第5話 豊穣神、家を建てる

「体が痛いのじゃ……」


 ただでさえ風の刃を使ったせいで疲労がたまっていたのに、硬い木の上で寝たせいでイナリの体はバキバキになっていた。しかも、寝返りで木から落下して目覚めるというおまけつきである。


 イナリは散々な目覚めにげんなりしつつ軽く体を伸ばした。


「ハァ……水浴びでもするのじゃ……」


 昨日から全く体を洗ったりしていないので、天や木から落ちたときについた汚れはほぼそのままだ。体を洗えばきっと気晴らしにもなるだろうというのがイナリの考えであった。


 ちなみに、地球では、街が都市となってからは殆ど動いていないため、そもそも汚れとはほぼ無縁であった。


 イナリは地球から持ち込んだ桶に着替えを入れて抱え、近くの川へと赴いた。その途中で、先日は流し見した植物類を改めて観察し、ある程度食べられそうな植物や果実、キノコなどの目星をつけておいた。


「最悪の場合は自身で創り出すことも考えておったが、思ったより食べられそうなものが多くて良かったのじゃ」


 イナリは神であるが、能力のパフォーマンスの維持のため、そしてシンプルに楽しむために、普通に食事もとっているのだ。


 川につくと、サラリと服を脱ぎ、桶で水を掬って体を洗った。朝方でやや冷えた水がイナリの体に沁みる。


 ついでに先ほど脱いだ服を洗った。その最中、時折魚が泳ぐ姿が見られた。


「魚もおるようじゃし、ここは自然豊かで我に適した土地じゃな!」


 ビルに囲まれていたイナリにとっては久々に見る自然の豊かさが輝いて見えた。


「この世界に招いてくれたアルトには感謝せねばの。……いや、地上におろす方法に関しては少々難があったのじゃ。しかも昨日言葉を交わした時に何も言ってないのじゃ、やってしもうた!」


 イナリはそこそこ根に持つタイプだった。


 イナリはその辺の枝に洗った服をかけて、ある程度乾くまでの間に、先ほどいくつか見繕った食べられそうなもののうち、近くにあるものを回収しておいた。ただし、その判断基準は硬さと大きさくらいだったので、中には虹色のキノコや、蛍光色の青い実なども混ざっている。


「ちと食指の動かぬ見た目のものもあるが、食べてみないことにはわからんからな……」


 桶に回収した植物を詰め込み、その上に乾燥が終わった服をのせ、道中で少し追加の植物を回収しながら、イナリは居住予定地へと戻っていった。




 今朝目覚めた場所に戻り、着替えや桶を置いて、回収した植物を木の上に並べた。


「さて、どれから食べてみるか……」


 イナリの目の前には様々なものが並べられている。そのうち三割ほどはヨモギやリンゴなど、イナリが知っている地球にもあったもので、四割ほどは恐らくそれに類する類のものなので食べられるだろうと判断したものだ。


 そして残りの三割は、イナリにとって未知のものであった。触ってみた感じ硬くなく、大きさも最大でもこぶし大なので、そのまま口にすることは可能だ。しかし、如何せん色や形が変な物ばかりだ。


「ここは、問題ないとわかっているものは後に回した方が良いかの」


 イナリは地球にいたころから毒を持つキノコなどを食していたので、自身が毒に対する耐性がある事は理解している。そのため、毒に対する懸念はなかった。イナリが気にしているのは、主に味である。なので、確実においしく頂けるものは後に回して、まずは不明な物から食べていこうと決めた。




 結論から言えば、イナリが選んだ未知の食材は軒並み全滅であった。苦かったり辛かったりで、少なくともそれ単体でそのまま食べてもおいしくないものや、種が巨大化したアボカドのような、見掛けに反して可食部が全然ないものなどが殆どであった。


 しかし意外なことに、川で回収した時に目立っていた虹色キノコと、蛍光ブルーの実は普通に美味しかった。虹色キノコは、その異様な見た目に反して割と普通のキノコであったが、蛍光ブルーの実は食べるとパチパチと口の中に衝撃が走り、爽やかな酸味がクセになる味で、イナリはとても気に入った。


「なんだか力が湧いてくるのじゃ、これは毎日でも食べられるのう!」


 幸い、この実は川の周辺に行けば簡単に手に入る物なので、安定して数が確保できそうである。


「この実は群青の実とでも名付けておこうかの」


 こうして、群青の実はイナリの日常食となった。


 その後も回収した植物を食べては分類を進めていったイナリだが、途中でふと気づいたことがある。それは、比喩とかではなく、文字通り、「群青の実を食べてからやたらと元気が出た」ということであった。


「もしかしたら、これを食べれば木を効率よく伐採できるのではないかの?」


 仮にこの実に体力を回復する力があるとすれば、それはイナリの能力のデメリットを解消できることに他ならない。


 そうと決まれば早速実験をすることにしたイナリは、川がある方角の木に向かって風の刃を打ち込んだ。元々川のある方角に道を作っておこうと考えていたので、こうすることで木の入手と道の作成が同時に行えて一石二鳥というわけだ。


 ガスンという鈍い音と共にイナリの全身を疲労感が襲ったところで、再び群青の実を食べてみた。すると、一瞬でイナリの体から疲れが抜けていった。


「これは……素晴らしいものを見つけたのじゃ……!!」


 自身の弱点が打ち消されることによって、硬い木をどのようにして伐採するかという悩みの解決に光明が差し、イナリは感動に震えた。


「この実は、栽培を検討するべきものじゃ!これがあれば我は無敵じゃ!」


 イナリの中で群青の実の株はうなぎのぼりであった。


 しかし、いくら美味であろうと、ずっと食べ続けていてはいずれ限界が来るものである。実を齧りながら木を次々と倒していたイナリは現在、満腹で唸っていた。住居建築予定地からまっすぐに切り倒されていった木々の周りには、風の刃が勢い余ってつけられた傷跡がいくつも残されている。


「流石にうまい話には裏があるのじゃな……。うぅ……」


 裏があるというか、勝手に自爆したといった方が適切である。




 その後、イナリは一週間ほどかけて小さな社を作り上げた。


 最初はものすごく硬い木をどのように加工するか悩んでいたが、どうやらこの辺りの木は地面との接続を切り離すと地球の木々と同程度の硬さに変化するという性質があったようで、特に問題なく木材として加工することができた。


「この社を見ると昔を思い出すのじゃ」


 材質や周辺の環境こそ違うものの、建物自体は人間に神社を建てられる前の、シンプルに木で組んだ社であり、イナリはノスタルジアを感じた。


 室内には余った建材で作られた椅子や机、棚などがあり、外には地球から持ち込んだ茶の木の苗や群青の実の苗も植えられている。さらに、自身が神であることを誇示するべく、鳥居も作っておいた。


 群青の実という上位互換が現れたことによってほぼ意味がなくなった、ちょっと元気がもらえる石は、中央に如何にも意味ありげに見えるように装飾しておいた。日の光が反射して輝くのが独特の雰囲気を生んでいる。


 「これでようやっと、我も腰を据えることができるのじゃ」


 こうして紆余曲折ありつつも、イナリは拠点を確保した。

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