第8話 とある冒険者の話(後) ※別視点

 商業地区はメルモートの街のおよそ四分の一程度の区画を占める場所であり、この街にある商店のうち六割ほどの店はこの区画に存在している。商業地区というだけあって街の行政によって整備されており、ある程度の信頼性が保障されていて、良心的な店舗が多い。


 逆にこの区画以外に構えられている店はぼったくりや偽物の販売、行政によって認可されていない商品を扱っていることがあるなど、何らかの問題があることも少なくない。尤も、真っ当な商売をしている店の方が多いのだが、少なくとも事前に情報を集めずに近づくべきではないだろう。


「確か商業地区の南だったよな?となるとポーションの補充か?」


「そうですね。とはいえ流石にもうそこの用事は終わっているでしょうし、いつもの流れならその後市場に行くはずですから、そちらをあたってみましょうか」


 二人で話しながら人々で賑わっている市場を進んでいくと、やがて見慣れた青髪の青年と、その隣の魔女の帽子をかぶった、背の小さい赤髪の少女が目に入った。


 青髪のほうが剣士のエリックで、ディルが所属するパーティのリーダーである。昔から人当たりが良く、カリスマ性も持ち合わせていて、この街の冒険者からは頼りにされている人物である。


 その隣にいる赤髪の少女がリズで、このパーティの魔術師である。見た目は子供のようであるが、魔術学校を飛び級で卒業している凄腕である。尤も、普段の様子からはそのような印象は全く感じられないが。


 エリックは両腕に中身が詰まった紙袋を抱えていて、リズは背伸びをして店員に硬貨を手渡そうとしている。その様子は冒険者パーティというよりかは仲の良い兄弟のようである。


「前から思ってたんだが、リズは何で街中でもあの帽子かぶってるんだ……?体に対してツバがデカすぎて、角度次第じゃ頭から帽子に食われてるみてえだし、不便じゃないのか……?」


 リズが被っている魔女の帽子は、サイズ的には一般的な大人の魔術師が被る帽子だが、少しツバが長く作られている。そのため、まだ子供の彼女がそれを被ると非常にアンバランスな印象を受ける。


「そんなこと言っちゃダメですよ。リズさん曰く帽子は魔術師のアイデンティティらしいですし、彼女にとってはとても大事な事なのですから」


「まぁ、本人がいいなら別にいいんだけどよ……」


 ディルたちは若干声をひそめて話した後、エリックに話しかけた。


「ようエリック、リズ。この後何か用事あるか?無ければ飯食いに行こうぜ」


「あれ、ディルか。とりあえず一通り揃えるべきものは揃えたから問題ないよ。それにしても今日はいつもと違って丘から戻ってくるのが早いね」


「もしかして、ディルがついに休日は休む日だって理解したの?」


「うっせ。休日の意味くらい俺もわかってるし、休日の過ごし方なんて人それぞれ自由だろ。今日早く戻ってきたのはまさにその丘に問題が発生したからだ。まあその話は後でさせてもらうとして、まずは一回移動しようぜ」


 ディルは茶化してきたリズを適当にあしらって、近くの適当な店で食事をしながら丘での出来事をパーティの面々に説明した。その後、一旦パーティで借りている拠点に戻り話し合いをした結果、活動休止期間が明けたら、改めて今後の方針を決める事となった。




 その日の夜、ディルは自室のベッドで横になって明日以降の訓練をどうするかを考えていた。しかし、仮にこの街の近くに魔王が現れるとなると、確実に訓練どころではなくなることに気が付いた。


「……たまにはまともに休んでおくか……」


 ディルは、偶に魔物が襲ってくる事こそあるが、基本的にこの街はいたって平和であったし、これからもそうであると思っていた。普段から体を鍛えていた理由の一つはその平和を守るためであったが、とはいえ実際に脅威が迫ってくると考えると途端にうんざりした気分になった。


 できることなら何事もなく済んでほしいと思いながら、その日ディルは眠りについた。




 翌日、ディルが起床して広間に行くと、テーブルに座ってステーキを食べているリズがいた。他の二人は既に外出しているようだ。


「ようリズ。朝からステーキは流石に重くないか?」


「おはよディル。……もうお昼前だよ?訓練大好き人間のディルが寝坊なんて珍しいね」


 リズが不思議そうにディルに言った。ディルは今日はしっかり休むと決めていたので、普段より起床がかなり遅くなっていたとは感じていたが、思ったよりも寝すぎてしまった。


「俺にだって思うところがあったんだよ。それに、普段お前が俺をどういう風に見てるかはよーく分かった、少し話し合いをする必要があるようだな」


「な、なに?お肉食べたいなら昨日買ったのが食糧庫にあるから自分で作ってね?」


「そうじゃねえよ!」


ステーキが乗った皿をディルから守るように隠したリズに対してディルが叫んだところで、広間にエリックとエリスが入ってきた。


「二人とも、ギルドの方から色々と通達が出てたから、休み明けに話すつもりだった今後の活動計画について前倒して話しておきたいんだ、いいかな?あ、リズは食べながらでいいからね」


 改まった口調でエリックが告げる。


「なんだ、もうそんな色々と決まったのか?随分と早いな」


「それだけ緊急性が高いってことだね。とりあえず一通り説明するよ」


 外から戻ってきた二人がテーブルにつくと、エリックがギルドで取ったと思われるノートを手に喋り始める。


「まず、昨日ディルが言っていたヒイデリの丘の様子が変っていう話は、あの後、他の冒険者からもあがったみたい。今朝急ぎで調査隊が調べてきた結果、やっぱりあの辺りの植物は成長速度が通常の三、四倍程度になっているみたいなんだ」


「私は神官兼冒険者としてその調査隊に入ってきたのですが、もう数日前に行っていた場所とはかなり様相が異なっていました。元々成長が早い種類の草木は、目視で成長している様子がわかるくらいでしたよ……」


「へー、ふごいへ。ほへっへへいはいへいひへいほーははいほ?」


 実際に調査に赴いたというエリスの話を聞いて、リズが何かを尋ねた。


「とりあえず食べるのはいいんだが、せめて飲み込んでから喋ってくれないか?」


「……んぐ。それって生態系に影響はないの?」


「今のところは特にないようだけど、今後生態系が変化する可能性は大いにありそうだと思う。影響が出ている領域の境界はかなりわかりやすいらしくて、調査によると、どうやら規模的にはヒイデリの丘のほぼ全域に起こっているらしいけど、今のところ拡大したりはしていないみたいだね。」


「ただ、どうにも通常ではあり得ないように際限なく成長していっているようなので、将来的に魔物化するものが出てきそうだと思います」


 本来であればある特定の土地がもつ魔力は有限であり、植物はある程度成長をしたところで留まるものである。しかし、今はその魔力が異常に送り込まれているらしく、その成長限界を超えて成長し続けているようだ。


 草木の中には成長していくとやがて意思を持つようになるものがある。代表的な物はトレントと呼ばれる木の魔物で、その強さは完全にトレント自身が得た魔力に依存する。従って、仮に調査内容が正しく、通常以上の魔力を取り込み成長していくとすると、やがて手の付けようがなくなってしまうだろう。


「なるほど、いよいよきな臭くなってきたな。それでギルドはどうするって?」


「まず、ヒイデリの丘に行く場合は必ずギルドに届け出を提出するようにしないといけないらしい。まあこれはリーダーの僕の仕事だから、皆にはそこまで関係ないかな」


「だってよディル!勝手に一人でふらっとヒイデリの丘行っちゃダメだからね!」


「いや、流石にいかないぞ……」


「で、次に、この街の領主からヒイデリの丘の調査依頼が正式に出されたよ。内容は環境調査と生物調査だね。ヒイデリの丘で取れたものを納品するか、現地で記録するか選ぶ感じみたいだ。まあ僕たちの場合はどちらでも受けられるかな。報酬は査定次第だから何ともだけど、どんどん環境が変わっているから、収穫無しで終わるようなことはないだろうね」


「となると、しばらくの間はその調査依頼を受けていく感じか?」


「うん、そのつもりだ。皆はどう?それでいいかな?」


 エリックの問いかけに対し、全員が頷いた。


「よし、じゃあこれで今日の話し合いは終わりだ!明日から調査に行くからしっかり準備しておくこと。よろしくね、じゃあ解散!」




 翌日以降、エリック達のパーティは後日調査依頼を受け、日々様相が変わっていく丘に行き、魔物討伐やサンプルの回収を行っていった。そして、調査を重ねていくにつれてある程度ヒイデリの丘の情報が集まり、一か月ほど経った時点でほぼ植物の成長が止まったことが確認された。


 メルモートの街は、ヒイデリの丘の街に近い領域に関しては、調査が進んだことで対策が立てられ始めたことにより、再び平常運転に戻りつつあった。しかし、ある日突然、一瞬にしてヒイデリの丘が、大量の魔物化した植物がひしめく魔境へと変貌したという知らせが、彼らを激震させた。

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