第四話 撮影の流儀
「……見掛け倒しね、大したことないじゃない」
ゴリラをあっさりと両断してしまった神南さん。
どうやら、毛皮と筋肉の鎧と炎の刃では相性が最悪に近かったらしい。
一体があっさりとやられたことで、様子を見ていた他のゴリラたちも次々と散っていく。
逞しい見た目に反して、意外と臆病な性格をしているようだ。
「おっしゃあ! 完璧な一枚!」
俺たちがゴリラとの戦いを終えたところで、来栖さんがまたも声を上げた。
彼女はそのままノートパソコンを取り出すと、カメラと接続して即座に画像の編集を始める。
その手際の良さときたら、もはや熟練した職人のようである。
すぐそばで激しく戦っていたというのに、まったく気にしないあたり集中力も半端じゃない。
「……凄かったですね、さっきの能力」
「え、何のことですか?」
ひと段落着いたところで俺が声をかけると、来栖さんははてと首を傾げた。
あれおかしいな、会話が通じていない?
俺が不審に思っていると、すかさず神南さんが助け舟を出してくれる。
「ほら、投石をかわしてたでしょ。あれのことよ」
「ああ、あのぐらい大したことないですよ。私のイデアって、めっちゃ目が良くなるのと視界が広がるぐらいなので」
「普通にすごいじゃないですか」
俺は心の底からそう思った。
発現するイデアの中には扱いにくい能力も多い。
その中で来栖さんの力はかなりの当たりと言っていいだろう。
投石を悠々とかわしていたことからして、動体視力も大幅に上がっているはずだ。
戦闘から偵察まで、応用はいくらでも利く。
しかし、来栖さんはとんでもないとばかりに首を横に振った。
「いえいえ、出来るのはせいぜい見張りぐらいです! 私に神南先輩ぐらいの身体能力があればいろいろできるんですけどねー」
「……そう言って、あなたが戦いにあんまり興味ないからでしょ?」
「あはは、どうにも苦手なんですよ。モンスターを切る感触が」
あぁ、前世でもたまにいたな……。
戦いの才に恵まれながらも、どうしても血を見るのが苦手だという人種が。
俺としてはもったいないと思うのだが、そういう性分なのは仕方がない。
この手の人は思想がどうこうではなく生理的に受け付けないって場合がほとんどだし。
治そうとして治るものでもないんだよな。
「まぁ、このイデアのおかげで写真家やれてるんですけどね。ほら、これ見てください! 我ながら完璧な角度、会心の一枚です!」
「へえ、なかなかいいじゃない」
「次はこれです! ちょうどいい具合のところに太陽が来て、結晶に反射した光が綺麗で……」
「おぉ……! 綺麗……!」
撮影した写真のデータを次々と見せて、熱弁を振るう来栖さん。
流石は、ダンジョン内の写真でインフルエンサーにのし上がっただけのことはある。
どの写真も実に見事な仕上がりで、プロ顔負けの腕前だ。
もはや討伐者というより、写真家が本業なのだろうな。
「こうやってたくさん撮影して、一番いいやつだけを選んでアップするんです! このこだわりが、バズに繋がります!!」
「やっぱこだわりは大事なんだ」
「当然! 今日一日で、あと二百枚ぐらいは撮影しますからね! その中から最高の一枚を選びます!」
「二百枚!?」
予想以上の枚数に、俺も神南さんも表情を強張らせた。
しかし、来栖さんは気にすることなく意気揚々と尾根を登り始める。
インフルエンサーというのも、まったく楽ではないんだな。
「わっ! こっちから見るとまた全然違う! うっは~~!!」
こうして山道をしばらく登ったところで、再びカメラを構える来栖さん。
彼女はファインダーをのぞき込んだまま、人が一人歩けるほどの幅しかない道を忙しく行き来する。
道の両端は急な斜面となっているのに、これも彼女のイデアの為せる業だろうか。
「……何だかすごいですね」
「思ったより、参考にならないかも」
こちらのことなどお構いなしに撮影を続ける来栖さんを見て、困ったような顔をする神南さん。
もともとは、詩条カンパニーに人を集めるためのSNS戦略を学びに来たのだが……。
来栖さんのやり方は、真似するのがちょっと難しそうだなぁ。
これぐらいこだわらなければ、今の時代に流行りを産むなんてことできないのかもしれないけれど。
「いっそ、あなたのイデアを撮影したら? たぶん一発で話題になるわよ」
「いや、それはちょっと」
「冗談よ。そんなことしたら、人を集めるどころの騒ぎじゃないわ」
神南さんって、たまに真顔で冗談を言うからよく分からなくなるんだよなぁ。
こうして俺たちが来栖さんを見ながらあれこれと話を続けていると。
不意に山肌が小刻みに震える。
「地震?」
「妙ね、ダンジョンで地震なんて聞いたことないけど」
すぐに武器を構え、警戒を始める神南さん。
俺もまた、魔力を高めていつでも魔法を撃てるようにする。
もしこれが何かの足音だとしたら、相当な大物だが……どこから来るんだ?
周囲を見渡すが、それらしい影はない。
「来栖さん! 何か近づいて来てませんか?」
「……おおぉ、いい! この反射いい!」
「来栖さん!!」
「はえ?」
俺が大声を出したことで、ようやく彼女は作業を中断した。
そして何を言いたいのか悟ったのだろう、すぐさま周囲を見渡す。
「特に何も来てないですよ。この近くだと、ゴリラが何体かいるだけ……」
「下だ!!」
とっさに魔力探知をした俺は、来栖さんの足元に迫る影を見た。
そしてその直後――。
「わわわっ!?」
「でけえ……!!
山肌から飛び出した、巨大な芋虫のような何か。
天を突くようなその大きさに、俺はたまらず息を呑むのだった。
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