第19話 本当に食べてしまったのか?
「大変失礼いたしました。こちら、店からのサービスとさせていただきます」
「う、うむ。まあ、わかっておったのじゃ。最初からこれが狙いだったというか?まあ我は寛容じゃからの、許してやるのじゃ」
「いや、流石に店のサービス狙いはそれはそれでダメでしょ……」
無事、イナリは術を解除して自身の存在を確かに店員に認めさせ、ついに水とサービスのフルーツ盛りを手に入れた。丘で見たよくわからない果物も入っているが、食べやすいようにカットされている。
しかし、イナリがこの世界に来てから日常的に食べていた群青の実は含まれていなかった。
「すみません店員さん。ご迷惑をおかけしました……」
「いえいえこちらこそ大変失礼なことを……。三人と伺った時点で確認するべきでした。改めまして、注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
そういうと店員は店の受付へと戻っていった。
「さて、私はいつも食べているキノコシチューにしようと思いますが、お二人は何を頼みますか?」
エリスはそういうとテーブルに置かれているメニュー表をイナリとリズの方へ差し出した。
「リズはどうしようかな。そこまで量は無くていいけど、お肉が食べたいかも」
「そしたらこのビーフシチューが良いと思いますよ。ちょっとお値段はしますが、とても柔らかくておいしいです」
「この店、シチューが売りなんだね。メニューの半分くらいシチューじゃん」
リズはフルーツ盛りをつまみながらメニューを眺めて呟いた。同じくイナリもフルーツ盛りから一つ果物を手に取ってメニューを見る。
「シチューというのは最近人間が食べるようになったあの汁物の事かの?試してみるとするかの」
「イナリさん、シチューを食べたことが無いのですか。そしたら私と同じでキノコシチューにしますか?」
「そうじゃの。何もわからぬまま注文してひどい目にあったばかりじゃし」
イナリは、昼に食べた「超まんぞくオムライス」が頭によぎり、顔をしかめた。
「……シチューを汁物と表現するの、ちょっとモヤっとするな」
「すみませーん。注文お願いします」
エリスが手を上げて店員を呼び、料理を注文した。
三人が雑談をしながらフルーツ盛りを食べ終えた辺りで、料理が運ばれてきた。今度はしっかりと三人それぞれの前にシチューが並べられている。
「おおぉ、冒険者ギルドとか学院の食堂とは違って量がお上品な感じだ。おぉ、肉が柔らかい!」
リズが肉にフォークを刺し、感心したように話す。イナリには、リズの言う学院がどのようなものかはわからないが、冒険者ギルドと並べられて語られているのを見るに、量が凄まじいのだろうと見当づけた。
「お上品って……。でも確かに、この店は量より質で勝負するタイプのお店ですね」
「ところでこれ、何のキノコじゃろうか」
イナリはシチューに入っているキノコをスプーンで掬いあげて問いかけた。
「えぇっと、ヒイデリの丘で取れたキノコがメインだったはずですよ。しっかりとした品目は確かメニューに書いてあったはずです。」
「ふむ。そしたらあそこで暮らしていた時に見た虹色のキノコなども使われておるのかの?」
イナリがそう問いかけると、リズとエリスは微妙な表情になった。
「イナリさん、それは恐らく『虹色の悪魔』と呼ばれているキノコの事ですね。絶対に食べてはいけませんよ」
「それって確か、美味しいらしいけどそれを食べたら最後、中毒死しちゃうみたいなエピソードが有名なやつだよね」
「そうです。何十年か前に美食家が食べておいしいと広めたものの、その一か月後くらいに死んでしまって、その間にキノコを食べてしまった人が数多く犠牲になった事件があったのです。そこから『虹色の悪魔』と名が付いたのですよ。今でもたまにそれを食べて命を落とす人がいるようです」
「見た目がヤバいから普通は絶対食べないと思うけどね……」
「ふむ。まあ確かに美味しかったからの。命を落とす覚悟で食べるものがおるのかもしれぬな」
「虹色の悪魔」の話を聞いて感心しながら、イナリはキノコシチューを食べ進めた。あれは群青の実と並んでイナリがあの森で食べておいしいと思ったものの一つであったが、あまり見つからないし、イナリの家の周辺で栽培するほどのものでもなかったのだ。
「そうだねぇ……。ん???」
「え、イナリさん、アレ、食べたんですか??いつ食べましたか??」
リズとエリスが身を乗り出してイナリに尋ねる。
「ふーむ。一か月ほど前じゃろうか。あ、美味しいとは言ったのじゃが、別にわざわざ命を捨てるほどの味ではなかったと思うのじゃ」
そんな二人に対して特に何事もなかったかのようにイナリはすました顔で答える。
「……終わった……」
「別に味のレビューはしなくていいんですよ……」
エリスとリズはもはや手遅れになっているイナリを見て絶望している。
「イナリさん、後何日猶予があるかはわかりませんが、少しでも満足できるように応援しますよ」
「猶予……?何かの期限でもあるのかや?」
「イナリちゃん、後何日生きられるのかわからないんだよ?」
「え、何じゃ、我死ぬのか???なんで???」
イナリは一瞬リズ達の言っている事の意味が分からなかったが、二人が、イナリには毒が効かないということを知らないのだということに気づき、すぐに誤解を解くことにした。
「お主ら何か誤解しとるかもしれんのじゃが、我には毒は効かんのじゃ。だから問題ないのじゃ」
「『虹色の悪魔』を食べた人は大体そういうんですよ!『何が悪魔だ?俺はこんなにピンピンしてるぜ!ハハハ!』とか言いながら死んでいくのです!」
「お主意外と演技派なのじゃな」
「お客様、店内で大きい声を出すのはご遠慮いただけると……」
「あっ、すみません……」
「とにかくじゃ。証明する手段はない故、信じてくれとしか言いようがないのじゃが、我は大丈夫だから気にせんで良いのじゃ。」
「本当かなあ……。明日起きたらイナリちゃんが冷たくなってたりしたら一生もののトラウマ決定なんだけど……」
「そ、それよりこの後の事を考えぬか?商業地区とやらに行くのじゃろ?」
イナリは何とか別の話題でその場を落ち着かせて、三人でシチューを食べた。
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