第4話 異例の神託

 日が傾きかけている時間、ある教会の広間で、女性が膝をつき腕を前に組んで、祈りを捧げていた。そしてその周りを多くの神官が囲んでいるが、その人数に反して、場は静寂に包まれていた。


「神託が下りました」


 中央で一人、祈っていた女性が口を開くと、周辺にいた神官らはにわかにどよめいた。それを、この教会の長である老人の男性が止めた。


「静まりなさい。聖女様、神託の内容をお願いします」


 聖女と呼ばれた女性は口を開いた。


「はい。『天より星降りし地に変化の兆しあり。我が神託受けし地上の者はこれに備えよ』……以上となります」


「それで終わりですか?他には無いのですね……」


 わずか十秒程度の神託を聞き、果たしてこれはどういうことだろうかと、神官長は困惑した。


 教会は長い間、魔王が地上に生まれる時に神から人へと差し伸べられる救いであるとされている神託を受け、それを広めることで魔王の脅威に備え、人の住む地を守ることに貢献してきた。


 神託を受けるには長い間厳しい訓練を積む必要がある。しかもその神託が抽象的な内容であるので、教会総出でその内容の示唆する意味を解釈しなくてはならなかった。そのため、神託に関連した教会の仕事はその多くが賢い者によって進められていた。


 しかし、最近は度重なる魔王の出現によって神託の内容がほぼほぼパターン化され、「魔王はこの辺にいるよ」という内容か、「神器あげるから使えそうな人を見つけてね」という内容のどちらかであり、せいぜい神託に登場する抽象的な説明の場所を特定するために議論するだけになっていたので、この仕事をするために要求される能力の水準が引き下げられていた。


 そのような中、突然前例のないパターンの神託が出現したので、場は再び騒然とした。


「このような神託は前例にありませんよ!」


「しかも短いです。具体的な解釈のしようがない……」


 神官の一人がそう告げたように、この神託は未だかつてないほどに短く、解釈の余地が殆どない。過去に魔王が出現した時に下された神託には、場所に関する情報を三分近くにわたって述べていた例もあるのだ。


 言い伝えによると、神が地上に直接干渉するためにはとてつもないほどの力が必要になるらしいが、抽象的で間接的な描写を挟むことで力をセーブすることができるらしいので、今回もそのような神託であると考えるのが良いだろう。それにしても短すぎるが。


 神官長は一度落ち着いてから、場をまとめることにした。


「ひとまず、聖女様は部屋に戻って、お休みになられてください。我々は神の御言葉について考えましょう」


 聖女が退室するのを見送った後、神託を書き留めた紙を手に取り、再び神官長が口を開く。


「皆様が仰るようにこれは前例のないものですが、魔王に関連する情報でありましょう。ひとまず、この『天より星降りし地』というものについて考えましょう。何か心当たりのある方はいらっしゃいますか?」


 しばし沈黙が場を満たした後、一人の神官が口を開いた。


「そういえば今朝、この教会の孤児院で暮らす子供たちが、ヒイデリの丘の方に流れ星が落ちたのを見たと言って喜んでいましたね」


「なるほど、もし本当であれば何等かの手がかりになるかもしれません。天文学者あたりに聞いてみれば確認が取れるでしょう。誰か、彼らに訪ねてきて頂いてもよろしいでしょうか?」


「私が行ってまいります」


 出入口に近い場所にいた神官がそう言い、席を立った。


 ヒイデリの丘とは、この教会がある、のどかな街、メルモートの東に位置する、特にこれといった特徴もないのどかな丘のことである。魔物が出現することはあるものの、それほど強くもないので、よく駆け出しの冒険者が立ち入って訓練をしているし、隣町へ行くための街道も整備されている、非常に平和な場所だ。


「では『天より星降りし地』については後程事実確認できるでしょうから、一旦置いておきましょう。次に、この『変化の兆し』とは何でしょうか?」


「神官長様、これについて一つ、私に考えがあるのですが……」


 一人の若い神官が挙手したので、神官長は発言を促した。


「神託は、それが初めに下された頃から一貫して、魔王の位置か、それを討つための助けでありました。従って、今回も同様に魔王に関連するものであると思われます。恐らく、後に続く『変化の兆し』というのは、魔王が出現する場所を指しているのではないでしょうか」


「確かに、そのように仮定すると後の『地上の者はこれに備えよ』という文章とも整合しますね。しかし、そうだとすると脅威に関する情報が無いのが少し気になります。今まで魔王に関しては『地を荒らす』や『嵐をもたらす』といった言葉が含まれていたでしょう」


 その二つは、歴史上実在した魔王に関する神託に登場した一文である。前者は文字通り大地をメチャクチャに破壊し、後者は海を氾濫させたり、永久に雨を降らせ続けたりした魔王であった。


 疑問を呈した神官長に対し、再び先ほど挙手した神官が答える。


「恐らくですが、魔王が出現する前であるので、その内容が不明なのではないでしょうか?」


 これを聞いた神官長は悩んだ。神が出現する魔王について何もわからないとは、あまり考えられないように思ったが、かといってこの意見を否定できるだけの理由も持ち合わせていないのだ。


 神官長が長考していると、先ほど流星の目撃情報の事実確認をするために席を立った神官が戻ってきた。


「神官長様、天文学者の観測情報について尋ねたところ、今朝、一つ通常の流星とは違うものの、何らかの物体がヒイデリの丘に落下したそうです」


それを聞いた神官長は口を開いた。


「なるほど、そうでしたか……。となると、先ほどの解釈が今のところ一番良いでしょう。物事は最悪を想定して動くべきとも言いますからね。では、我々はヒイデリの丘に魔王が出現することを想定して動きましょう。私はエルギウス王にこの神託についてお伝えしに行きますので、皆さんは副神官長の指示に従ってこれに備えてください。副神官長、この後の事はお任せします。」


 こう言い残した神官長はその場を立ち去り、後には忙しく動き始めた神官たちの姿があった。

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