第20話 思ってたのと違う

 あの後、イナリは何とか自分が中毒死しないと信じてもらうことに成功した……恐らくは。しっかりとした根拠は一切ない、完全にごり押しによるものである。


 食事を終えた後、イナリ達は商業地区を軽く見て回り、エリスやリズが良く行く店や、パーティが備品をそろえるのに利用している店などをイナリに説明してもらうことにした。


 イナリ達が商業地区に差し掛かると、商業地区とそうでない地区の間に大きな道がひかれており、その境界が一目でわかるようになっている。


「なんじゃ、商業地区とかいうぐらいだから料理もあるものじゃと期待しておったが、全然じゃな」


 イナリは商業地区に立ち入ってすぐにそう呟いた。何となく商業地区というぐらいだから食べ物もいっぱいあるのかと期待していたイナリだったが、商業地区内にはほぼ料理らしいものは見られなかった。


「一応市場があって、そこで果物や野菜、肉等は取引されているのですけどね。料理とかはこの区画内では売れないようになっているのです」


「ふむ?何故じゃ?」


「昔は普通に飲食店などもあったらしいのですが、商品に匂いが付いたり、手を使って食べるタイプの食事をした後にそのまま別の店の商品を触って汚してしまったりといったトラブルが相次いでいたのです。結構それで揉めることもあったので……」


「つまり、隔離ってことじゃな。なるほど」


「まあ、言い方はアレですが、そういうことですね」


「商業地区の外に飲食店が密集してるのもその名残みたいなものだよね」


「一応、そのおかげで飲食店が集客しやすくなったとか、色々メリットもあったらしいですけどね」


「あ、一応あそこが市場エリアだよ。今はもうあんまりやってるお店無いけど、日中はすごいいっぱい人がいるんだよ」


 リズが近くの幕が張られている場所を指さした。彼女曰く、昼間なら市場がにぎわっているらしいが、日が暮れたためか既に閉店しているところも多く、そこまでにぎわっている様子は見られなかった。


「そういえば、イナリちゃんと暮らす上で必要な物って何だろう。イナリちゃんって、家から何か持ってくる?」


「そうじゃなあ……。茶の木と石と……あと短剣と桶、それに我の服かの。持ち物自体それぐらいしかないからの、全部持ってくるつもりじゃ。あ、でも桶と服は川に置いたままじゃからもしかしたらもう無いかもしれんのじゃ……」


「持ち物が少ないのは置いといて、一番最初に出てくるのが木と石ってだいぶヤバくない?」


 イナリの発言を聞いて驚くリズと、黙って手を顔に手を運ぶエリスを見て、イナリは首を傾げた。


「いや、我にとっては非常に大事な物じゃ。無くなったら心の拠り所が無くなるほどじゃぞ?」


「えぇ……?まあ、一応パーティハウスには庭もあるし、植える場所はあるけど……」


「これ、イナリさんが家から戻ってきたら、まず何が必要か考えるところから始めるべきですね……」




 その後もイナリ達は、行きつけのポーション店や武器屋、服屋など様々な店を巡っていった。


 しかし、特にリズのおすすめの店の紹介で顕著だったのだが、店の説明の際に、ポーションがどうだとか、魔法陣がなんだ、スクロールがあれば便利だとか、イナリが全く知らない概念があまりにも多く使われていた。そんなこともあって、後半になるにつれ説明の大半を聞き流すような状態になってしまっていた。


 ついでに途中で見つけた家具屋でイナリに適した椅子のサイズを確認した。見た目からある程度エリスは察していたようだが、イナリはリズとほぼ同等の体格であるので、リズの体格に合えばイナリにも合うだろうという結論に至った。


 ある程度商業地区を見た後、イナリ達はパーティハウスへと戻った。もうすっかり日が暮れてしまっている。


「イナリさんは明日も早いですし、今日はもう水浴びしたら寝ましょうか」


「そうしようか。えぇっと、イナリちゃん、井戸の使い方わかる?」


「うむ。昔人間が使っているのを見たことがあるからの。その程度は心得ておるのじゃ」


「そっか。じゃあ先にイナリちゃん使っていいよ!あ、着替えは……リズのでもいい?」


「うむ。問題なかろう」


 家具を見た時に改めてイナリとリズの体格がほぼ同等であることは確認済みなので、きっと服も問題なく着れるはずだ。


「じゃあちょっと部屋から取ってくるね」


「井戸の方に案内します。イナリさん、こちらへどうぞ」


 エリスの案内に続いて、パーティハウス内の廊下を進む。やがて裏口と思われる扉に到達し、そこを空けると床に木の板が敷かれた裏庭へと出た。


「こちらが井戸になります。周りの幕は閉じておきますので、水浴びが終わったら呼んでください」


 そういうと視界を遮るための幕が閉じられ、ドアが開閉する音が聞こえた。


「……わかったのじゃ」


 イナリはエリスの声に遅れて返事を返した。


 イナリが知っていた井戸というのは、釣瓶と呼ばれる綱のついた桶を使って水を組み上げる方式と、都市化の初期に見られたポンプを用いて水を汲むタイプの物であった。完全に都市化が進んでからは蛇口やら何やらが現れてめっきり使うことは無かったので、若干記憶は朧気であるが、使い方は覚えている。


 しかし、少なくとも、今イナリの目の前にある、恐らくそこに手をつけて何かすると思われる、何かよくわからない模様がついている装置があったり、地面に教会で見たような魔法陣がついているようなものでは決してなかったのは確かだ。


「なんじゃこれ……?」


 明らかにイナリの記憶の中にあるそれとは別物である「井戸」を見て、イナリはただ佇むことしかできなかった。


「わかると言った手前、聞きに行くのもちと躊躇われるのじゃ……」


 イナリはひとまず、井戸に近寄って観察することにした。


 近寄ってみてみると、手をのせると思われる場所の横には赤いボタンと青いボタンが付いていた。また、ぐるりと回ってみると、後ろ側に水を汲むためと思われる桶も見つけられた。


「用途がわかるものが目に付くだけでここまで安心するとは思わなかったのじゃ……」


 装置の地面の部分から半円を描くように伸ばされた管が上部まで伸びており、その管が下を向くように取り付けられているところを見るに、恐らくここから水が出るのだろう。その下には桶のサイズと一致する平らな場所がある。


 桶をそこに置き、イナリは再び佇んだ。


「ここからどうするんじゃろうか……」


 イナリは赤いボタンと青いボタンを見た。これは地球でも見た、赤が温かさを、青が冷たさを連想させるものだろう。都市化が進んでからは、そういったものを押すだけで色に応じてお湯や水が出る機構があったのも覚えている。


「きっとこれで水が出るのじゃろうな。……久々に湯浴みにするかのう」


 イナリは元々水浴びをするつもりだったが、もしお湯が出るのであれば、折角だしそちらで体を流すことにした。


 確かに管の下に桶が設置されていることを確認し、イナリは赤いボタンを押した。


「………」


 ……が、何も起こらなかった。


「なんじゃこれ?壊れておるのか?」


 イナリは赤いボタンを連打するも、全くもって装置はうんともすんとも言わない。


「うーむ?どうするべきかの……。あ、そういえばこれはなんじゃろか」


 イナリは先ほどから放置していた手をのせると思われる場所に手を付けた。すると、管から湯気がもくもくと出ているお湯が出てきた。


「おぉ!なるほど、こうやって使うのじゃな。湯加減を確かめねばの……」


 イナリは桶に入っているお湯に手を入れた。


「あ゛っっっづ!!!!!!!!!!!!」


 そして、やけどした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る