第21話 わからなかったら人に聞こう
「イナリちゃん、どうしたの!?大丈夫!?」
着替えを運んでくる途中でイナリの悲鳴を聞いたと思われるリズが、戸を開けて慌てて駆け寄ってきた。
「わわ、加熱量がすごいことになってる!イナリちゃん、とりあえずこれで冷やして!」
イナリがやけどをしたことを察したリズは、まず抱えていた着替えが入っていると思われる籠を床に置き、手の上に小さな氷を生成し、かごの中の布でくるんでイナリに手渡した。
「ぬああ、冷やっこいのじゃ……」
「大丈夫?ちょっと手見せて……。よかった、痕になったりはしてなさそうだね」
「わ、我は頑丈じゃからの……」
イナリのやけどの状態を確認したところで、リズが井戸の方を振り返り、イナリに問いかける。
「イナリちゃん、もしかして井戸の使い方わからなかったの?」
「……我の知ってるやつじゃなかったのじゃ……」
「あー、まあ地域によってはまだこのタイプの井戸は浸透してないのかもね……。もしかして知ってるって言っちゃったから聞けなかった感じ?」
「……うむ……」
「本当に大変な事故になることもあるから、わからなかったら聞いていいのに」
「我、神じゃから……あんまりそういうのよくないかなって……」
「あ、あぁ、な、なるほどね??」
リズは、涙目になって手をさすりながら謎の言い訳をするイナリに対して適当に相槌を返す。
「とりあえず、この井戸の使い方を説明するから、よく聞いてね。わからないことがあったら聞くこと!おっけー?」
「お、おっけい?とはなんじゃ?」
「マジか、そこからか……」
残念ながらイナリに対してカタカナ語や英語由来の言葉は通用しないのだ。
「えぇっと、とりあえず、確認みたいなものだから、わかったか問いかけてるみたいな感じ?」
「なるほどの。おっけーじゃ。……こういう使い方、じゃよな?」
「そうそう!そういう感じ!……っていや、今はそんな話をしている場合じゃないよね」
リズは一息つくと改めて井戸の説明を開始する。
「えっと、とりあえず桶をここにおいて水を出すっていうのは合ってるんだけど、多分このボタンがわからなかったんだよね?」
「うむ。よくわからんかったから赤いのを連打したのじゃ」
「何かイナリちゃん、いつか『何もしていないのに壊れた』とか言い出しそうな感じがして怖いな……」
「む?どういうことじゃ?」
「あ、いや、なんでも。えぇっと、これ見て。ボタンの下に目盛りがあるの、見える?この目盛りが右に行くほど出る水が熱くなっていくの」
リズが指さしたボタンの下部には、横に伸びた何らかのゲージのようなものがあった。
「え、もうこれ以上ないくらい右に振り切ってるのじゃが」
「うん……。この温度って多分、火魔法と水魔法の合わせ技で撃つ攻撃魔法の熱湯くらいの温度なんだよね。一般的には即治療所送りレベルかな……。本当に、よく無事だったね?こういっちゃなんだけど、不思議すぎるよ?」
「あわわ……」
それを聞いたイナリは震えるだけであった。
「で、こっちの青いボタンを押すと温度が下げられるよ。普段使うときは大体このゲージの半分くらいかな」
リズが青いボタンを押し、ゲージにつけられている目盛りを中央部辺りまで戻した。
「これでよし。それでこの上の感圧版に手をのせると周囲から魔力が吸われて水が出るよ。どうかな?わかった?」
「うむ。わかったのじゃ。ちなみにこの地面にある……魔法陣じゃったか?これはなんも無いのかや?」
「ああ、これは簡単に言うと地面から水を吸い上げるための魔法陣かな。人力で魔力を流さなくても定期的に周辺の魔力を少し回収して地下水をこの装置まで転移させてるの。転移魔法って聞くと結構高位の技術っぽいけど、この魔法陣は地下から地上まで直線でつないでいるだけだから比較的計算と設計は簡単だし、日常的に使う分にはそこまで不都合はないんだよね。とはいってもイナリちゃんがこの井戸の使い方を知らなかったみたいに、まだ都会とかにしか普及してないから使い方がわからない人とかもいるのは事実で、そこをより直感的にわかるようにしようと設計者たちは今も頑張ってるらしいよ。ちなみにこの井戸が浸透してからは、今度は転移座標を常に計算して最寄りの井戸から水を入手できる水筒とかが構想されてて、でも転移座標の計算は一つの軸だけなら問題ないんだけど、それを全ての軸を、それも常に計算するとなると非常に高度な技術が要求されてて――」
「あ、もういいのじゃ。わからないことがわかったのじゃ」
「あ、そう?もしまだ気になる事とかあったら、聞いてね!」
リズは笑顔で懇切丁寧にイナリに井戸の地面にかかれている魔法陣の解説をしてくれたが、それを聞いたイナリの顔は商業地区でリズのおすすめの店を紹介された時と同じような顔になってしまった。
「ともあれ、この井戸の使い方はわかったのじゃ。感謝するのじゃ」
「おっけー!じゃあ、着替えはここに置いておくから、リビングで待ってるね!あ、あと、何かあったらちゃんと呼ぶこと!」
「おっけーじゃ」
イナリが覚えたての言葉で返すと、リズはパーティハウスへと戻っていった。
それを見届けたイナリは、リズが感圧版と呼んだ場所を押して桶に水をためた。今度はそっと慎重に水面に手を出し、水の温度を確認する。
「……ひやっこいのじゃ……」
普通の水であることを確認したところで、イナリは服を脱いで籠に入れ、体を流し始めた。
「……着方、これであってるのじゃろうか」
イナリは今まで着物しか着たことが無い。そのため、都会の若者が来ていたシャツやズボンをはじめとした洋服に関する知識はまるでなかったので、腕や足を通すと思われる場所を見て、多分こんな感じで着るんだろうな、ぐらいの感覚でイナリは服を着た。
そして床に置いた籠に、井戸の桶の横に置いておいた、溶けつつある氷が包まれた布を放り込み、籠を抱えてパーティハウスの裏口へ歩いてゆき、戸を横に押した。
「あ、これ引き戸じゃなかったのじゃ」
……改めて戸を開き、リビングへと戻っていった。
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