第二章 賢者とインフルエンサー

第一話 カンパニーの課題

「ウォーターショット!!」


 人を丸呑みするほどの巨大なトカゲ。

 その岩のような肌に水の弾丸を撃ち込むと、俺は即座に神南さんとスイッチした。

 準備万端、炎の刃を構えていた彼女は瞬時にトカゲとの距離を詰める。


「吹っ飛べ!!」


 燃え上がる刃が一閃。

 紅い軌跡が描かれた瞬間、トカゲの皮膚が爆発した。

 水弾によって皮膚に染み込まされた水分が、猛烈な熱量に晒されて爆発を起こしたのだ。

 水蒸気爆発というやつである。

 たちまち岩のような皮膚の一部がはがれ、白い肉が露わとなる。

 そこへすかさず――。


「はあぁ!!!!」


 トカゲの頭上まで飛び上がり、袈裟に刃を振るう神南さん。

 焔の刃は正確無比に傷口に刺さり、肉に深々と食い込む。

 そして一瞬の抵抗の後、トカゲの首が両断された。

 神南さんはそのまま綺麗に着地を決めると、ふうっと額に浮いた汗を拭う。


「これで五体目か。まさか、ロックリザードがこんな簡単に狩れるなんて」

「こいつの鱗、熱には強いですけど爆発には弱いですから」

「だからってそんな簡単に対抗手段を用意できないのよ。本当に、あんたのイデアってチートよね」


 そう言って、どこか呆れたような顔をする神南さん。

 普通、イデアは一人につき一種類。

 いかに厄介なモンスターが相手とは言え、その都度弱点を突くようなことは難しいのだ。

 それに対して、俺の魔法は一千種類以上。

 それぞれのモンスターに対して、最適とはいかないまでもある程度合理的な手段で叩ける。

 

「神南さんの焔の刃も半端じゃないですけどね。それだけの熱量をずーっと出し続けられるなんて」

「まあね、でも暑くて耐えられないから連続使用は五分が限界よ」


 ミネラルウォーターを飲みながら、苦笑する神南さん。

 魔法を使うと魔力を消耗するのだが、何とイデアはそう言った消耗がほとんどないらしい。

 ただし、膨大な熱量を扱うのであまりに長時間だと本人の肉体が持たないらしいが。

 日々、魔力のやりくりを考えている俺からすればこちらもこちらで凄いと思う。


「っと、もう四時か。そろそろ出ましょ」


 時計を見た神南さんが、ハッとしたように告げた。

 いつの間にか、もうそんな時間になっていたのか。

 開放型のダンジョンは一見して屋外のようだが、昼夜の変化がないからなぁ。

 つい時間を忘れて狩りをしてしまうが、早く戻らないと那美に心配をかけてしまう。


「主の討伐は明日にしますか」

「ええ、それでいいと思う。ダンジョンの状態は安定してるから、そこまで緊急じゃないし」


 迷宮主の討伐を明日と決めて、ダンジョンの出口へと向かう俺と神南さん。

 こうして俺たちはカンパニーへと戻るのだった。


 ――〇●〇――


「凄いのですよ! 今日一日で、なんと五十万円を超えたのです!」


 俺たちが提出した魔石の鑑定を終えて、興奮気味に言う鏡花さん。

 おぉ、これまでの最高記録が出たな……!!

 二人で五十万円ということは、一人で二十五万円ってことか。

 一か月分の月収にも相当する金額を、たった一日で稼いでしまった。

 我ながら金銭感覚が狂ってしまいそうだが、一方で神南さんはどこかつまらなさそうだ。


「ま、カテゴリー2だとこんなもんか」

「いやいや、凄い金額じゃないですか! これが一か月続いたら、月収五百万超えますよ!」

「だって私、魔石だけで一日に二百万ぐらい稼いだことあるし」

「……マジですか?」


 俺はとっさに、神南さんではなく鏡花さんへと視線を走らせた。

 第三者の意見が欲しいと思ったためである。

 すると彼女は、苦笑しながら言う。


「そうですね、カテゴリー3の本格攻略とかならあり得るのですよ」

「す、すごい……」

「流石に、常にってわけではないけどね。でも、カテゴリー4に潜るS級なら多い日は一千万ぐらい行くかも」

「あー、S級ならそうですね」


 マジか、S級ってそういうレベルなのか……。

 ちょっと、くらくらしてきてしまった。

 俺もいつかそのぐらい稼げるように……いや、そんなに稼いだところで使い道が思いつかないな。

 貯金通帳の桁が増えるのを眺めるだけになりそうだ。


「……とりあえず、二人が頑張ってくれるおかげで会社にも余裕が出てきたのですよ」

「おぉ、それは良かったです!」

「あとはもう少し、人が戻ってきてくれるといいのですけど」


 事務所の中を見渡して、小さくため息をつく鏡花さん。

 そう言えば、いつも社長しかいないのに事務所には机がいくつか置かれていた。

 昔は何人か事務員さんがいて、全体の社員数ももっと多かったのだろうか?

 

「こればっかりは地道に増やすしかないんじゃない?」

「そうですねえ、ビラでも配るのですよ」

「あとは、動画配信でもしてみるとか? そういうの流行りだし」

「あ、それならもうやっているのですよ」


 そういうと、鏡花さんはタブレットを取り出して動画投稿サイトを開いた。

 検索エンジンの会社が運営している世界でも最大手のところだ。

 見れば『詩条チャンネル』というチャンネル名と共に社章が表示されている。

 うちのカンパニーも時代の流れに乗ってるんだなぁ。

 

「へえ……。って、登録者三十人?」

「む、馬鹿にしてますね! 三十人だって、なかなか大変なんですよ! 頑張ってるのです!」

「そうは言ったって、仮にもカンパニーの公式チャンネルなのよ? 少なすぎじゃない?」


 呆れるようにそういうと、動画をクリックしてさっそく中身を確認する神南さん。

 すると――。


『詩条カンパニー社歌、歌ってみた!』


 ワードアートのような文字が表示され、続いて動画の中の鏡花さんがノリノリで歌い始めた。

 もともとの曲を知らないので、その歌唱力については評価できないのだが……。

 間違いなく、言えることはある。


「こりゃだめだ」

「えええっ!?」


 俺と神南さんが揃って発した一言に、鏡花さんはたちまち凍り付くのだった。

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