第12話 教会到着
街には多くの人が行き交っていて活気があり、道路の中央の方には馬車も走っている。イナリ、エリス、リズの三人は馬車の通行を妨げない位置を歩いている。厳密には縄で拘束されており、イナリは抱えられたままであるが。イナリは時折刺さる視線が少し痛かった。
それが普通の罪人の護送等ならまだしも、小麦色の長髪やこの地域では珍しい狐耳等の特徴を持っている少女が、縄でぐるぐる巻きにされて神官に抱えられているという、少々特殊な状況なのがよりイナリ達を目立たせているのかもしれない。
「ところでイナリさん」
丁寧にイナリを抱えているエリスが、イナリに話しかけた。
「なんじゃ?」
「イナリさんは最初私たちとあった時、自身の事を神だと言いましたよね?」
「うむ。我は正真正銘、歴史ある神じゃ。つまり偉いのじゃ」
「……えぇっと、そうですね……そうなのかもしれませんが……。教会では絶対にそのように言ってはいけません。私はそこまで気にしていませんが、中には過激派と呼ばれる、つまり危険な人たちがそれなりにいるのです」
エリスをはじめ、地上に降りてきてからイナリが神であることを信じているのはイナリ本人ただ一人であった。エリスのこの言葉も、自分が神であると思っている少女の事を傷つけずに教会に関する忠告を促すためのものである。
「なんじゃ、この世界は随分と狭量じゃな!何故神である我が人間に配慮せにゃならんのじゃ?自己紹介くらい好きにやらせてもらうのじゃ」
「わかるよイナリちゃん、大人ってめんどくさいよね……」
微妙にズレた会話をするお子様二名に対し、エリスは顔を引き攣らせた。イナリは宗教という概念を殆ど理解していないので、事の重要さがあまり理解できなかった。
「なんにせよ、教会では私が話をしますので、イナリさんはおとなしくしていてくださいね。そうしないと大変なことになっちゃいますから……」
「イナリさん、あそこに見える白い建物が教会です」
「おぉ、いかにもって感じじゃな」
周りの建物はレンガ等で建てられた建物であるのに対し、教会だけは全体的に白く、周辺の建物より高く作られており、明らかに何か特別な施設なのであろうと察せられる。
「イナリさん、さっき言ったこと、お願いしますね」
「んん、まあ、善処するのじゃ。人間ってのは面倒な生き物なのじゃな」
エリスが教会の入り口の前に立つと、奥から一人の男性が駆け寄ってきた。
「エリスさん!無事だったのですね、良かったです……。エリスさんがヒイデリの丘に行って魔境化に巻き込まれたと聞いたので、皆心配していたのですよ」
「ご心配ありがとうございます。教会からヒイデリの丘に関して何か発表等はありましたか?」
「神託等は下されていないようですが、魔境化に合わせてヒイデリの丘に魔王が現れたと正式に発表しています。名称についても魔の森と改めるようです。詳しいことは冒険者ギルドの方で確認できるはずです」
「わかりました、ありがとうございます。少し話は変わるのですが、擬態系魔物の判別を目的とした破邪魔法をお願いしたいのですが、問題ありませんか?」
「破邪魔法というと……その子の事でしょうか?」
「はい。イナリさんというらしいのですが、魔物掃いの簡易結界に弾かれてしまって、魔物である疑惑がありまして……。一応会話も問題ないですし、違うとは思うのですが」
「一応とはなんじゃ、我はいたって正常じゃが?」
「なるほど、わかりました。すぐに準備に取り掛かりますので、中に入ってお待ちください」
男性が教会の奥の方へ入っていくのに合わせてイナリ達は教会の中に入り、大量に並んでいる椅子の内の一つに座った。イナリはエリスの膝の上に頭をのせる形で横になっている。
「正面にいるあの石像の男は誰じゃ?あれがお主らが崇めている神とやらか?」
イナリは教会正面の白い石像を見てエリスに訪ねた。存在感を放っているその石像は髭を生やした、非常に力強さを感じさせる齢四、五十歳ほどの男性で、大きな六角形の盾のようなものを持っている。
「ええ、あれがアルト教の主神であり創造神のアルト様ですね」
「……ふむ……うん?」
イナリをこの世界に招いたアルトは確か少年であったはずだ。間違ってもこんな力強い感じの翁ではなかったはずだ。
「どうかなされましたか?」
「い、いや……とても強そうじゃな~と思っただけじゃ。気にせんでよいのじゃ」
流石に自分が神であることを信じてもらえない段階で「この人と会ったことあるのじゃけど、こんな翁じゃないのじゃ」などと言ったところで、冗談と受け取ってもらえればいい方だろう。あるいは、エリスが言うところの「危険な人たち」に聞かれでもしたらどうなるだろうか。
イナリはこの世界に最初に降りて最初に会った彼らとは仲良くしておきたいと思っているので、あまり不審に思われたくないのだ。尤も、自身が神であると主張している時点でその考えは破綻気味だが、そこはイナリにとって譲れないところなのだ。
「主神様はこの世界を創造された上に、様々な武器を使って異界の魔王の侵攻を防いでいるのです。だからイナリさんの感じた通り、とても強いですよ。一番最初に人類に授けられた神器があの盾だったので、アルト教のシンボルはあの六角形の盾に由来しているのです」
エリスがそう言いながら彼女が首から下げていたペンダントをイナリに見せた。確かにアルト石像が持っている正六角形の盾と同じ形状の意匠が彫られている。
「なるほどのう」
アルトは世界の調整をすることで歪みを防いでいると言っていて、アルトが言うところの歪みというのが地上では魔王と呼ばれているという話を合わせて考えれば、恐らくエリスの言う異界の魔王の侵攻を防いでいるというのはこれの事だろう。
「やっていることは結構正しく伝わってるのに、見た目は全然違うのじゃな……」
イナリ達が話していると、奥から先ほど準備をすると言っていた男性が戻ってきた。
「エリスさん、イナリさん、準備が整いましたのでこちらへどうぞ。そちらの魔術師のお嬢さんはどうなさいますか?」
「前からどんな感じか実際に見てみたかったし、イナリちゃんも心配だから、リズもついて行こうかな!」
「かしこまりました。では行きましょうか」
男性に促されると、イナリ達は教会の奥へと入っていった。
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