第十六話 黒い鎧

「この気配は……!!」

「あれ? あそこ……」


 千鳥の討伐者たちが放置した巨大な撮影機材。

 その脇にそこにいつの間にか、黒い鎧を纏った騎士のような人型が立っていた。

 鎧の造形こそナイトアーマーに似ているが、その威圧感はけた外れ。

 見ているだけで、背中にじんわりと汗が滲んでくる。


「そんな……! 近づいて来たのに、まったく見えなかった!?」

「ほんとに? 何も見えなかったの?」

「は、はい。私の目に映らないなんて……」


 動揺を隠しきれない来栖さん。

 俺たちもまた、そんな彼女を見て人型への警戒感を強める。

 来栖さんのイデア『完全なる眼』は、これまでどんなモンスターの動きでも捉えてきた。

 その半ば未来予測じみた眼力から逃れられるとは、半端な相手ではない。

 だがここで、千鳥の男が沈黙を破るように言う。

 

「まずい、あいつ我々の撮影データを……!」

「ちょっと、危ないわよ!」

「そうです、やめてください!」


 撮影機材を守るため、人型へと歩き出した男。

 すぐさま神南さんと来栖さんが声を上げるが、完全に頭に血が上っているらしい。

 男はそれを聞き入れることはなく、人型の前に立ちはだかった。

 しかし次の瞬間――。


「うがっ!?」

「なっ!」


 男の身体が一瞬にして吹き飛ばされた。

 いったい、何をした!?

 コンマ一秒ほどに満たない間での出来事に、俺は理解が追い付かなかった。

 すぐに来栖さんの方を見るが、彼女も見えていなかったらしい。

 目を見開き、表情を凍り付かせている。


「手で、払った? いえ、殴った……?」

「はっきり見えなかったの?」

「え、ええ……こんなの初めてです……!」


 動揺している来栖さん。

 その間に、鎧の人型は撮影機材へと手を伸ばした。

 そして討伐者でも数人がかりで持ち上げる機材を、そのまま片手で軽々と持ち上げてしまう。

 

「まずい!! 走って!!」


 ――グオォン!!

 異様な金属音を響かせながら、撮影機材が宙を舞った。

 俺たちは走ってそれを回避するが、その間に人型が一気に距離を詰めてくる。

 ――なんだ、この目は?

 兜の奥にちらりと見えた、碧の瞳。

 それに対して、俺は形容しがたい異質さを感じた。

 作り物のようでいながら、それでいて生物特有の気配もある。

 無機物と有機物が混ざり合ったような、ひどく歪で悍ましいモノ。

 全く未知の存在に、俺は呑み込まれるような感覚がした。


「こいつは……なんだ?」


 俺の中で思考が停止しかけた瞬間、人型が掌打を放ってきた。

 とっさに腕をクロスさせて、その一撃をどうにかガードする。

 ――重い!!

 強化魔法と機動服の機能をフルに併用して、なお力負けするほどの威力。

 踏ん張る俺の足が、石畳をひっかくようにして滑る。


「桜坂先輩!?」

「大丈夫、天人!?」

「……何とか!」


 ダメージは受けたが、致命傷ではない。

 俺は深呼吸をしていくらか落ち着くと、改めて鎧の人型を見る。

 するとどうしたことだろう、奴は攻撃を放った自らの手と俺の身体を執拗に見比べていた。

 

「来ます!!」

「くっ!」


 鋭くえぐり取るような打撃。

 それをかろうじて回避すると、鎧の人型は不思議と追撃せずに距離を取った。

 兜の奥の瞳が、不気味に俺の全身を見据える。

 こいつ、戦うというよりは試しているのか?

 鎧の人型の動きに、モンスターとはやや異なる知性のようなものを感じる。


「……モンスターじゃない?」

「え?」

「何だろう、人間っぽい」


 ここで、神南さんが人型の様子を見ながら呟いた。

 俺も彼女に同意するように、深く頷く。

 一方、来栖さんは俺たちとは全く異なる意見のようだった。


「でもこいつ、動き方が人間とは全然違いますよ! というか、生き物っぽくないです!」

「何にしても得体が知れないわね……。倒せそう?」

「……うーん」


 神南さんの問いかけに、俺は唸るしかなかった。

 この人型の速さだと、魔法を放ったところで当てられるかどうか。

 かといって、これだけのパワーがある相手を拘束するのも難しい。

 加えて、さっき外気法を発動したせいでかなり疲労が残ってしまっている。

 こいつの耐久力がまったく未知数な以上、有効打を出せるかどうかは不明確だ。


「わからないってことね?」

「ええ。ここは逃げるしか……」

「でも、あの速さだと追いつかれますね」


 鎧の人型の速さは、来栖さんのイデアを持ってしてもとらえきれないほど。

 俺たちが全力で走ったところで、振り切れるとは思えない。

 あいつを引き付けるための何か策がいるだろう。

 だが生半可の物は、持ち前の力で吹き飛ばしてくるだろうからな……。

 するとここで――。


「ぐっ!!」

「神南さん!!」


 人型の上半身が、わずかに沈み込んだと思った瞬間。

 神南さんの身体が吹っ飛んだ。

 何もかも置き去りにするような動きの速さに、目がまったくついていかない。

 こんなの、とても勝てないぞ……!!


「神南先輩、先輩!!」

「……生きてるわ。手加減、された?」


 起き上がり、怪訝な顔をする神南さん。

 派手に吹き飛ばされた割に、ダメージはあまりなかったらしい。

 いや、あえて攻撃をセーブされていたのか?

 あの人型、自分の力の確認でもしているというのだろうか?

 鎧の人型は俺の時と同様、自身の腕と神南さんの身体を執拗に見比べる。

 そして――。


「な、なんだ……!? 変形した!?」


 鎧の人型の腕が、急に大きな筒のような形へと変わった。

 そしてそこから、モーターのような駆動音が響き始める。

 これはひょっとして、エネルギー砲か何かか!?

 俺がそう直感すると同時に、青白い光が放たれるのだった――。

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