第22話 癒し

 イナリがリビングへと戻ると、リズはソファで横になっており、エリスは何らかの書類の整理をしていた。


 イナリが戻ってきたことに気が付いたリズが、起き上がってイナリのもとへと駆け寄ってきた。


「おかえりイナリちゃん、今髪乾かしてあげるからここ座って!」


「む、そのようなことが可能なのかや?」


「そうそう。私はちゃんとしたエリートの魔術師だからね、便利な魔法は大体使えるんだよ!」


 イナリの問いかけに対し、リズはエリートの部分を強調して答える。尤も、エリートの意味はイナリには伝わっていないが。


「我もそういうの、できるじゃろうか?今までは基本的に日に当たって乾かしておったからの」


「うーん、どうだろう。イナリちゃん、能力を教えてくれた時にも思ったんだけど、なんだかちょっと魔力の流れが普通じゃない感じっぽいんだよねえ。ちゃんと調べてないから何とも言えないけど。獣人種の人とかってこんな感じになったりするのかな。いやでもそんな文献は――」


「あっ、言ってみただけじゃから。そんな本気で受け取らなくても大丈夫じゃよ」


 何となくリズのスイッチを入れてしまったことを察知したイナリはすぐにそれを止めた。どうやらリズは魔術関連の話題になると突然知能指数が跳ね上がるようである。


「あ、ごめんね。ちょっと考えこんじゃってたかな。一応今度時間があるときに試してみようか!リズは教えるのも上手いから、安心してね!」


「う、うむ。適度に期待しておくとするかの……」


 リズはイナリを近くの椅子に座らせるべくイナリの背後に回り込んだ。


「あ、そっか。イナリちゃん尻尾あるからこっちも乾かさないとダメか。えぇっと、そしたら……そこで立ってて!」


 イナリを比較的広い場所に立たせると、リズがイナリに向かって手を構えた。


「おぉ~、温かい風が来るのじゃ、これは良いのう!」


「でしょでしょ~、便利だけど結構技術が要求されるから、日常的に使える魔術師はあまりいないんだよ。ちなみに、中途半端な腕前の人が使うと、ただの火魔法か風魔法になったりするんだよ」


「何か急に怖くなってきたのじゃ、さっきの井戸と言い、魔法とやらは均衡が崩れるとひどいことになるのじゃな」


「お、イナリちゃんは賢いねえ!その通りで、魔法はバランスがすごく大事なんだよ。なのに魔術師を目指す人の中にはいきなり複合的な要素がたくさんあるような派手な魔法から手を出そうとするようなお馬鹿さんもいて―」


「わ、わかったのじゃ。リズはすごいのじゃな!」


「まあ、私はもう大人だからね!」


 イナリはだんだんリズのスイッチが入ったのを察知する速度が上がっているのをひしひしと感じながら、突然魔術師界に対する愚痴をまくし立て始めたリズを適当に褒めてどうにか対処する。それにしてもリズのこの大人に対するこだわりは何なのだろうか。


「よし、これで乾いたんじゃないかな。それにしてもイナリちゃん髪がさらさらでいいなあ!尻尾も柔らかい……」


「え、私も触っていいですか??」


 リズがイナリの尻尾を軽く触った感想を聞いて、エリスが突然椅子から立ち上がって近寄ってきた。イナリは先ほどまで黙々と書類整理をしていたのに、突然立ち上がったエリスに少しだけ驚いた。


「お主ら尻尾好きじゃな……」


「それにしてもエリス姉さん、イナリちゃんの尻尾、気に入りすぎじゃない?ちょっと怖いんだけど……」


 若干引き気味のリズのつぶやきを聞いてイナリはふと考える。最初にパーティハウスに来た時には既にエリスはイナリの尻尾を狙っていた。よくよく考えたらイナリがエリスに運ばれていた時には、既に尻尾が標的としてマークされていたような気さえしてくる。


「ちょっと、その、我がお主らの部屋で寝るときは距離を取ってもらってもいいじゃろうか?具体的には二人分くらいじゃ」


「すみません、書類仕事とかは疲れるので、癒しが欲しくて……。その、距離を置くのは悲しいので勘弁して頂けませんか?」


「などと供述しておりますイナリ様。いかがなさいますか?」


「うーむ。観察期間を設けるのじゃ」


 リズが茶化してイナリに問いかけてきたので、イナリもそれらしい沙汰を下した。


「そ、そんなぁ……!」


「まあちょっと変になってるエリス姉さんは置いておいて、次はリズが体洗いに行ってくるね~」


「え、我この流れでエリスと二人になるのかや??」


「まあエリス姉さん、ディルと同じぐらい根は超真面目だから。そこまで心配しなくていいと思うよ。いやまあ、ちょっと、今日みたいなのは初めて見たけど」


 そう言い残すとリズはリビングを去って行き、部屋にはエリスとイナリが取り残された。




「そういえば、あやつらはどうしたのじゃ?えぇっと・・・『でーる』とエリック、じゃったか?」


 リズが部屋からいなくなった後、紆余曲折ありつつもイナリはエリスの隣に座ることになった。エリスは書類を分類しながらイナリの質問に答える。


「デールではなくて、ディルさんですね。さっきイナリさんが井戸に行った後に少し話したのですが、お二人はもう今日はこのままお休みになるそうですよ。そういえばイナリさん、さっき井戸でやけどしかけたと聞きましたが、大丈夫でしたか?」


「うむ、大丈夫じゃよ。ほれ、この通りじゃ」


 そういうとイナリは自身の手のひらをエリスに向けてひらひらと振る。


「本当ですね……。一応私は回復術に心得がありますが、だからと言って皆さんが怪我をしても平気というわけではないので……。気を付けてくださいね」


「ま、まあ我もいくらか学ぶことがあったからの、気を付けるのじゃ……。それにしても、回復術というとつまり、リズが使っていたあの妙な術のようなものの治癒型ということかの?そもそも魔法とやらがいまいち理解できておらんのじゃが」


「うーん、そうですね、大体そういった認識で構わないと思います。実際魔法についてちゃんとわかってる人なんてそんなにいませんからね。詳しくはリズさんに聞いたら良いですよ。あの子、そういう話するの大好きですから」


「あー、そうじゃな。気が向いたら、かの?」


「私はそれでいいと思います。正直、たまに私もリズさんが何言ってるかわからないことがありますしね」


 会話が一段落したので、イナリはエリスの手元を見る。エリスは書類の内容を見て何かを書き写しているようだ。イナリはその書類の内容も少し見てみたが、この世界の文字は全く見覚えが無いにもかかわらず、その内容こそわからないが、何となく読むことは出来る。


 そういった部分に思いを馳せると、現在エリス達と会話が出来ているのも不思議と言えば不思議だが、そこはアルトが何かしてくれたか、あるいは別の要因があるのだろう。


 もし会話が通じていなかったら、恐らくイナリがゴブリンに挨拶した時の二の舞だっただろう。イナリはかなり危ない橋を渡っていたことに今更ながら気が付いた。


 イナリが少し別の事を考えていたところから戻って再びエリスの手元に目線をやると、エリスの手が止まっていた。そしてエリスはこちらを眺めている。


「……なんじゃ?」


「イナリさんって、静かにしてるとすごく……神聖といいますか、高尚といいますか……不思議な雰囲気ですよね」


「?? 我はいつでも神聖さの権化じゃろ?」


「……うーん、気のせいですかね……」


「気のせいとはどういうことじゃ!?」

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