第11話 街に連行される

 イナリは現在、エリックと名乗った青髪の男に抱えられている。その扱いはまるで米俵を連想させるようなものだ。ここまでの扱いには遺憾な部分がそれなりにあるが、時々状態を確認してくるあたりに多少の丁寧さを感じられる。


 イナリは抱えられて移動するだけで特にやることもなくなってしまったので、この四人組について観察することにした。


 まず、今イナリを抱えているエリックは、どうやらこの部隊をまとめている役のようだ。顔つきやイナリに対する配慮を見るに、温厚な性格なのだろう。しかし、彼らの会話からするとやむを得ない対処なのだろうが、躊躇せず拘束してきたので、イナリの彼に対する印象は少々悪いものになっている。


 次に、先ほどイナリの能力について探ってきた黒髪の男を見る。外套を身に着けており、その中には刃物を覗かせている。イナリの中での彼に対する印象は単純に「失礼なヤツ」であった。確か先ほどエリックと話していた時はディルと呼ばれていただろうか。少し先を歩いて周辺を見回している辺り、斥候役を務めているのだろう。


 イナリは戦闘に関する知識はほぼ皆無と言ってよいが、昔、地球にいたころ、鎧を着て刀を持って武装した者がそういった仕事をしていたのを見たことがあるので、何となくであたりをつけた。


 先ほどこの男にここまでどのように来たのかを聞かれた際にイナリの能力について答えなかったのには、しっかりと理由があった。決して彼の態度が気に食わなくて応答拒否したわけではないのだ。


 非常に不服ながら、魔物だと疑われているイナリが、こんな状況下で「姿を消す能力があるのじゃ!」などと言おうものなら、どうなるか分からないからだ。何か変化があったとしても、まず間違いなく悪い方向への変化であるし、イナリは縄で縛られているだけで十分であった。


 これについては他の風を操る力や植物成長促進についても同様である。もっと言えば、これらについては前者はそれなりのデメリットが、後者は強弱以外には碌な制御ができないという微妙っぷりの割に、それらを知らない者がこの力について聞いたら、実際と反して、さぞ強大な物に感じられるだろうという懸念もあった。


 イナリは自身の植物成長の力が人々に頼られ、崇められたのはとても気分の良いものであったが、しかし、それがいらなくなって捨てられるという経験もまたしている。もし期待されたような働きが出来なかったら、また勝手に持ち上げられて、そして捨てられることになるだろう。


 そんな理由から自身の力の開示には若干慎重になっている節があった。この世界における立ち回りについては、以前考えた、人との交流をするという方針に絡めて、改めてじっくり考える必要があるだろう。


 そもそも、アルトの言うところのイナリの仕事というのは地球にいたころと同じような感じで植物を成長させていけばいいのだからして、イナリがいるだけで達成されているのだから。


 イナリは今後に備えて考えておくべき事が一つ増えたことを記憶に留めつつ、エリックの隣を歩いている銀色の長い髪を持つ少女に目を向けた。確かエリスと呼ばれていただろうか。ディルとは違い、白い外套を身に着けていて、森の中で目立たないのかとイナリは密かに疑問に思っている。


 どうやらイナリがエリスの方を見ていたことに彼女は気が付いたようで、目が合うと少し申し訳なさそうな顔をして小声で話しかけてきた。


「イナリさん、突然拘束してしまって申し訳ありません。イナリさんが魔物じゃないことがわかったらすぐにその縄をほどきますので、しばらくそのままでお願いします」


「まあよい。さっきは少々動転してしまったが、我を魔物と思って、それを確かめるためには必要なことなのじゃろ?思うところがないわけではないが、人と交流するためには必要な事じゃと思えば、この程度造作もないことなのじゃ。というわけで、縄をほどいてくれんかの?」


「……それはちょっと出来かねますけどね、ふふっ」


 エリスはイナリの頭を軽く撫でた。撫でられたイナリは今までに感じたことのない感覚を得た。


 イナリが少しぼうっとしていると、エリスの更に奥にいたリズが話しかけてきた。


「イナリちゃん、街に戻って検査が終わったら、おいしいものたくさん食べようね!」


「それはよいな。我が食べた人の食事というのは限られておったしの、楽しみじゃ」


 リズは木で削って作ったであろう杖を両手で握っている。その上部には何かの石がついているが、魔法という概念を持たないイナリには一体どのようにして使うのか全く分からなかった。それに帽子がやたらと大きいのも非常に気になっている。しかし、彼女が肉串をくれたことによって、イナリの中ではリズに対する好感度が一番高くなっていた。


 イナリと仲良くなるなら、食べ物をあげるのが最も良い方法だろう。




 イナリがしばらく担がれていると、ディルが少し離れていた場所から戻ってきた。


「進行方向近くに二体フォレストウルフがいた。こっちに向かってきている。見たところ若干サイズが大きかったから変異体の可能性が高いな。あと三十秒もしないうちにこっちに来るだろう」


「わかった。エリス、イナリちゃんをお願いしてもいいかな?」


「わかりました。防御結界の展開を準備しておきます」


「おわ、もうちょっと丁寧に降ろしてくれぬか!?」


 突然地面に降ろされてイナリは驚いたが、それに対する文句を言ったころにはエリックは既に前方で剣を構えていた。


 するとすぐに、その方角から大きな狼が二体現れた。ディルが言った通り確かに大きく、イナリぐらいなら丸のみにできそうなほどだ。


「僕は右の個体を相手するから、リズとディルで左の個体をやってほしい!」


 エリックがそう言うと、すぐにディルは左の狼の方へ向かい、リズは何かブツブツと唱え始めた。ディルは木々に足を取られることなく縦横無尽に駆け回り、狼の注意を引きつつ、何度か刃物を投げつけている。イナリがその様子を見ているうちに、リズの杖から岩のようなものが射出され、狼に命中し、その体に穴を空けた。


 一方のエリックは、イナリがディル達の方を見ている間に狼を倒していた。正直なところ、イナリには何が起こったのか全体の半分も理解できていない。


「私の出番はありませんでしたね、よかったです。イナリさん、大丈夫でしたか?」


「う、うむ……」


 イナリは困惑しつつも彼らがかなり強いということを察し、最初に敵対するようなことが無くて良かったと心から思った。




 その後、何度か狼やイノシシなどの魔物や動く木の化け物――彼らはトレントと呼んでいた――に対処しつつ、イナリ達はついに魔境地帯を抜けた。尤もイナリは担がれていただけだったが。


「ふう。何とか出られたね」


「何とかというか、結構余裕じゃったのう……」


「まあ俺たちは結構な数依頼をこなしてきてるからな」


「でも流石に疲れてきたよ、さっさと街に戻ろ!」


「イナリさん、あそこが私たちの拠点であるメルモートの街ですよ」


「ほう、あれが人の街とやらか!」


 イナリは西洋風や東洋風といった概念を知らないので、漠然と異国感がある見た目だとしか思わなかった。もしそういった概念を知っていた場合には、メルモートの街は西洋風の街並みと評されるだろう。


「それにしてもトレントの数が結構多かったな。魔物化の兆候が見られるものも含めたらとんでもない数になりそうだ」


「それってあのすごいゆっくり動いてた木の事?」


「ああ。こりゃ三日もすりゃモンスターパラダイスだろうな」


「なんかその言い方だとそんなに怖くないね……」


 完全に気が抜けた一行はそのまま街へと向かっていった。




 そしてそのまま何事もなく街の門まで来た。


「もうそろそろ街の門が開くはずだから、街の中にはスムーズに入れるんじゃないかな」


 イナリ達は夜通し歩いてきたので、既に日が昇り朝になっている。


 イナリ達が門につくと、検問をする若い兵士が話しかけてきた。


「エリックさんたち、無事だったんすね、お疲れ様です!ヒイデリの丘がヤバいことになってるって聞いて心配だったんすよ!……ところでこの縄でぐるぐる巻きにされてる子は一体?」


「ヒイデリの丘で保護したんだけど、魔物の擬態疑惑があったからこうなっちゃってるんだ。この後すぐに教会で検査を受ける予定だから、通してもらってもいいかな?」


「そうなんすか、それはお気の毒っすね……。わかりました、どうぞお通りください!」


「ありがとう。それじゃ、朝番頑張ってね!」


「はい!ありがとうございます!」


 門を抜けるとエリックは一旦立ち止まってイナリの方に向き直った。


「というわけで、イナリちゃんには教会で検査を受けてもらうんだけど、リズとエリスに一緒に行ってもらってもいいかな?」


「わかりました」


「了解だよ!」


「僕とディルはギルドに行って一通り報告を終わらせておくから、そこで落ち合おうか。じゃあよろしくね!解散!」


 ここからはエリックとディルは別行動になり、イナリは検査を受けることになる。


「それじゃあイナリさん、行きましょうか。……わぁ、イナリさん、軽いですね。ちゃんと食べてます?」


 エリスが丁寧にイナリを持ち上げた。


「……うーむ、最初からこういう風に運んでほしかったのじゃ……」

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