第41話 【閑話】大島杏
『鑑定スキルを取得しました』
この声は何?
私が専任担当を務める女の子『柊心愛』から出された茶碗蒸しを口にすると、不思議な声が耳に届いた。
まだ高校二年生のこの女の子は年齢に似合わずとても冷静で、理知的な考え方をする子だ。
一年ほど前から時々私の勤務する日本ダンジョン協会博多支部に納品で顔を出していた。
当初はまだ中学生の様な見た目だったので気になってよく声を掛けていた。
通常この世代の子は、男女を問わずダンジョンで狩りをする際は何名かでパーティを組んで挑むのが普通なんだけど、この子はいつも一人で狩りをしに来る。
一年以上、五層より下の階層でのドロップと思われる物を持って来る事は無いので、決して無謀な探索をしている風では無いけど、女の子一人での探索はやはり心配になっちゃうよ。
それでも高校生だと狩りをしてドロップを取得していても、結局パーティ人数で納品額を分けるので協会の定めるDランクからCランクへとランクアップをする子は稀なのに、この女の子は今年の正月明けにはCランクへの昇格を果たしていた。
怪我をした姿を見たことも無いので狩りのスタイルは無理をしたりする事は無いんだろうけどね。
初めて姿を見かけてから一年が過ぎた頃には窓口で私が担当する時には、お互いに挨拶をかわし、ちょっとした会話を出来る程度には仲良くなっていた。
一人で行動している子だから友達が出来にくい陰キャ体質の子かと最初は思っていたけど決してそんな事も無く、明るく礼儀正しい子だから私も結構お気に入りだった。
その日の私は夜勤明けだった。
ダンジョンはどこも二十四時間で稼働しているので、シフトにより順番で夜間勤務は廻って来る。
いわゆる四勤二休と言われる勤務体制だけど、通常このシフトで働く人は殆どが、ブルーカラーと呼ばれる工場勤務の人か大病院の看護師さんの様な人だよね。
私も自分の友達と会話する時に、昼勤とか夜勤とかの話をすると工場勤務とよく間違われる。
仕事を終え帰ろうと思って出口に向かっていると、その女の子が買取カウンターの方を眺めていて、なんだかちょっと考えている感じだった。
「どうしたんだろう? こんな朝早い時間に来るのなんて珍しいな?」と、思って声を掛けた。
今思うとこの時声を掛けた事は、我ながらナイスジョブだったよ。
「おはよう、こんな早い時間帯にこっちのカウンターに来るなんて珍しいわね? 心愛ちゃんだよね」
「あ、お早うございます。ハイ心愛です。大島さんに相談があったんです」
「あら? 私に用だったの? 昨日は夜勤だったから、今日はもう仕事が終わって帰る所だし全然平気だよ」
「あ、お疲れじゃ無いですか? 急ぎじゃないから、また、お仕事の時とかで全然構わないですよ?」
「大丈夫だよ、まだ私は十分若いつもりだからね? 心愛ちゃん程じゃ無いけど」
「あ、なんかすいません」
「お話は聞かせてよ、あっちでコーヒーでも飲みながらどう?」
そう言ってウインクをして有名コーヒーチェーン店の出店している、カフェコーナーへと向かった。
「あの、ですね、私ちょっと高額っぽいアイテム手にしちゃって、目立ちたくないから協会に買取に出していいかで悩んでたんです」
「あら、そうだったんだ。大丈夫だよランクは他の人には本人が希望しない限り公表しない決まりだし、必要なのは階層を降りる時だけだから、心愛ちゃんが言わなければ、まずばれないよ。で……どんなアイテム手に入っちゃったの?」
「ちょっと耳を借りていいですか?」
「いいよ」
心愛ちゃんは顔を近づけた後、少し動きが止まった。
「どうしたの? あ、仕事終わりだから汗臭かった? ゴメンネ」
「いえ、違います。いい匂いだなって……ちょっとクラっとなっちゃいました」
「心愛ちゃん、それヤバイ性癖だよ。私以外にやっちゃ駄目ダヨ?」
「ぁ、ごめんなさい……アイテムなんですけど【鑑定ルーペ】です」
「ぇ? マジ? それ? 超凄いじゃん。お姉さん心愛ちゃんのマブダチにして、一生寄生してお世話になりたいよ」
「これが本物だとしても一生とか無理ですよ、でも大島さんとお友達にはなりたいです」
「もう私の心の友だよ、なんなら体も捧げるよ?」
「それは今の所大丈夫です……」
心愛ちゃんの相談は、協会が今、一番欲している商品だった。
現在国内で十二か所あるダンジョン協会の買取所でも、総ての買取所に常備してある訳では無い【鑑定ルーペ】現状ではこのアイテム無しでは、持ち込まれた商品が何であるかも判断できない為、買取所には必須アイテムだけど、このアイテムを所持していない協会支部は即日のアイテム買い取りが出来ない為に、当然抱える探索者も少なくなってしまう。
現在このアイテムの買取価格は協会でも一億円という値段が付く高額アイテムだ。
でも実質は譲って貰えるなら十億円でも惜しくない程のコアアイテムなんだよ。
海外ではこのアイテムを手に入れた人が、協会に売らずにレンタルで貸し出して一月に一千万円程度のレンタル料を手にしている例もある。
この事実をもし心愛ちゃんが知って居たら、果たして売ると言う判断が出来ただろうか?
でも、買取担当者のルールとして、この事実は持ち込み者には伝えてはいけない事になっている。
ちょっと詐欺っぽいよね。
「そうだね、ちょっと人目があると高額取引になるから目立つし、私が『カラーズ』用の個室の買取ルーム抑えてきて上げる。ちょっと待っててね」
そう声を掛けながらも、ちょっとだけ罪悪感はあったよ。
今までの国内での【鑑定ルーペ】の発見は総て自衛隊の部隊による探索で発見されていたので民間からの持ち込みは初めての事だ。
しかも、この日心愛ちゃんが持ち込んだドロップ量は百を超えていた。
当然こんな量を普通であれば女の子が一人で運べるはずもない。
マジックアイテムのバッグを所持している事も間違い無いけど、通常出回っているランクⅠと呼ばれるバッグでは到底入りきらない量だ。
(この子はもしかしてランクⅡ以上のバッグも所持してるんだろうか?)
マジックバッグはランクⅠでも三百万円する高額アイテムだけどランクⅡでは一千万円の値段が付く。
サイズ的にランクⅠでは自衛隊の最前線で使う戦略兵器を収める事が出来ないけどランクⅡであれば何とか収めれる物が増える為に重点的に国が集めているからだ。
確認をしてみるとランクⅠしか所持をしていないという事だった。
恐らく心愛ちゃんには、何か特別な秘密があるようだよね?
「あ、話は戻るけど今日の買取品の総額は一億百八十万円になるわ」
「ぇ? 多く無いですか」
「ちゃんとした買い取り価格だよポーションⅣとキュアⅣがあったからね」
「そう言えばありましたね確かに」
私にはチャンスが訪れた。
今回の買取でこの『柊 心愛』という名前の女子高校生はAランク探索者となる。
Aランク探索者には専任担当という制度が適用され、この専任担当に選ばれると窓口業務からは基本的に開放され、自由裁量勤務が可能になる。
Aランクの担当ではそれでも補助要員として待機する事が多いので基本は協会内での勤務になるけどね。
これがSランクの担当にでもなれば、もう協会に出勤をする必要すらなくなる。
一応勤務時間とされる時間は協会からの連絡に対応できるようにしておかなければならないけど、どこで何をしていようが担当している探索者に担当を交代と言われない限りは自由になる。
Sランク探索者何て国内に二組しか認定されていないから縁遠い話だけどね。
◇◆◇◆
それから三日も経たないうちに次のビッグイベントがあった。
きっかけは心愛ちゃんがこの【鑑定ルーペ】を手に入れた日の行動だった。
この日の心愛ちゃんは博多ダンジョンではなく下関ダンジョンへと行っていた様で、その下関ダンジョンで五層のランクチェックを担当している係員からの連絡だった。
五層のチェックポイントを三度も通過しているのに上階層へ上がって行った姿を一度も見ていないと言う一言だった。
私は、その情報を手に入れた上司の澤田課長から指示を受けた。
「君が専任担当をしている女の子は、何らかの我々が把握をしていないダンジョン内の移動方法を理解している可能性が高い。出来れば協会が調査して尾行の様な行為で突き止めるよりも、本人から情報提供の形で表に出す事が出来れば、お互いの利益につながると思うが」との指示だった。
私は珍しく真田さんと言うもう一人の女の子と二人で狩りに来ていた心愛ちゃんを食事に誘った。
その席で尋ねてみると、あっさりと本人は移動に関する情報を持つことを認めてくれた。
その事実を踏まえてSランク認定を受ける事になった心愛ちゃん。
彼女の存在は私の人生を大きく変える事になる。
そして冒頭に戻る。
◇◆◇◆
心愛ちゃんの手料理を食べた私は【鑑定】スキルを身に付けた。
これがどれだけ凄い事実なのか。
今まで世界にダンジョンが現れて五年、噂をされてはいたが、はっきりとした形でスキルの存在は認められていなかった。
先日、心愛ちゃんからは私はスキルが使えますという告白は受けていたが、まさか私がそのスキルを身に付けるだなんて……
しかも、このスキルで覚えた【鑑定】能力は【鑑定ルーペ】とは次元が違った。
人物や魔物のレベルやステータス、ダンジョン内の隠し扉や宝箱の罠の有無まで見えてしまう優れものだった。
とても発表なんて出来やしないよ。
こんな能力を持っている事を知られたら、国に拘束され言われるがままに鑑定し続けなければならないだろう。
更にもう一品の料理を出された。
かつ丼だった。
今まで食べたどんなかつ丼より美味しい。
「心愛ちゃん、私のお嫁さんになって!」と、少し思った。
今度は【アイテムボックス】のスキルを覚えた。
【鑑定】を掛けて驚愕した。
今の私のレベルでさえ、一辺八メートルの立方体の容量だ。
しかも時間経過が無いとか、まさにファンタジーの王道スキルだった。
この二つのスキルを私に覚えさせた心愛ちゃんは「プレゼントです」とにこやかに笑っていたけど、もしかして心愛ちゃんの策略にはまっちゃったのかな?
もしこの能力がバレたら私の人生に自由は存在しないだろう。
この事実を知っている私と心愛ちゃん希ちゃんの三人で秘匿し続けるしか無いよね?
世界に再び大きな変革が訪れない限り……
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