第10話 疑わしきは拘束せよ ※別視点
結界に弾かれ地面に手をついたイナリは目を白黒させていた。イナリを誘導するように手を伸ばしていたエリックも混乱していた。
俺は小声でエリスに話しかけた。
「……なあエリス、確認なんだが、この結界って魔物だけを弾くんだよな?」
「はい。この術を教わった時にはそのように聞いていますね」
「純粋な人間以外を通さないとか、そういうのもないよな?」
「少なくとも、亜人種や獣人種の人々が結界から弾かれるような話は聞いたことがないですね。そういった方々はこの辺には非常に少ないので、実際のところどうかはわかりませんが、恐らくないのではないかと思います……」
声をひそめて話していると、リズも間に割って入った。
「ねえねえ、それってつまり、あのイナリちゃんって、魔物ってことにならない?」
「この結界は虫や小鳥などの動物も弾くことが出来ますから、魔物と断定するのは少々気が早い気もします」
「でも人の言葉を喋る動物なんていないよ!」
「我は魔物でも動物でもないわ!れっきとした神じゃぞ!偉いのじゃぞ!」
立ち上がって服をはたいているイナリが叫んできた。どうやら彼女がもつ耳はしっかり音を拾えるようだ。恐らくこの会話もほぼ聞こえていたのだろう。
「一応その、イナリさんが本当に神であれば辻褄は合うかもしれません。神が結界に弾かれるというのも変な話ですし、もっと言えば教会の教義とも矛盾しますが……」
エリスがどうにか捻りだしたような考えを述べたので、改めてぷんすこと怒っている自称神の少女を見る。
「いや、これが神は無理があるだろ……」
「失敬な!!我は偉いんじゃぞ!!」
「……そうですね……」
「うーん、自分で言っといてなんだけど、リズはイナリちゃんが魔物とは思えないけど……」
リズは何とも懐疑的な様子だが、ひとまずこのイナリは魔物であると考えた方が良さそうだ。
実際に、別の対象に成り代わるタイプの魔物というのは存在する。しかし、その殆どは弱すぎて勝手に自然の摂理に則って淘汰されていくか、あるいは元々大した知能を持たない動物や魔物に成り代わっているから大した問題にならなかったり、人間に擬態したものの知能が追い付かずに即座に擬態が露呈したりするものである。
しかし例外として、擬態対象を取り込んで、つまり殺害して成り代わるタイプの魔物は話が変わってくる。対象を取り込むことである程度その対象に関する情報を得て、擬態の精度を高めてくるためだ。
悲しいことではあるが、このイナリと名乗る魔物の元となった子がいたのだろう。さしずめ、何らかの理由でこの森で静かに暮らしていたところを襲われて成り代わられてしまったか、この丘が魔境化した後で倒れたところを襲われたといったところだろうか。一人の少女を守ることが出来なかったことが悔やまれる。きっと生前は……いや、生前から神を自称する少女が実在していたのか……??
「とりあえずイナリちゃんさ、悪いけど街まで連れて行かせてもらうね」
「な、なにをするのじゃ!?嫌じゃ!離すのじゃ!!」
エリックは魔法鞄からロープを取り出すと彼女をぐるぐると巻いて縛っていった。
今回は結界に弾かれたことで目の前の少女が魔物である可能性が非常に高くなったが、少なくとも見た感じ魔物であるようには見えないし、街に戻って精査しようといったところだろう。
昔、冒険者の中に、高度に擬態した魔物が紛れ込んだと思って仲間を切りつけ、最終的に傷害の罪で賠償をすることになった事件があった。それ以降、擬態した魔物であるか判断が付きにくい者が現れた場合、直ちに拘束し、その時点で依頼を引き上げ、街に戻って真偽を確かめるというのが通例になっている。
真偽を確かめる方法は色々あるが、最近なら、冒険者であればギルドで登録時の本人の魔力と一致するか検証する方法が、そうでなければ、教会で数人がかりで術式を組んで発動する破邪魔法を当てる方法が主流だ。今回は後者になるだろう。
イナリを拘束したエリックは、俺たちの方に向き直った。
「皆、火を消して移動しよう」
「まぁ、こんな気味悪い場所さっさと抜けた方がいいわな」
「えぇ、さっきお肉焼き始めたばっかりなのに!」
「リズさん、もう焼けてますから大丈夫ですよ。持っていきましょう」
「肉の匂いがするから、食べるんならさっさと食べろよ」
魔境化してからは殆ど遭っていないが、偶に狼などの肉食動物がうろついていたりする。俺たちなら対処はできるだろうが、できることなら不安要素は減らしたいところだ。
リズが肉串を取ると、結界の外で縄でぐるぐる巻きにされ、下を向いてしょぼくれているイナリの方に寄っていった。
「イナリちゃん!これ食べる?」
「よ、よいのか……!?うぅ……お主はいいやつじゃな……」
「リズだよ!私はイナリちゃんの事、魔物なんかじゃないって信じてるから!」
「そうじゃ、我はれっきとした神じゃからな!」
「ごめんね。それはちょっとわかんないかな。はい、口開けて!」
「そこは信じるところではないのかや!?あっ、ちょっ、熱いのじゃ!」
リズがイナリに肉串を食べさせている様子をしりめに、俺はエリックに話しかけた。
「あいつは俺が運ぶのか?」
「いや、僕が運ぶよ。ディルには道中の警戒を引き続きお願いしたい」
「そうか、わかった」
それにしても、一体イナリはどのようにして近づいて来たのだろうか。結界が張られていたとはいえ、俺は確かに周囲を観察していたし、リズとエリスはわからないが、エリックは同じように周囲に気を配ることはしていたはずだ。どうしてイナリはそれを潜り抜けて突然目の前に現れることが出来たのだろうか?
もっと言えば、こんなにも色々な意味で無力そうな――中身は魔物かもしれないが――少女が、どのようにトレントや食人花などの魔物を潜り抜けてきたのだろうか?
「なあイナリ、お前はどうやってここまで来たんだ?」
「お主はなんじゃかさっきから礼を欠いておるのう……。して、それを聞いてどうするのじゃ?」
基本的に人の手の内を探るのはご法度だが、魔物疑惑がある以上何か拘束を抜け出せるような方法があっては困るので聞いてみた。しかしどうも答えてくれるような様子ではなさそうだ。
「我はお主らに連れられて街とやらに行けばよいのであろ?我の力について話す必要など無いのじゃ」
口ぶりからするに、少なくとも何かしらの手札はあるようだ。気にならないことはないが、ひとまず素直に街に連行されてくれるようなので、特に何も言わないでおく。
「皆準備はできたね?それじゃあ行くよ。イナリちゃん、申し訳ないけどちょっと抱えさせてもらうからね」
「の、のう、さっきからちょっと尻尾が縄に挟まってて痛いのじゃが、その辺どうにかならんか?」
……何が起こるかわからない魔境にいるはずなのに、何とも呑気なものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます