第15話 注文は慎重に決めよう

 一同はイナリがあまりにもしれっとパーティの話に混ざっていたので、ディルの質問に一瞬固まった。


「……そうか、その話をしないとダメだった……僕としたことが……」


 うなだれるエリックを見てイナリはまた首をかしげる。


「なんじゃ、何か我に問題があるのか?」


「えぇっとですねイナリさん、一応イナリさんは今私たちのパーティに保護されたという扱いになっているのです。もし帰る場所があるならそちらに送ったり、あるいはご両親や保護者がいるならそちらに連絡することもできるんです。イナリさんはどうしたいですか?」


「なるほど、そういうことかの。ううむ、そうじゃなあ……。まず一度我の家の様子を見に行きたい所じゃが、それはそれとしてお主らと共にいるつもりであったのじゃが。我には親も保護者もおらぬでな」


「あっ……それは失礼しました……」


 エリックに代わりイナリに説明していたエリスは一気に表情を暗くした。


「それよりおなかがすいたのじゃ。あそこの机の者らが食べている物を食べたいのじゃ」


 そんなエリスをよそに、イナリは近くの別のテーブルに並べられた料理に興味が移っていた。それを見たリズがすかさずフォローに入る。


「い、イナリちゃん、ここの料理のメニューを見に行こうか!おいしいものいっぱいあるから!ね!」


「おお、それはいいのう!果たして我を満足させることはできるか、お手並み拝見じゃ!」


 尻尾を揺らし、テンションを上げて酒場の受付の方へ駆けていくイナリとそれを追うリズを見送って、テーブルに残った三人は会話を始める。


「……なあ、あいつって何なんだ……?」


 彼らはイナリの身元について疑問に思っていた。


 性格はかなり残念なように見受けられるが、それは抜きにしても容姿や身なりはかなり良い。しかし見たところ、この街を見て「人の街」と表現したりするなど、「性格が残念」では済まされないような要素が数多くある。


 種族意識が強いタイプの獣人が「人間の」街と言うことはあるが、「人の」街と言うことはあまりないように思えた。


「もしかしたら、どこかで生贄として捨てられてしまった子なのではないでしょうか……?一部の村には未だにそういった風習がある地域があるようですし、その中には『神の子は神に返さねばならない』といって子供を山に放置したりするものがあったはずです。それなら自身を神だというのも疑問ではないかなと……」


「それでどうにかしてあの丘まで来て密かに暮らしてたってことか?まあ、無いとは言い切れないな。その手段とやらもさっき話そうとしてた節があるし」


「エリックさん、イナリさんを抱えてるとき、妙に軽いと思いませんでしたか?あの年齢にしてはちょっと軽すぎる気がしました。もしかしたら食事もあまり満足に取れていないのかも……」


「うーん、結構大変な子みたいだねぇ……。ともあれ、本人が僕たちといたいって言ってるし、僕らの借りてる家で保護するのが良さそうだね」


「まあ、その辺は本人が住んでた場所を確認してから詰めていけばいいだろ」


 いったいなぜ彼女はあの場所にいたのか?なぜ魔物ではないのに結界に弾かれたのか?様々な疑問が三人の頭をよぎるが、そこで先ほど料理を買いに行ったイナリとリズが戻ってきた。


「今戻ったのじゃ!我はこの『超まんぞくオムライス』とやらを頼んだぞ!出来上がるのが楽しみじゃ!」


「お前それ、ここで一番高いし一番量がヤバいやつだぞ!?」


「ほう?一番高いとな?もし身長が足りなくて上の方が食べられなかったら助けてもらうのじゃ」


「そういう意味での高いじゃねえ。てか最初に隣の料理が食べたいみたいなこと言ってたのはどうしたんだ?」


「んや、品書きを見ておったらの、名前からしてなんかこれが一番よさそうじゃな~って。全く、少しくらい分けてやろうかと思っておったが、そんな色々言うような者には我の料理は食わせてやらんのじゃ!」


「リズ、どうして止められなかったんだい?」


「だって、イナリちゃんがすごい目を輝かせてたから止められなくて……!うぅ、財布の中が寂しくなっちゃった……」


「あとでその代金は建て替えますから、安心してください……」


 エリスは財布を見て涙目になっているリズを帽子越しに撫でて慰めた。




「お待たせしました!『超まんぞくオムライス』です!」


「……んあ?」


 イナリは、酒場の店員が運んできた目の前に聳える料理に茫然とした。


「……こ、これを我一人でいくのかや……??」


 あながち物理的な意味での「一番高い」というのも間違っていなかったのかもしれない。机には、イナリの対面に座っているエリックの顔が隠れるほどの高さがある料理が置かれている。イナリは食事は好きだが、別に俗にいう大食いと呼ばれるタイプではなかった。


 所謂チャレンジメニューという括りなのだろう。普段はこれが注文されると周りから好奇の視線が集まるのだろうが、今回はその前に座っている少女が茫然としているさまを見て、「ああ、あの子メニュー名だけ見て頼んじゃったんだな……」という憐みの視線しかなかった。


「超まんぞくオムライス」は、ここの酒場で偶に誤解が発生して不幸な事故が起こるメニューの一つであった。イナリが全く気付くことなく、また、リズが注文を止める前に頼んでしまったこれは「超まんぞくするオムライス」ではなく、「超盛られている『まんぞくオムライス』」なのである。したがって「まんぞくオムライス」は別で存在しているのだ。


「ま、そういうこった。残念だが俺はイナリの注文した料理をもらえないらしいからな。せいぜい頑張ってくれや」


「あわわ……」


 ディルがニヤニヤとしながら、ガクガクと震えているイナリに語り掛ける。


「ディルさん、流石に大人げないですよ」


「イナリちゃん、皆で分けて食べよ!そしたら多分ちょうどいいくらいになるんじゃないかな!」


「これ、宴会とかでその場の勢いで頼んだりするようなやつだから、普通の人向けの量じゃないんだよねぇ……。ちょっと取り皿もらってくるよ」


 エリックは席を立ち酒場のカウンターの方へと歩いて行った。


「い、いいのじゃ……我一人でこれくらい……」


「ちょっと、ディルが変に煽ったせいでイナリちゃん一人で食べる気だよこれ!」


「お、おい、あんまりムキになるなって。ほら、俺も食べるの手伝うからさ」


「お、お主には絶対やらんのじゃ!」


 一度言い出してしまった以上引き返せなくなったイナリが完全に意地になっているのを見て、ディルは一瞬「こいつ結構めんどくさいタイプのやつだ」と思いつつも、渋々とイナリに話しかける。


「お、俺もさ、実際に見たら腹が減ってきたんだよ。な?少しでいいから食わせてくれないか?」


「……仕方ないのう」


 何とかイナリの機嫌をとることに成功したディルは天を仰いで小声で呟いた。


「はぁ……これからはリズだけじゃなくてこいつの相手もしないとダメなのか?子供は一人で十分だぞ……」


 その呟きを近くで聞いていたエリスがディルを窘めた。


「ディルさん、リズさんに聞かれたらまた怒られちゃいますよ」


 しかし、その一連の流れをイナリの耳は聞き逃さなかった。今度はイナリがしたり顔でディルに対して話しかける。


「ほほう、なるほどの。お主、我は小さい音でもちゃんと拾えることを忘れるでないのじゃ。のうリズよ。あやつ、我らの事を子供じゃと言っておるぞ?」


「ハア!?ちょっと、イナリちゃんはともかく、リズはもう子供じゃないって何度も言ってるよね!?」


「え、それ我は子供じゃと思うておる?」


「えっ……そりゃあ……そうだよね?」


「いや、我は悠久の時を生きてきた神じゃが??」


「何なんだもうこいつら……」


 イナリがリズを味方にしてディルを責めようとしてきたと思ったら、謎の仲間割れを始めたのを見てディルが頭を抱えていたところにエリックが戻ってくる。


「皆、お皿貰ってきたから分けて食べ……え、これどういう状況?」


「うーん、いつものリズさんとディルさんに仲間が増えたってところですかね……」


「あぁ、なるほど。これからはもっと騒がしくなりそうだねぇ」


「仲がいいのは良いことですからね、多分ですけど。皆さん、エリックが皿を持ってきてくれましたので、言い争いはその辺にして、皆で食べましょう」


 イナリ達は賑やかに食事を楽しんだ。結局、オムライスはエリックとディルの貢献により何とか食べきることに成功した。

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