閑話 あるカンパニーの重鎮

 時は遡り、詩条カンパニーの動画が配信された直後。

 神奈川県横浜市にて。

 古くから港湾都市として栄えたこの街は、現在では軍事都市としても知られている。

 東京ダンジョンの脅威から日本を守る前線として、重点的に整備が推し進められてきたのだ。

 中でもかつてみなとみらいと呼ばれた地区には、国防の基地やカンパニーの本部が林立している。


 その一角に聳えるビルに、東日本最強と名高いカンパニー『炎凰』の本部はある。

 高層ビルを丸ごと所有しているカンパニーは、日本全体で見てもここぐらいだろう。

 その自慢のビルの一室で、長身痩躯の男が提出された資料に目を通していた。

 彼の名は鏑木星一、この炎鳳の代表である。


「西はまだかなり混乱しているようですね。我々も地盤を広げに行く好機かと」

「アマテラスはどうだ? あいつらも、伊達に十年も二番手をやってないだろう」

「有力な討伐者を何名か引き抜いたようですが、うちの脅威にはなりえません」

「そうか。大阪に進出する好機かもしれないな」


 秘書からの報告を聞いて、思案を始める鏑木。

 彼はデスクの上に置かれていた瓶から角砂糖を取り出すと、飴玉代わりに舐め始めた。

 東京が壊滅したことによって現在の日本の首都は大阪となっている。

 そこに渦巻く利権は大きく、東日本のカンパニーにとって大阪進出は悲願と言ってもいい。

 しかしながら、ここ最近では東京ダンジョン討伐を目指す動きも激しい。

 首都進出を図るか、地元を固めて堅実に東京ダンジョン討伐の利権に食い込むか。

 まさしく知恵の使いどころであった。


「鏑木くぅ~~ん、おる~~?」


 ここで急に、部屋の外から間の抜けた声が聞こえてきた。

 すぐさま秘書が不機嫌そうに「お引き取り願いますか?」というが、鏑木は顔を横に振った。

 この声の主である新沢は、基本的にゆるくてふざけた人物なのだが……。

 それゆえに、よほどの用が無ければ代表である鏑木を尋ねることもないのだ。


「どうした? お前が来るとは珍しいな」

「ちっとおもろいもんを見つけてな。これや」


 そういうと、新沢はタブレットを取り出し動画サイトを開いた。

 たちまち表示された『千鳥公式チャンネル』の文字に、鏑木は目を細める。

 

「千鳥か。最近、何かと勢いを増しているが……奴らは言ってしまえば雑魚専だろう?」

「それがちょっと違うんよ」


 からからと笑いながら、タブレットを操作してある動画を見せる新沢。

 そこにはいつも動画に映る千鳥の討伐者たちとは、明らかに違った人物が映っていた。


「これは……ナイトゴーンズの神南か?」

「そう。今は詩条におるみたいやけどな」

「詩条か。懐かしいな」


 以前、炎鳳に所属していた討伐者が移籍した先のカンパニーである。

 関西方面にあるかなり小規模なところだったはずだ。

 移籍した討伐者がそれなりに有望株だったため、鏑木もかろうじて記憶の端にとどめていた。

 新沢も彼女のことは覚えているのか、少しばかり目じりが緩む。


「黒月ちゃんには悪いことしたわ。ま、最終的にはあの子の判断やったわけだけど」

「そうだな。……で、話の本題は?」

「動画の五分半ぐらいからのとこを見てみ。ああ、そこや」


 新沢に促されるまま、シークバーを操作する鏑木。

 たちまち、キマイラの放った炎を神南が自らの物として跳ね返すシーンが映し出される。

 そしてその直後――。


「これは……」

「すごいやろ? これだけの出力を出せるイデア、滅多にないで」


 氷柱に貫かれ、凍てつき、砕け散るキマイラ。

 それを目の当たりにした鏑木は、たちまちタブレットを持ち上げて愕然とした表情をした。

 これほど高出力のイデアを放てるのは、炎鳳の中でも限られている。

 まして、画面に映る少年は恐らくまだ十代であろう。

 ここからどれほどの伸びしろがあるのか、考えただけでも背筋が冷える。


「一応、動画だとこれはアーティファクトって説明しとるけどな」

「……ありえない。これだけのアーティファクト、発見されたら必ず話題になっている」

「つまり、この子は嘘をついてイデアを隠しとるってことや。ますますおもろいやん」


 そういうと、新沢はぐぐーッと大きく伸びをした。

 その仕草を見た鏑木は、次に彼が何を言うのかを察して顔をしかめる。


「ダメだ、お前には仕事がある」

「まだ何も言うてへんやん」

「この少年を見てみたいというつもりだろう? お前のすることは分かっているさ」

「流石は鏑木くん、話早いやん。俺もなぁ、久しぶりに関西のたこ焼き食べたいんや」

「お前の出身はここだろう」


 関西弁が崩れたような話し方をする新沢だが、実のところ出身は横浜である。

 一時期、関西のカンパニーに出向していたため話し方をうつされただけだ。

 鏑木に呆れたようにその事実を指摘された新沢は、ふてくされるように口を尖らせる。


「少しぐらいええやんか。それに、鏑木君かてこの子に興味はあるやろ?」

「ないと言ったら嘘にはなる」

「だったら、俺に任せてくれてもええやろ? それに、この子がもし化け物だとするなら……」


 わずかに間を置くと、新沢は掛けていたサングラスを持ち上げた。

 ――赤と緑の双眸。

 イデアが昇華し、肉体にまで影響を及ぼし始めた異形の姿である。

 その眼力に、流石の鏑木も身を強張らせる。


「同じバケモンの俺が行くのが一番や」


 そういうと、ポンと鏑木の肩に手を置く新沢。

 その手首に巻かれたチョーカーには、S級討伐者であることを示す発信機が埋め込まれていた。

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