ガラクタの英雄譚
カイス(改名予定)
異郷
朝から謎の光はよくない
「そもそもおかしくない?」
「え、えっと?」
俺の発言に対して、彼女が戸惑うような声をあげる。周りからも同様に驚愕や困惑を含んだ視線が集中するが、関係ないと言わんばかりに再び口を開く。
「この国がピンチで神様が言ったから俺達を攫いました、だから戦争に参加してくださいって? 自分達は悪くなくて全部神様のせいなの? おかしくない?」
「い、いえ! 決してそのような意図があった訳では……」
そう言って目の前の彼女は慌てた様子を見せる。その光景を前に、今まで見ているだけだった周囲がざわめき出した。隣にいた名前も覚えていないクラスメイトが「やめなよ……」とか言ってる気がする、が知らん。
「おたくらにどんな意図があったのか知らないけどさ? 初めからそっちが一方的に話すだけで、コッチの事情なんて聞いてすら来なかったよね? 俺らの事情なんて神のご意思の前では関係ないってこと?」
「お、仰る通りです。こちらから一方的にお呼び立てして大変失礼な真似を……」
途中から彼女の声が震え始めたが、怯えているのだろうか。もう随分と長いこと人に見下されることがないから忘れていたが、頭ひとつ分近くも背が高い人、それも異性に捲し立てられたら怯えもするのだろうか。
知ったこっちゃないが。
「で? まだ神様がどうこうって話続くの? そろそろ帰りたいんだけど」
「その、大変申し上げにくいのですが……」
そういって彼女はそこで言葉を切り、俯いてしまう。ふむ、薄々予感はしていたが嫌な予感がするぞ。
「帰し方までは知らないって?」
「……はい」
ふざけてんのか?
日本に未練が大量の俺としては異世界なんて、たまったもんじゃない。怒りのまま俺はまた口を開き、問い詰める。
「話は聞かない、要求ばっか、挙句の果てに帰れない。え、これ責任取れるの? ていうか取る気あるの?誰が取るの?」
「………………」
とうとう黙りやがったぞコイツ。あーもうやってらんね。
「それともなに? 俺ら遣わした神様が悪いとでも言うの? すごいねおたくらの神様。困った時縋ることも、言い訳にすることもできて、便利で羨ましいよ」
やってらんねー。
このクソ眠い朝っぱらからふざけた話しやがって。もはや周りすべてが煩わしい、今は一人になりたい気分だ。
でなけりゃコイツらの顔めがけて、グーパンするのを抑える自信がない。
「お手洗い行きたいんだけど?」
「……あっ! すぐに案内させます!」
そうすると近くに控えていた兵士らしき人が、慌てながらも俺の前に出てきてトイレへと案内してくれた。
これがついさっきの出来事だ。
眠気も相まって、冷静な判断力が欠如していたとしか言えない。こうしてトイレの個室で1人になって色々とスッキリした今、目も覚めてきて落ち着いて自分の行いを振り返る。
もしかしなくても俺、王族相手にマキシマム不敬かましたのでは?加えて宗教関係でもかなり言い過ぎた気がする。
うーん……出したばかりというのに、お腹が痛くなってきた。
————————————————————
いつもと変わらない月曜日だった。
終始1人で堪能した夏休みが終わった登校初日。うるさいアラームに唸り声を上げながら手を伸ばし、1時間前から2分刻みに残っている目覚ましの通知を見ながら体を起こす。
「おはよ!」
「おはよう、ご飯できてるよ」
「ん……おはよう」
両親と弟がうるさい朝のリビングは低血圧気味の頭によく響き、母の作った朝ごはんを食べ、身支度を整えた後、逃げるように家を出た。再び眠って乗り過ごすのを防ぐべく、目にブルーライトを浴びながら電車での登校を過ごす。そうしてたどり着いた、まだ誰もいない教室に「おはよう」と言いながら自身の席に着き、
「おはよう!」
「おはよー」
そうして気がつけば、静かだった教室に耳障りな挨拶が飛び交っていた。時計を見れば始業まであと5分もない、寝れたのは30分程度か。再び眠るには時間も静謐さのカケラもない教室で、喋る相手のいない俺はカバンからラノベを取り出す。朝からずっと酷かった頭痛も少しはマシになってるとはいえ、教室の喧騒は十分苦痛と言えるレベルだった。
そんな苦痛から逃れるべく表紙をめくった時、異変が起きた。突如、頭上から極彩色の光が降り注いだのだ。
「うわっ、なんだこれ!」
「キャー!」
円のような軌跡を描きながら光は絶えず色を変化させ、時折飛び散るスパークのようなものが窓や蛍光灯を破壊しガラス片が宙を舞う。朝イチから処理能力のキャパをはるかに上回る現象を前に、俺は早々に思考を放棄した。
いや、考えても見てほしい。
こんなクソ眠い朝から周囲を破壊する謎の光を前に、身を守るだとか、冷静に避難するなんて対応を一介の高校1年生に求められても困る。焦らないだけ褒めて欲しい。しかもまだ朝なのに。
うん、きっと夢だコレ。そうに違いない。
「アホくさ」
そうだ。いくらカバーしてるとはいえ、大事なラノベ傷がついたら大変だ。今のうちカバンの中しまっとこ。
そうして愛用のリュックサックに本をしまいつつ、俺はそのままリュックを枕にして三度寝を決行した。
————————————————————
い゛っ゛て゛ぇ゛!!!
なんだコレ?!全身が不調を訴え、意識を手放しそうになるも激しい頭痛がそれを許さない。そうして何もできずに悶えていると。
「大丈夫ですか?」
と聞き覚えのない声が聞こえた。
そう、聞こえたのだ。
たった今、聞いたこともない言語で語りかけられたのに「大丈夫ですか?」と確に聞き取れたのだ。
訳のわからない事態という意味では先程と変わらないが、激しい頭痛も加わったことでいい加減眠いとか言ってる場合ではない。というか今声かけたおまえは誰だ。
徐々に痛みも引いてきた俺は当たりを見回し、周囲の状況が教室とは大きく異なっていることに気がついた。照明が松明しかないのか、窓がないのも相まって部屋全体が薄暗く、床も高級な大理石のような材質だった。先ほどの声がした方向にも、声の主以外にも多くの人間がおり、その全員がドレスや鎧といったファンタジーな格好をしていた。
訳がわからない。しかしこれだけ現実感がない状況にも関わらず、全身を苛む倦怠感とひどい頭痛が「夢ではない」と意識に訴えている。
「ここ……は…………どこだ?」
近くにいたクラスメイトの1人が、そう呟いた。
またしても未知の言語だったのに聞き取れた。この現象にも訳が分からない、聞いたことがない言語のはずなのに相手が何を言っているのか理解できる。
「ここはカムリス、大陸北東に位置する国です」
「カムリス……?」
聞いたことない国だ。未知の名前に対してクラスメイト達の間にも動揺が走る。
そりゃ地理を含めた成績がお世辞にもいいと言えない俺が知らないのは別段おかしい事ではないのだが、周囲のリアクションを見る限り英国クラスの有名な国である可能性は排除された。ならば質問を変えて聞いてみよう。
「大陸の……名前は?」
知識として完璧に知っていても、1度も使ったことが無い言語だ。合っているかも怪しいが、手探り状態で片言ながらも聞いてみる。
「ここはベンド大陸です」
またしても知らない名前が出てきた。
流石に主要な大陸の名前は全部覚えているはずなんだが、この国独特の言い回しなのだろうか?聞き覚えがまるでない。しかし島国ではないらしい。日本ではないことが確定した瞬間である。まだ頭が痛い。
「どうやら急に招いてしまった上に、説明も無くて混乱されているようですね。今、落ち着いて話のできる場へご案内します」
そう言った彼女は「こちらです」と言いながら、部屋の出口らしき扉を開けた。クラスメイトたちも、ひとまずは付いていく様子。
だが待って欲しい。目が覚めてからだいぶマシになったとはいえ、まだ調子がまだ戻らない。歩くはおろか、立ち上がるのも難しいかもしれん……!
そうして立ち上がれもせずに身悶えていた所、
「具合がよろしくないのですか?」
と、近くにいた兵士らしき人が声をかけてくれた。
「立つのも……難しい」
「わかりました、私の肩をお使いください」
ありがとう兵士のお兄さん。でも鎧が結構当たって痛いから向こうの、じいやみたいな格好の人と代わってくれない?
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