では流石に造作あるだろ……」
呆れたようなディルの声を背に、イナリはディルから聞いた場所へと移動した。
「ここじゃな」
イナリが探しているのは、ヒイデリの丘もとい魔の森で回収してそのままここまで持ってきていた二つの群青の実である。イナリは何の考えもなく能力を使ったわけではない。群青の実がまだある事を覚えており、疲労を回復できることも見越しての事であった。
イナリは自分の服が入った籠を見つけ、そこをガサゴソと漁る。
「えぇっと、確かこの辺に……あったのじゃ」
イナリは二つの実をまとめて口の中に放り込む。朝で静かだからだろうか、噛んだ瞬間にバチバチという音が部屋の中で響き、しっかりとした酸味がイナリの眠気を覚ます。
「うむ。やっぱり我にはこれが無いといかんのう!」
元気を取り戻したイナリは再びリビングへと戻る。
「今戻ったのじゃ!朝餉はできたかのう!」
「あさげ……朝食の事だよな?それならちょうどできたところだ。……にしてもマジで元気になったな、一体何したんだ……?」
テーブルにはサラダと肉が挟まれたパンが並んでいる。
「おお、良いではないか!早速頂くのじゃ!」
何なら能力を使う前より元気になったイナリを見てディルは訝しんだが、ひとまずはイナリと共に朝食をとることにした。
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