第17話 イナリの能力

「……それじゃ、改めてイナリの能力について聞かせてくれるか?」


「うむ、説明させてもらうとしようかの。我が使える能力は二つあるのじゃ。風で刃を作るのと、我の姿を消す術じゃ」


 正確には、イナリの持つ力は植物成長促進、風を操る力、自身の姿を消すことの三つであるが、ひとまず自身の制御が可能な二つを、ついでに風を操る力に関しては刃としての使用法のみに絞ることで弱く聞こえるように修正した上で教えることにした。


「前者はまあ、そのままじゃ。風を集めて、こう、ズバッとな。これを使って木を削れば加工ができるわけじゃ。おぬしらが戦闘でやってたような感じの使い方にはとても向いてないのじゃ。疲れるからの」


「疲れるって、なんだそりゃ」


「疲れるもんは疲れるのじゃ。仕方なかろう」


「イナリさん、もしかして体弱いんですか……?」


「そういうわけではないのじゃがな。どちらかというとお主らが強すぎると我は思うのじゃ」


 イナリは、冒険者ギルドで食事をした後あたりから、妙にエリスのイナリに対する態度が親切というか、配慮されているように感じていた。しかし、彼女はずっとリズに対しても親切にしているように感じられるし、そういった性格なのだろうとイナリは結論づけた。


 実際は元生贄の孤児だと思われているとは露ほども思っていない。


「とりあえず、イナリさん用の椅子は買いに行きましょう。あまり無理はしない方が良いです」


「別に無理してるわけでもないのじゃがなあ……」


「とりあえず話を戻すぞ。それで、もう一つの姿を隠すってのはどんなのだ?」


「これもそのままじゃな。これを使って森を自由に動いていたわけじゃ。術の発動には結構集中しないといけないから姿を消すのには時間がかかるのじゃが、解除するのは一瞬じゃ」


「あぁ、俺らの前に突然出てきたのはそれのせいだったってことか」


「それが発動するとこ見てみたいな!ちょっとイナリちゃんやってみてくれない?」


「うむ。良いぞ。別に見ても面白いものではないと思うがの」


 そういうとイナリは立ち上がり、目を閉じた。この術は自身の存在を極限まで無にすることでなせる業なのだ。しばらく静かな時間が室内に流れる。


「……できたのじゃ」


「……いや、普通にいるんだが?」


「なんかキリっとしててちょっとカッコよかったけど、それだけだね」


「これはの、術を発動した時に見ている者には効果が無いんじゃよ」


「なんだそりゃ?なんつーか、中途半端だな」


「昔我もどうにかしようと思ったことがあったのじゃが、その辺はどうにもならんかったのじゃ。でも、もし今この部屋に誰かが来たら、我の事は認識しないじゃろうな」


 ついでに言えばいわゆる霊感が異様に強い人間などには何度か見られたことがあるが、その辺りはイナリ自身あまりよくわかっていないので特に言及しなかった。


 イナリとディルが会話していると、リズが部屋の外に出て、またすぐに戻ってきた。


「む?何をしておるのじゃ」


「うーん、一回視界から完全に外れたりしたら見えなくなるかもって思ったけど、そういうわけでもないんだね。なんか魔法陣的な物もないし、すごい不思議だなぁ。多分、魔術学校とか行ったらいい感じの研究材料になるよ!」


 リズがイナリに対して親指を立てる。


「多分褒められてるのじゃろうけど、なんか、全然嬉しくないのじゃ……」


「リズ、流石にイナリちゃんを研究材料に推薦するのはやめた方が良いんじゃないかな。下手したら解剖されるかもしれない」


「もちろんしないよ、イナリちゃんがバラバラにされちゃったら困るよ!」


「え、今そんな猟奇的な話しておったのか?」


 エリックの指摘に対してリズは反論をするが、そもそも困るとかそういうレベルの話ではないのではないだろうか。


「ひとまずイナリがどうやってあの森を抜けてきたのかは分かった。確か家の様子を確認したいとか言ってたよな。それもその術を使っていくのか?」


「うむ、そのつもりじゃ。して、それをするにあたって聞きたいことがあるのじゃ。この辺に川はあるじゃろうか。それなりに幅広なやつじゃ。我の家を見つけるのに重要な手掛かりになるのじゃが」


 イナリの問いかけに対し、エリックが答える。


「この辺りは細い川ならいくつかあるけど、目印として使えるレベルの川となると多分一つしかないかな。ヒイデリ湖っていう湖があるんだけど、そこに向かって流れている川があるんだよ。もしかしたらイナリちゃんがこの街に来るときに見てるかもしれないけど」


「うーむ、そういえばそんな感じのがあったような気がしないでもないのじゃ。そこから川を上っていけば恐らく我の家の場所も見つかるじゃろうな」


「イナリさん一人で大丈夫ですか?私たちもついて行った方が良い気がしますが」


「我の力をもってすれば大丈夫じゃ。むしろお主らがいた方が魔物とやらが寄ってきて危ないまであるかもしれぬな」


「そうですか……。少々心配ですが、イナリさんがそういうなら……」


「そもそも襲われないなら何にも問題はない、かな……?」


 エリスはイナリを心配しているようだが、エリックは首を傾げながらも納得したような素振りを見せる。


「ま、そういうことじゃ。場所についても川の位置が分かれば問題ないし、明日にでも戻ろうかと思っておるぞ、こういうのはなるたけ早い方がよかろう?」


「この後、森の環境が目まぐるしく変わる可能性を考えりゃそうだろうな」


「あの、ところで、イナリさんって私とリズさんの部屋で一緒に寝るので問題ないですか?」


「部屋の数的にもすぐに使える場所はないし、そうするのが一番いいだろうね」


「そっか、そしたら椅子だけじゃなくて色々揃えないとダメだね」


「イナリさんが家の様子を見ている間に色々整理したりしないといけませんね」


 会話がイナリの能力に関する話から別の話に移行した所で、エリックが話を締めるように話す。


「とりあえず、その辺はイナリちゃんから話を聞いて色々まとめておいてほしい。僕はちょっと部屋に戻って少し横になるね」


「あー、聞きたいことは聞けたし、俺もそうするわ。飯はお前らで適当に外食でもしたらいいさ」


 二人はそう言い残すとリビングを出て行った。


「二人とも部屋に行っちゃいましたし、夕方くらいになったら外にご飯を食べに行きましょうか」


「そうしよう、賛成!」


「ふむ。美味いものが食べたいのじゃ。……普通の量でよいのじゃ」


「イナリちゃん、あれはあそこのメニューが変なだけだから、そこまで気にしなくていいと思うよ」

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