第三話 ダンジョン写真家
「……まさか、いきなりダンジョンの前とは」
神南さんの知り合いのクルクルさんというインフルエンサー。
彼女――事前に神南さんから女性だと聞いている――が待ち合わせに指定してきた場所は、あろうことかダンジョンの前だった。
普通、最初の顔合わせと言ったら喫茶店とかが相場じゃなかろうか?
「クルクルさんって、どんな人なんですか?」
「ちょっと変わってるけど、悪い子じゃないわ。まぁ、まっすぐ過ぎるとこがあるけど」
神南さんの言うちょっとが、果たして本当にちょっとなのか。
俺にははなはだ疑問だったが、ここで気にしても致し方あるまい。
待っている間、少し暇になった俺はダンジョンの方へと視線を向ける。
――筒井原ダンジョン。
カテゴリー2の開放型ダンジョンだが、山間にあることと既に安定期であることから人気があまりない。
暴走しないように、わざわざ自治体が討伐者を雇って定期的にモンスターを間引いているぐらいだとか。
俺たちもここへ来るまでに、電車とバスを乗り継いで二時間ほど掛けている。
「あ、来たわね」
やがて坂の下から、大きな荷物を背負った少女が近づいて来た。
その膨れたザックは、機動服を着ていなければ登山家か何かと間違えそうなほど。
しかし、流石は討伐者というべきか。
荷物の重さに負けることなく、どこか小動物を思わせる顔は元気いっぱいだ。
「お久しぶりです、神南先輩!」
「久しぶり。紹介するわ、彼が今チームを組んでる桜坂君」
「初めまして、
「どうも、桜坂です」
元気よく差し出された手を握り返す。
なるほど、来栖さんだからクルクルなのか。
可愛らしい響きが、活動的に見える彼女にとても良く似合っている。
「神南さんと来栖さんって、どんな関係なんですか? 先輩って言ってましたけど」
「ダンジョンでケガしてたところを助けたの。それがきっかけで、たまにお茶とかするようになって。先輩ってのは勝手に呼ばれてるだけ」
「勝手にって、相変わらず神南先輩はつれないなー」
「だってあなたと私ってカンパニーも別だし、そもそも同い年でしょ」
てっきり年下だと思っていたが、同い年だったらしい。
……来栖さんみたいな人のことを、後輩気質とでもいうのだろうか?
何となく放っておけないような気がしてしまう。
まあ、これから俺たちは彼女にインフルエンサーのイロハを教えてもらう側になるわけだが。
「それで、今日はカンパニーの宣伝についての相談でしたっけ?」
「そうそう。あなた、フォロワー12万人もいるでしょ? だから何か参考になることでも聞けないかなって」
「そういうことなら、どーんと任せてください! すべて実地でお教えします!」
腰に手を当て、自信満々と言った様子で鼻を鳴らす来栖さん。
彼女はそのままダンジョンの入り口に向かって歩き出すと、着いて来いとばかりに手を振る。
「早速行きましょう!」
「え、いきなりダンジョンですか?」
「もちろん! ダンジョンに入らないと始まりませんから!」
来栖さんはそういうと、ためらうことなく門を潜っていってしまった。
俺たちも慌てて彼女の後を追いかけていく。
たちまち全身を襲ってくる、もはやおなじみとなった浮遊感。
やがてそれが収まると、眼の前に広がっていたのは――。
「すごい……!!」
「空島だ……!」
一面に広がる青い空。
そこに連なるように、たくさんの岩塊が浮かんでいる。
それらには大きな水晶が生えていて、光を反射してまばゆいほどに輝いていた。
この奇妙で美しい風景は、エルヌ山脈の上層か。
異世界ヴェノリンドでも屈指の景勝地である。
魔結晶の産地として有名で、山脈の上に連なる島々は魔力の反発によって浮いている。
俺も一回だけ訪れたことがあるが、何度見てもこの風景は圧巻だな!
「うはーー!! 噂通りのフォトスポット! たまんねえ!!」
幻想的な光景に俺たちが息を呑んでいると、来栖さんが雄叫びを上げた。
その様子は何というか……美女を前にしたオッサンか何かみたいだな。
どこぞの大泥棒よろしく、眼の前の景色に向かってダイブしていきそうなぐらいの勢いを感じる。
彼女は流れるような手際の良さでザックを下ろすと、カメラと三脚を取り出す。
「いいねえいいねえ! 完璧だぁ!!」
「……ねえ、いろいろ教えてくれるって話は?」
「ぜんぶ後です!!」
神南さんの問いかけを、凄い勢いで撥ねつける来栖さん。
この人、写真のこととなると周囲がまったく見えなくなっちゃうんだな……!
前に怪我をしているところを助けられたって言うのも、もしかしてこれが原因だろうか?
俺が少し呆れていると、尾根の向こうからゴリラのような姿をしたモンスターが出現する。
「あいつら……!」
その場に落ちていた石を拾い上げ、こちらの様子を伺うゴリラ。
まずいぞ、あれでこちらに攻撃してくるつもりだ!
俺はすぐに来栖さんに声をかけるが、彼女はなかなか動き出そうとしない。
おいおい、この期に及んで撮影に夢中になのか……!!
「何してるんですか! 早く逃げないと!」
「……大丈夫。ああいう攻撃、あの子には通用しないから」
焦る俺の一方で、どこか余裕のある態度で告げる神南さん。
そう言っている傍から、ついにゴリラが石を投げつけて来た。
ビュンッと響く風切り音。
人の頭ほどもある石が、さながら弾丸のように宙を裂く。
――このままだと直撃する!
俺は急いで、風の弾で石を打ち落とそうとした。
だがここで――。
「えっ!?」
カメラに夢中になっているように見えた来栖さん。
彼女は身を半歩ほど捻ると、見事に投石を回避した。
一瞬まぐれかと思ったが、そうではない。
彼女はその後も、続けざまに放たれた投石をひらりひらりとかわしていく。
「あれがあの子のイデア『完全な眼』の力よ」
……どうやら来栖さん、インフルエンサーというだけでなく思った以上に凄い力の持ち主らしい。
俺はファインダーをのぞき続ける彼女の姿を見て、大いに感心するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます