第7話 とある冒険者の話(前) ※別視点
とある日の朝、ヒイデリの丘を一人歩いている男がいた。
名前はディルといい、主にメルモートの街を拠点にして冒険者として活動している。普段はパーティを組んでいる仲間と共に活動しているが、最近少し依頼を受け続けていたので、仲間と話し合い、三日間ほど活動を休むことにしていた。
しかし、ディルは職業として盗賊であり、十分なパフォーマンスを発揮するには常日頃から体を動かす必要があると考えていた。そのため、体が鈍らないようにするために、以前から休日であっても朝に一人でヒイデリの丘に訪れ、昼頃まで運動をすることにしていたのだ。
普段からよく歩いているコースを進んでいたディルだが、その日は偶然、野生のイノシシが遠くにいたのが目に入った。森の中とは言え普段から冒険者が通るような場所なのであまり野生の動物が寄り付くことは無いのだ。
「今日はツイてるな。狩って帰れば活動資金の足しになるだろう」
ディルは近くの茂みに身を隠し、投擲用のナイフを構えた。その後音を立てないように忍び寄るとナイフを素早く投げつけ、イノシシが暴れ出す前に短剣で仕留めた。
その後はイノシシに刺さったナイフを抜き、慣れた手つきで持ち帰る準備を始めた。
「この辺は茂みが濃いな、音を出すんじゃないかとヒヤヒヤした……」
ディルはそう呟きながらその日は街へと帰った。イノシシはそこそこの儲けになり、パーティメンバーからはとても喜ばれた。
――明らかにおかしい。
翌日、昨日に引き続いてヒイデリの丘へと赴いたディルは、何とも形容しがたい違和感を覚えていた。それは、普段から歩いているコースの折り返し地点の辺りまで到達した時であった。
一体どのあたりからそうだったのか厳密には断定できないが、妙に果実が実っている木が多いし、草木の生い茂り方が普通じゃないのだ。
昨日イノシシを狩ったのもこの辺りであるが、その時はしゃがまないと茂みに身を隠すことはできなかったはずだ。しかし今目の前にある茂みは、明らかに立っている状態のディルの肩辺りまで到達している。
ヒイデリの丘に何かが起こっている。ディルはそう感じながら、急いでメルモートの街へと戻っていった。
ディルは街の門を抜けると、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
昼なので多くの冒険者は依頼を受けて出払っており、ロビーや酒場にも人はそこまでいない。受付カウンターも例外ではなく、現在はカウンターが三つあるうちの一つを除いて休止中になっている。
ディルはそこにいる受付嬢に声をかけた。
「リーゼさん、ヒイデリの丘について他の冒険者から何か言われたりしてないか?」
少し焦った様子のディルを見て困惑しつつも、リーゼと呼ばれた女性は答える。
「ヒイデリの丘ですか?特に報告は何も無いですが、何かあったのですか?」
パラパラと手元の書類を確認しながらリーゼは答えた。
「何といえばいいのか俺もあまりよくわかってないんだが……。森の様子が変だ。植物が妙に成長していたように思える」
ディルが言葉に詰まりながらも話をしていると、ディルの後ろから声がかけられた。
「ディルさん、今の話は本当ですか?」
声をかけてきたのは、ディルのパーティメンバーの一人である、神官のエリスであった。
「ああ。昨日は高くてもせいぜい腰までだった高さの草が、俺の身長より高くなっていた。それに、この時期には普通実らない木の実も少しあったな。絶対に普通じゃないだろう」
「そうでしたか……」
「何かあったのか?」
「はい。もうすぐ冒険者ギルド側にも正式に情報が届くと思いますし、ここでお話しますね。先ほど教会より神託が下ったと伝達がありまして……」
エリスは教会に所属する神官ではあるが、同じ神官にも色々あるらしく、光魔術や回復専門の神官がいたり、教義を説いたり神託を理解することに特化した神官がいたりと様々である。その中でもエリスは回復魔法が専門の神官であり、ディルのパーティのサポート役であった。
「教会によるその神託の解釈によると、ヒイデリの丘に魔王が出現する予兆があるとのことなのです」
「魔王!?最近前の魔王、確か水の災厄とか呼ばれてたよな、そいつが討伐されたばかりじゃなかったか?もう次の魔王が現れたのか?」
「いえ、あくまでも予兆です。今回は今までとは少々神託の傾向が違うようで、まだ魔王は出現していないというのが教会の見解です。今までの魔王出現の神託の間隔より一年程度前倒しになっていますし。しかし、今の話を聞くと、既に顕著な変化が表れているとみるべきでしょうか……」
受付の前で考え込むエリスを見て、リーゼが口を開いた。
「ひとまず、エリスさんが言ったように後程ギルド側に教会からの情報が届けられると思いますので、後ほど会議の際にディルさんのお話も伝えさせていただこうと思います。必要に応じて調査依頼や情報の依頼も検討すると思われますので、それまではしばらくヒイデリの丘には近寄らないようにした方が良いでしょうね」
「そうだな。依頼でもないのに迂闊に近寄って怪我でもしたらたまんねえ。すまないなリーゼさん」
「いえいえ、貴重な情報をありがとうございます。また何かあればお声がけください」
「ああ、そうするよ」
リーゼとの会話を終え、ディルとエリスはギルドの内部に併設されている酒場へと移動し、適当に空いているテーブルについた。
「それにしても参った、しばらくヒイデリの丘にいけないとなると、どうしたものか……」
メルモートの街の周りにおいて、一人で出歩いても安全で、体を動かすには最適な場所はヒイデリの丘ぐらいなものだ。それ以外の場所は複数人でいないと危険な場所や、馬車などの往来が激しく、変に木々の間をぬって歩こうものなら野盗などと間違えられる恐れがある場所が多く、十分に体を動かすことが出来ないのだ。
「ギルドに併設されてる訓練場で満足してください。というか、むしろディルさんは休日はちゃんと休んだ方がいいです」
「いや、それじゃあダメなんだ。冒険者たるもの、常に己を磨かねばならない。ギルドの訓練場では剣を振るとかランニングするとか、軽く打ち合いをするくらいしかできないだろ?実践的な現場で体を動かしてこそ真の腕前が身につくってもんだ」
「今日日そんなこと言ってる冒険者、ディルさんくらいですよ。意識高すぎです。いいから休んでください。怪我したら治すのは私なんですからね?」
「あまり長期間体を動かさないといざという時に動けなくなっちまうんだがな……。ところで今日は他の二人はどうしたんだ?」
ディルは自身の冒険者哲学をエリスに説こうとしたが、普段は温厚な性格のエリスが心なしか不機嫌になっている様子を察して別の話題に転換することにした。
「二人は、今日は道具の補充に行っていますよ。確か商店地区の南辺りに行くと言っていたはずです。もうすぐお昼ですし、私たちも合流して昼食にしましょうか?」
「あぁ、そうするか」
二人は席を立ち、彼らの仲間と合流すべく商業地区へと足を運んだ。
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