第十五話 砕かれるもの

「そうか……! 温度差か!」


 亀裂の入ったキマイラの足。

 それを見て、俺はすぐさまそうつぶやいた。

 氷の矢で一気に氷漬けにして、今度は炎の剣で斬りつける。

 キマイラの身体が石で出来ているならば、温度差で砕けても不思議ではない。

 とっさにそれを狙うとは、流石、神南さんは戦い慣れている。


「よし、これなら……!!」


 足が気になるのか、キマイラの動きが鈍った。

 これなら、上級魔法をジャンプしてかわすこともあるまい。

 俺は深呼吸をすると、周囲のマナを取り込んで外気法を発動する。

 ……流石はカテゴリー4というべきか。

 周囲のマナは濃厚で、たちまち魔力となって実体化する。

 俺の周囲に金色の霧のようなものがにわかに立ち込めた。


「インフェルノ!!」


 放たれる紅炎。

 収束した炎の弾丸が、キマイラの巨体に向かって飛ぶ。

 たちまち、キマイラの双頭のうち獅子の方が砕ける。


「グオオオオオッ!!」

「うわっ!?」

「左、右! 尻尾です!!」


 頭を片方潰され、狂ったように猛るキマイラ。

 そのめちゃくちゃな動きからは完全に理性が失われていた。

 リミッターが外れたとでも言えばいいのだろうか?

 先ほどまでより速度が増した動きを、俺たちは来栖さんの指示でかろうじて避けていく。

 こいつ、頭が片方吹っ飛んだっていうのに攻撃力が増してないか!?

 再生力に長けるゴーレムでも、内部の魔法回路が損傷すれば動きは鈍るのだが……。

 こりゃ、予想以上の化け物かもしれない。

 さらに――。


「グアアアア!!」

「炎!?」


 山羊の口から炎が飛び出した。

 これは流石の来栖さんも予期できなかったのか、わずかばかり反応が遅れる。

 ……やばい!!

 危うく逃げ遅れそうになった神南さんを、俺はやむを得ず突き飛ばした。

 代わりに、俺の足を炎が掠める。


「ぐっ!?」


 わずかに触れただけだというのに、足を鈍痛が走った。

 こりゃ、まともに受けたら防ぎきれるものじゃないな!

 早々に決着を付けなければ、最悪、誰かが命を落とすかもしれない。

 危機感を抱いた俺は、すぐに千鳥の男へと視線を向ける。


「わかってるさ!!」


 俺の意図を理解したのか、男はすぐさま氷の矢を連射した。

 かなり気合が入っているのだろう、冷気を纏った矢は白い軌跡を描き出す。

 だがキマイラが炎を吐き出すと、矢は瞬く間に溶けてしまった。

 キマイラの身体には、申し訳程度に水滴がかかっただけだ。

 どうやら、相手の熱量の方が矢の冷気を上回っているらしい。

 

「同じ手は通用しないか……!」

「なら、叩き切るまで!!」


 剣を手に、一気に距離を詰める神南さん。

 そんな真正面から、何をする気だ!?

 俺が目を見張ったのも束の間、神南さんはあろうことかキマイラの吐き出した炎を剣で受け止めた。

 そして、さながら糸を撒くかのように燃え上がる紅炎を剣にまとわせる。

 炎を操るイデアとは、ここまですさまじいものだったのか……!!


「はああああぁっ!!」


 キマイラ自身の吐いた炎を纏うことで、さらに威力を増した炎の剣。

 それはもはや、小さな太陽と言っても過言ではないほどに強烈な光を放っていた。

 この威力なら……!!

 俺はすぐさま、深呼吸をして魔法の発動に備える。

 チャンスは一度、神南さんが攻撃を当てた直後。

 そこに最大威力の氷魔法を撃ち込めば、間違いなく行ける……!!


「消え去れ!!!!」


 限界まで収束された炎。

 その威力が解放され、瞬く間にキマイラの巨体が丸ごと光の奔流に呑まれた。

 圧倒的な熱、光、轟音。

 五感のすべてが圧倒され、蹂躙されるようだ。

 そしてそれが途絶えた瞬間、俺もまた最大級の攻撃を放つ。


「アブソリュート・ゼロ!!」


 炎に耐え、わずかに赤熱していたキマイラの石の身体。

 そこに向かって、青白い波紋が走った。

 それにやや遅れて、今度は地面から無数の氷柱が伸びていく。

 その様子はさながら、氷柱がキマイラに向かって食らいつくかのようだ。

 ――貫き、持ち上げ、凍てつかせる。

 キマイラの巨体がたちまち氷柱によって浮きあがり、体表が氷と霜に覆われていく。

 そして――。


「グオオオオオォ!!」


 轟く咆哮。

 それにやや遅れて、キマイラの身体にヒビが入った。

 ――ピシッ、パキッ!!

 たちまちそれは全身に拡大し、やがて一気に崩壊を始める。

 キマイラの巨体が無数の岩塊と化し、呆気ないほどに容易くバラバラになった。

 そして自身の方に転がってきた岩を掴んで、来栖さんが言う。


「……勝った。勝ったんですよ!」


 よほど嬉しかったのだろう、その場で飛び跳ねる来栖さん。

 一方で、神南さんの方は何やらひどく疲れた様子だった。

 彼女は機動服の煤を掃うと、ふうっと深呼吸をする。


「何とかなったわね。流石にもう限界だけど」

「神南さん、大丈夫ですか?」

「ちょっと火傷したかな。薬を付けとけば治る範囲だけど」

「見せてください」


 俺はすぐに神南さんに近づくと、彼女の手を取った。

 おいおい、こりゃ薬を付けとけば治るなんてとんでもない。

 皮膚の一部が大きく腫れ上がっていて、かなりの重傷じゃないか。

 すぐさま治癒魔法を使う。


「イクスヒール」

「あれ、怪我が……」


 火傷をした皮膚が蠢き、見る見るうちに正常な状態へと戻っていく。

 そして数秒後には、わずかに火傷の跡が残るのみとなった。

 ダンジョン外に出たところで治療を受ければ、これもすぐに消えるだろう。

 神南さんは少し驚いた顔で俺を見るが、俺は軽く笑って誤魔化す。


「ここにいても危険です、早く出ましょう」

「はい!」


 こうして遺跡の外を目指して歩き始めようとした瞬間だった。


「…………っ!!」


 悍ましい気配に、背筋が凍り付くのだった。

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