第十七話 撤退

「助かった……のか?」


 数秒後。

 光と音が収まったところで、俺はゆっくりと眼を開いた。

 放たれた閃光は、俺たちのすぐ脇を通り抜けたらしい。

 図書館の外壁に大きな丸い穴が開いてしまっている。

 それは綺麗な真円で、攻撃の威力がいかに高かったかを物語っていた。

 こんなもの当たったら、防御魔法を使っても流石に防ぎきれなかっただろうな……。


「大丈夫ですか!?」

「外れた……いえ、外してもらったみたいね」

「ええ……」


 かなりの至近距離からの攻撃である。

 この一撃をあれだけの能力を持つ人型が外したとは思いにくかった。

 もしかして、俺たちを生け捕りにでもする気か?

 はたまた、何か別の意図でもあるのか。

 皆で警戒感を強めると、何故か人型はくるりと俺たちに背を向ける。


「……え?」


 俺たちから興味を失ったように、そのままどこかへ歩いていく人型。

 これ以上、攻撃を仕掛けてくる気はないのか……?

 どういう風の吹き回しかはまったくわからないが、人型の姿はそのまま闇に消えていく。


「あ、見えなくなりましたね。これは……急に走り出した?」

「いったい何だったのかしらね、あいつ」

「キマイラみたいに、北側から流れてきたモンスターですかね?」

「それならどうして俺たちを見逃したのか……。というか、あれはモンスターだったのかな」


 あの異様な気配、俺にはどうも普通のモンスターとは思えなかった。

 神南さんも同意見なのか、来栖さんの言葉に対して渋い顔をしている。

 ……とりあえず、帰ったらみんなにいろいろ聞いてみた方がいいだろうな。

 ひょっとしたら、このダンジョンだけではなく他のダンジョンにも出るかもしれないし。


「……とにかく、今日のところは早く帰りましょうか」

「そうですね! 無事に目的は果たせましたし!」


 すっかり重くなってしまった空気を吹き飛ばすように、満面の笑みを浮かべる来栖さん。

 ……まぁ、当初の目的であった入鹿ダンジョン内部の撮影は十分以上に果たせたのである。

 加えて、図書館から多くの資料を回収することが出来た。

 これを読み解くことができれば、俺の魔法の威力はさらに大幅に向上するだろう。

 成果という点で考えれば、今日の探索は大成功と言っていい。


「おーーい……。薬を……くれ……」


 ここで、近くの建物に叩きつけられていた男が弱々しいながらも呼びかけてきた。

 しまった、そう言えばすっかり忘れてた!

 自分たちのことに精いっぱいで、いつの間にか千鳥の討伐者たちのことが頭から飛んでいた。

 俺たちはすぐさま彼らに走り寄ると、怪我の具合を見て治療を始める。


「……ありがとう。さっきはすまなかった」

「すまないで済んだら、警察はいらないわよ」


 叩きのめされたことで、自信を失ったのだろうか?

 千鳥の代表である男は先ほどまでの態度が嘘のようにしおらしかった。

 しかし、神南さんは素直に彼の謝罪が受け入れられないのだろう。

 手当をする傍らで、不機嫌そうにため息をつく。

 まあ、一歩間違えれば俺たちだけがキマイラの犠牲になってもおかしくなかったからな。


「そうだ! カンパニーの宣伝に協力してもらいましょうよ!」

「どういうこと?」

「今回のお詫びとして、千鳥のチャンネルで詩条カンパニーの宣伝を流してもらうんですよ!」


 来栖さんの提案に、ポンッと手をつく俺。

 なるほど、それはちょっとありかもしれない。

 千鳥のチャンネル登録者数は脅威の1000万人超。

 その規模のところで大きく宣伝してもらえれば、影響はかなりあるだろう。


「いいじゃない! 案外、バズるかもしれないわ」

「そうは言っても、いきなりよそのカンパニーの宣伝を大々的に流すのは……」

「自分たちが助けられたことでも、素直に流せばいいじゃない」

「それは、うちのカンパニーの威信に……」

「あ?」


 渋る男に向かって、神南さんがグイっと詰め寄った。

 その冷え冷えとした目は、なかなかにすごい迫力である。

 弱り目に祟り目、打ちのめされて精神的に参っている男にこれは堪らなかったのだろう。

 たちまち、焦った表情で言う。


「……わ、わかった! 何とかしよう!」

「ふふん、これでよし!」

「神南先輩、なかなかえぐいことしますね?」

「なによ、宣伝してもらおうって言ったのは咲でしょ」


 さらりとした口調で言う神南さん。

 男の手当てを終えた彼女は、破壊された撮影機材の残骸へと向かう。


「しかしこうなると、戦っていた映像が欲しいとこだけど……。これじゃ無理かしらね」

「ストレージさえ無事ならある程度は復元できる。金属製の薄い箱はないか?」

「薄い箱? えーっと、これのこと?」


 そう言って神南さんが手にしたのは、ちょうど漫画の単行本ぐらいの大きさをした箱だった。

 それを見た男は、すぐに気色ばんだ顔をする。


「良かった、それだ! 傷とかはついてないか?」

「ええ、見たところどうにもなってないわ」

「なら大丈夫だ! 我々の運も完全には尽きていなかったようだな……!」

「だからって、また無茶とかしたら今度こそ死ぬわよ」


 そう言いながら、データの入ったストレージを男に渡す神南さん。

 ここで彼女は、ふと何かを思い出したように言う。


「そう言えば、名前は?」

「ん? まさか君たち、この私の名前を知らないのか!? 登録者1000万人だぞ?」

「残念ながら」

神宮寺礼じんぐうじれいだ! 覚えておきたまえ!」


 そういうと、男こと神宮寺さんは手裏剣のように名刺を投げつけて来た。

 金色に輝く和紙に『神宮寺礼』とこれまた毛筆で力強く書かれている。

 そのあまりの自己主張の強さにちょっと胸焼けがしそうだ。

 やっぱりインフルエンサーだけあって、個性が大事なのだろうか。


「じゃあ神宮司さん、よろしくね」

「ああ、任された。が、帰還の方も手伝ってもらえると助かる」

「もちろんですよ」


 そういうと、俺は治療を終えた討伐者の一人に肩を貸した。

 こうして俺たちは、どうにか入鹿ダンジョンを無事に脱出するのだった。

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