高校中退して神の使いになった

「こちらです……あの、本当に大丈夫ですか?」


「だいじょばない……でも行く……」



 そう言うと兵士っぽい人は俺を席へと座らせて、壁際へと下がっていった。

 あれから俺たちに声をかけた女の人の案内で、結構な階段を登らされた後に大広間のような豪華な作りの部屋へと通された。道中、階段を1段上がる度に頬に当たる屈強な肩パッドみたいな鎧が痛かった。


 あ、頬に跡ついてる。



「では、僭越ながら私が御説明させて頂きます」



 その声に釣られて見れば、部屋の奥には声を上げたさっきの人以外にも、結構な人数が兵士らしき人を控えさせながらこちらを見ていた。見れば兵士以外の人達は全員、身なりが良いように見える。というか絵面がマジでファンタジーすぎるな。

 なんて考えていたら、さっき声をかけてきた人が話始める。



「私の名はリディア、この国の王女にあたります」



 でしょうね、他の人に比べてドレスの質が明らかに違うもの。花のような刺繡を始めとした装飾や、遠目でもわかる明らかに上質な生地は、素人目の俺にも位の高さを感じさせるものだった。綺麗な空色の髪に乗せられたカチューシャがやたらゴージャスだなと思っていたが、ティアラだったわけね。

 手垢まみれのお約束展開に涙と頭痛が止まらない。



「現在、この世界は危機に瀕しているのです」



 今まで物理的に痛かった頭が別の意味で痛み出した。数秒後にはきっと魔王様がご降臨なさることだろう。

 というか体の調子が一向に戻らない。頭痛もそうなのだが、全身の倦怠感に収まる気配がない。周囲を見てみれば俺以外にも辛そうにしているのが何人か見えるが、ぱっと見貧で弱そうな女子がピンピンしていたりもする。



「度重なる異常気象、災害に加えて、襲い来る魔族の国との戦争。まさに未曾有の危機と言える事態なのです」



 悲報。世界の危機、思ったよりも切実。

 俺の予想に反して、出てきたのは魔王様以上に身近な問題の数々。今話されている災害の数々の詳細はわからないにしても、明らかに人選ミスの香りがする。



「そこで。我らは古くから遺された文献を探り、神の御使を招く儀式を発見したのです」



 あー、もう次の展開が読めちゃう。



「それがみな様方、神の御使様達をお招きした理由になります」



 勇者、英雄、救世主。色々考えてはいたけど神様の使いかぁ。たかだか15年と少ししか生きてない高校生が、ずいぶん出世したもんだよ。

 元より信心深い方ではなかったが、物心ついてから初詣とお賽銭は欠かさなかったはずだが?神様に好かれる事も、嫌われる事も、した記憶はないんだがなぁ……



「あの、それで結局あなた達は私達に何をさせたいんですか?」



 自身の出世に対して驚いていると、クラスメイトの1人からそんな声が上がった。そりゃそうだ、我々は学生であって災害対処や国際問題の専門家ではないのだから。



「あなたの話を聞いた感じだと、私達に出来ることなんて何もないと思うんですけど……」


「御使様方には是非とも、魔族の侵攻を食い止めていただきたいのです」



 なるほどね。いつ来るかも明確な原因もわからん災害よりかは、明確な人災こそが目下最大の脅威なわけだ。



「御使様は皆、とてつもない力を秘めていると記録にはありました。そのお力でこの国を守っていただきたいのです」



 その答えを聞いて質問をしたクラスメイトは言葉を失う。当然だろう、平成生まれ平成育ちの我々のもとに、急に赤紙が届いたようなものだ。俺自身も、このファンタジー空間が相まって現実を受け止めきれないでいる。

 しかしまぁ急に拉致された上に、ここまでふざけた話をされれば腹も立つというもの。この国の常識は知らないが、俺のような子供を戦地に送ろうとする時点でコイツらへの信用は欠片もない。加えてここに来てから体の調子までも最悪極まりないのだ、愚痴に付き合ってもらうくらいはバチも当たらないだろう。



「断る」



 俺の放った明確な否定の声は、静まり返っていた広間にとてもよく響いた。



「え……?」


「まず前提として、俺は神の使いなんかじゃ無い。何の関係も無いただの学生だよ」



 そんな俺の発言は意外だったらしく、不意を突かれた周囲は動揺を隠す余裕もない模様だ。

 待ってやる義理は無い、話を続けよう。



「一応聞くけど、この中に「ぼくわたしは神の使いだよ」って人いる?いないよね?」


「そん……な……」



 当然ながらクラスメイトから手は上がらなかった。それを受けた周囲の騒めきが一層強くなり、渦中のクラスメイト達もどこか気まずそうな雰囲気だ。



「し、しかし! あなた方に覚えがなくとも、実際にお見えになったのですから神があなた方を遣わしたのでは?」



 なるほど。

 確かに、その可能性が無いと言えなくもない。実際に俺は、今回のような出来事に対する理論的な答えは出せないし、未だどこでもドアの完成報告は上がっていない。



「じゃあ仮にそうだとしようか。そしたら1つ聞きたいんだが、相手の同意なく従前の生活環境から連れ去る事を、俺の国では拉致や誘拐、あるいは略取なんて言い方をして立派な犯罪な訳だが、この国ではどうなるの?」


「……概ね変わりません」



 でしょうね。法治国家として成り立ってる上で、最低限の倫理観や道徳面にそこまでの差異が無いようで安心したよ。



「そもそもおかしくない?」




 ————————————————————




 あー思い出してきたわ、こんな感じだった気がする。

 いやぁ、やらかしたね。寝起きが酷すぎる己の悪癖は自覚していたが、ついに取り返しのつかない大ボケかましましたわ。朝食の席で飲み物に誤って納豆を投下すること数知れず、伊達に家族から「寝起きの情緒どうなってんの?何かキメてる?」などと言われていないな。ほんっとうにどうしよ。

 そんな事を考えていると目の前の扉がノックされる。



「あの、大丈夫ですか? 随分と長いようですが……」


「あー、大丈夫です。うたた寝してました」



 嘘です助けてください。具体的には召喚直後に巻き戻してください。

 とは言ってもなぁ、どうにもならない事はもはや明確。ならば残された選択肢は一つだ、恥も外聞も投げ捨てて「ごめんなさい」するしかあるまい。

 冷静に考え直せば王族が直接対応している時点で、俺の立場もそう悪い物ではないはず。自分が神の使いである事を否定した事は、この際一旦忘れることにする。

 保身のためならば土下座も靴ペロも辞さないぞ俺は。



「すみません、お待たせしました」


「いえいえ。ご無事なようで安心しました」



 決意を胸に俺はトイレを出た。恥や外聞不純物を取り除いた今の俺の決心は、さぞ硬い事だろう。



「あ、先ほどの広間に戻るのも構いませんが、お休みになれるよう個室の用意がございます。よろしければ、そちらへご案内する事もできますが?」


「個室でお願いします」



 うん、謝罪にも時と場合があるだろう。あれだけ言った直後に謝っても混乱させてしまうだろうし、一旦時間を空けよう。決して気まずくて逃げる訳ではない。


 ないったらない。

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