第二話 有名人
「な、何でですか! 流行りの歌ってみたですよ!」
口を尖らせ、ちょっとムキになって反発する鏡花さん。
彼女なりに自信のある動画だったらしい。
まぁ、素人としてはけっこう頑張っている……のだろうか?
歌詞のテロップが、すごくカラオケっぽいのが気になるところだが。
「そりゃ、チャンネルの初めての動画がよくわからない歌の歌ってみたじゃ伸びないわよ。しかも、三百六十五日働きましょうって歌詞、下手すりゃ炎上するわよ」
「んぐ!? それはまあ、否定できないですけど! 実際はブラックじゃないので平気です!」
確かに、実際の詩条カンパニーはそう言った面でのブラックさはない。
ないのだけれど、そういう問題ではないんだよなぁ……。
「えっと、次のは……ラムネコーラ?」
「はいなのです! 当時大流行していたのですよ!」
社歌を歌ってみたの次は、ラムネコーラやってみたという動画であった。
噴き出すコーラを前に、パチパチと手を叩く鏡花さんがどことなくシュールな映像である。
歌ってみたの次がこれなのは、何というか、いろいろと凄いことになってるな。
神南さんも似たようなことを感じているのか、表情が渋い。
「さらにその次は……ガチャガチャを全部買ってみた?」
「ええ、駅前で大きなガチャガチャの機械を見つけたので! これも流行りなのです!」
「……そういう動画はよく見るけど、統一感が無さすぎ。だいたいこれ、カンパニーの公式チャンネルなんでしょう?」
動画の一覧を指さしながら、吠える神南さん。
歌ってみた、ラムネコーラ、ガチャガチャの買い占め、大食い、ゲーム実況……。
とにかく、その時に流行っていたものに全力で乗っかったという印象だ。
神南さんの言う通り、統一感もないしすごく個人チャンネルっぽい。
というか、今の今まで俺たちはこの会社が公式チャンネルがあることすら知らなかったし。
これじゃあ、鏡花さんの個人チャンネルと何も変わらない。
「で、でもどうすればもっと受けるって言うんですか?」
「そりゃ、カンパニーなんだからそれにちなんだ配信でもしたら? ダンジョン攻略の様子を配信してみるとかさ」
「そうは言っても、モンスターを撮影できる機材は高くて……あっ!」
「どうしたんです?」
「黒月さんもチャンネル開いてるのですよ」
あの七夜さんが?
動画投稿をする姿がとても想像できなかった俺と神南さんは、すぐにタブレットを覗き込んだ。
すると『ツッキーのもぐもぐチャンネル」なるチャンネル名が目に飛び込んでくる。
七夜さんには似合わないファンシーな感じだが、ツッキーというのはハンドルネームだろうか。
「これは……おにぎり?」
「どのサムネイルも、似たような感じですね」
たくさん並んだサムネイルは、どれも七夜さんがおにぎりを手にしたものばかりだった。
合同討伐の日も食べていた、あのサイズ感がバグったような特大おにぎりである。
試しに一つ開いてみると、七夜さんがおにぎりを両手で抱えてひたすら食べているだけだった。
しかも、食べる合間に七夜さんがトークをすると言ったこともない。
幸せそうな顔で、でっかいおにぎりを貪っているだけだ。
「食べてますね」
「ええ、もぐもぐしてるだけ……?」
「あ、でもこれ見てください! 再生数が……三万!?」
再生数を見て、驚愕する鏡花さん。
まさかと思ってみると、確かに「31245回」とか表示されている。
うっそだろ、おにぎりを食べてるだけの動画で三万再生って何なんだ!?
思わず何か精神系の魔法でもかかっているのではないかと疑うが、特にそんなこともない。
というか、よく見たらチャンネルの登録者自体も二万人を超えている。
「な、な、な……!? どうしてこんなチャンネルが!?」
「このチャンネル、本当におにぎりを食べるだけだけどそれが逆にコアな需要を掴んでるんだわ。再生数に関わらず、毎日投稿を続けた成果ね」
「わ、わからない……! 動画配信の世界がまったくわからないのです……!?」
困ったように天を仰ぐ鏡花さん。
俺も、おにぎりを食べるだけの動画の良さが分からなくて少し困惑してしまう。
確かに神南さんの言う通り、毎日のように動画を更新しているのは凄いと思うのだけど……。
一方で、神南さんは落ち着いた様子で言う。
「ま、動画業界ってこういうものだから。バズって見るまで分からないところもあるし。けど、カンパニーでチャンネルを持つってこと自体は悪くない発想だと思うわよ。それで超大手までのし上がったところもあるぐらいだし」
「そんなとこあるんですか?」
「カンパニー経営してるのに知らないの? 大阪の千鳥ってところ」
俺と鏡花さんは揃って首を横に振った。
就職活動に必要だったので、タブレット自体は昔から持っていたのだが……。
家の通信環境が最悪で、動画視聴どころじゃなかったからなぁ。
鏡花さんもきっと、カンパニー経営が忙しかったのだろう。
「モンスターを撮影できる特殊な機材を投入して、ダンジョン攻略の様子を撮影して配信してんの。それが大ウケして、今や登録者一千万人の巨大チャンネルよ」
「いっせんまん!? そ、そんなに!?」
あまりの規模に、顎が外れそうになっている鏡花さん。
すっごいな、日本の十人に一人以上の割合で登録してる計算じゃないか。
七夜さんの二万人でびっくりしていた俺たちとはまさに次元が違う。
「ダンジョンって日本にしか存在しないからね。それだけで海外の人が登録するみたい」
「でも、ダンジョン攻略の様子を撮影なんて危なくないんですか? カメラさんとか連れていく余裕なかなかないですよね」
「ええ。だから、最近は自前の管理ダンジョンに機材設置したりして使ってるみたいよ」
「自前?」
「ダンジョン局と契約すれば、管理ダンジョンの権利をひとつのカンパニーで独占することができるのですよ。ただ、規模の小さいダンジョンでも年間数億かかるので普通はやらないのです」
管理ダンジョンを独占したところで旨味は薄いと続ける鏡花さん。
別にわざわざ独占しなくても、空いているダンジョンはたくさんあるからなぁ。
オンラインゲームの狩場などと違って、極限まで効率を上げるなんてことも難しいし。
けど、配信をするとなると自前でダンジョンを持つ方が効率的なようだ。
「そもそも、千鳥の社長は財閥の御曹司って話だしね。資金力が違うのよ」
「あはは……。うちじゃとても無理ですね」
「ナイトゴーンズでも、千鳥の勢いを見て真似しようとしたんだけど失敗したぐらいだしね……」
そう語る神南さんの口調は、やけに重苦しかった。
過去によほど大きな出来事でもあったのだろうか?
俺は触れない方がいいのではと思いつつも、好奇心に負けて尋ねる。
「……何かあったんですか?」
「私のことをアイドルみたいに売り出そうとしたのよ」
「あー……神南さん美人ですからねえ」
腕組みをしながら、うんうんと頷く鏡花さん。
一方の神南さんは、当時のことを思い出したのかうんざりしたような顔をしている。
彼女の性格からして、アイドルみたいな売り方されたらそらしんどいわな……。
「ああでも、千鳥の真似は無理でも方法はあるかも」
「むむ! 気になるのですよ!」
「これ見て、私の知り合いのアカウントなんだけど」
そう言って神南さんが見せてくれたのは、とあるSNSのプロフィール画面であった。
そこには可愛らしいクマのアイコンと共に「クルクル@ダンジョン写真家」と表示されている。
ヘッダーに使われている画像も、奇岩の立ち並ぶ幻想的な草原の景色であった。
「ダンジョンの綺麗な風景を写真に撮ってる子でね。見てよ、フォロワー十二万人」
「せ、戦闘力十二万!?」
「この子なら知り合いだから、すぐに連絡付けられるわよ」
「ぜひお願いします!」
さっそく、電話でアポをとる神南さん。
それから数日後、俺たち二人はこのクルクルという人物と会うことになったのだった。
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