第十八話 大好評!

「お兄ちゃん、大丈夫? まだ身体だるいの?」


 入鹿ダンジョン突入から数日後。

 俺は体調不良を理由に仕事を休み、部屋で持ち帰った本を読み漁っていた。

 体調不良と言っても、それはあくまでも口実。

 外気法を使ったせいで翌日は身が重かったが、それもすでに治っていた。


「いや、だいぶ良くなったよ。けど、今日も大事を取って休む」

「そう、なら良かった!」


 ドアの向こうから、ほっとしたような息遣いが聞こえてきた。

 入鹿ダンジョンの一件で、那美には少し心配をかけてしまったようだ。

 初めてのカテゴリー4だったからな、無理もない。

 今後はそうならないように、もっともっと強くならないとな!


「食欲は結構あるから、ご飯は揚げ物とかでも全然いいぞ」

「うん! なら、今夜はお兄ちゃんの好きな唐揚げにするね!」

「お、そりゃ楽しみだ!」


 先ほどまでと打って変わって、トトトっと軽快な足取りで去っていく那美。

 彼女がいなくなったところで、俺は改めて資料の読み解きを始める。

 古代の魔導師というのは、総じて直接的な物言いを好まず隠喩が大好きである。

 そのため、魔導書の真の意味を理解するにはかなり手間がかかるのだ。


「この王冠は生命の樹のことだな。となると、この秘されし数字って言うのは……」


 ああでもないこうでもないと机に向かって頭を悩ませ続けることしばし。

 ここで、テーブルに置いていたスマホが鳴り始めた。

 画面には『鏡花社長』と表示されている。

 今日は休むと既に告げてあるが……何の用だろう?


『もしもし、桜坂です』

『こんにちは、詩条です! いま、具合は大丈夫ですか?』

『ええ、だいぶ落ち着きましたけど何か?』

『千鳥のチャンネルに、とうとう例の動画が上がったのです!』


 例の動画というのは、神南さんが千鳥の神宮寺さんにお願いした宣伝動画である。

 動画自体は何日か前の編集を終えていて、俺もその内容については確認していた。

 神南さんがキマイラと戦うシーンをメインとした動画で、かなり迫力ある仕上がりだったはずだ。

 ……ちなみに、俺が魔法を使う場面は大幅にカットしてもらっている。

 アーティファクトを複数使っているということでみんなには説明しているが、万が一、そうでないことに気付かれたら困るからな。


『さっそく見てみます! 連絡ありがとうございます!』

『はいなのですよ! 明日はカンパニーに来られそうです?』

『たぶん大丈夫です!』

『では、また明日!』


 こうして電話を切った俺は、すぐにパソコンの画面を立ち上げた。

 新居に引っ越してきてから購入したそこそこいいやつである。

 あっという間に起動を終えたそれに、俺はすぐさま千鳥チャンネルと入力する。

 すると――。


「えぇ……!?」


 動画の投稿時刻は、つい二時間ほど前。

 鏡花さんはどうやら、先方から連絡が来てすぐに俺に電話したらしい。

 それだというのに既に再生回数が百万回を突破していた。

 流石は登録者数一千万人のチャンネル、勢いが半端じゃないな……!

 俺が動画を確認している間にも、ぐんぐんと再生が回っていく。


「コメントもすごいな……。というか、あれ……?」


 コメントの大部分は、神南さんに関するものだった。

 カッコいいとか立ち回りが凄いとか、画面を更新するたびにみるみる増えていく。

 だがその中に、ちらほらと『あの男誰だよ』とか『氷やべえ』といったものが混じっている。

 妙だな……氷結のイデアを使うのは神宮寺さんだが、あの人はこのチャンネルの代表者。

 謎の人物扱いされるとは思えない。


「あっ!? カットしてない!?」


 神南さんの渾身の一撃に続いて、俺が氷魔法を放つシーン。

 以前に確認した段階ではカットされていたはずのそれが、なぜかしっかりと残っていた。

 その後、キマイラが砕け散るシーンもバッチリと残されている。

 おいおい、こんなのネットに流したらヤバいことになるぞ……!

 案の定、別のSNSで検索したらさっそく俺のことが話題になっていた。


「う、うわ……!! な、なにしてくれとんじゃ!?」


 俺は慌てて、以前に聞いていた神宮寺さんの電話番号にかけた。

 すると数コールののち、どこか楽しげな声が聞こえる。


『さっそく、気づいたようだね』

『気づいたじゃありませんよ! どうしてカットしたはずの部分があるんですか!』

『君を映した方が詩条カンパニーの宣伝になると思ってね。狙い通り、既にある程度名の知られた神南さんの活躍よりも君の活躍の方が話題になっている』

『それはそうかもしれませんけど、アーティファクトが狙われるかもって言ったじゃないですか!』

『ははは、多少の危険ぐらい乗り越えてこそ配信者だ!』

『俺は配信者じゃありません!』


 俺が怒鳴ってもどこ吹く風、神宮寺さんは特に堪えた様子すらなかった。

 彼はそのまま「求人に応募があるといいね!」と言って、通話を切ってしまう。

 くっそ、こっちが嫌がるのを分かっててわざとカットした部分を戻したな……!

 こうしている間にも、動画はドンドン拡散してついにはSNSのトレンドに入ってしまう。


「こりゃ、大変なことになったぞ……!!」


 予想を超えた反響に、俺は思わずめまいがしてしまうのだった。

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