閑話 裏切者の最後

【お知らせ】

今回の話で第一章は終わり、次回から第二章となります!

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―――――――――


「ご苦労様、よく帰ってこれました」


 コンクリート打ちっぱなしのひどく殺風景な部屋。

 調度品の類はほとんど置かれておらず、部屋の隅に申し訳程度に置かれた観葉植物が物悲しい。

 さらに照明は薄暗く、デスクに置かれたモニターの光だけが煌々と光っていた。


 ナイトゴーンズの追跡をかろうじて逃れた赤井は、ここで白衣を羽織った女と対面していた。

 黒髪を長く伸ばした女の顔は、作りが小さく日本人形のよう。

 ある種の完璧さすら感じる造形美を誇っていたが、そこに宿る光はどこか剣呑だ。


「所長のおかげでどうにか。ナイトゴーンズの連中がすぐに自宅へ来たので焦りましたよ」

「資料はすべて回収した?」

「もちろん。パソコンもタブレットも、物理的に破壊しときましたし」

「それは良かった。では、これが今回の分の報酬」


 デスクに手を入れると、金の延べ棒を取り出す女。

 現金が珍しくなったこの時代、履歴を残したくない取引は貴金属で行われることがほとんどだった。


「ヤマトからの謝礼、時価で五百万円相当よ」

「ありがとうございます!」

「これで高飛びでもすればいい。海外までは連中も追わないだろうから」


 そう言うと、女は話は終わったとばかりに椅子に座って作業を始めた。

 驚いた赤井は、慌てて彼女に詰め寄る。


「あの、ちょっと待ってください! 事が成功したら、俺を雇って匿ってくれるって話じゃありませんでしたか?」

「ええ、成功したらそうするって約束した。でも失敗したでしょう? 今回の合同討伐を失敗させるのが、私があなたに依頼した任務だったはずよ」

「実質的にあの討伐は失敗した! 俺の作戦は上手く行ったんだ!」


 声を張り上げ、反論する赤井。

 彼の言うことも、あながち間違いではなかった。

 大戦力を投入したにもかかわらず、カテゴリー2のダンジョン攻略で複数の犠牲を出してしまった。

 これは失敗と言っても過言ではなく、事実、責任者であった神南紗由はカンパニーを辞めている。

 しかし、女は全く聞く耳を持たない。


「迷宮主は倒され、ダンジョンは消滅した。何と言っても、この事実は変わらない。ナイトゴーンズ側も、犠牲が出たことは問題視しつつも高難易度ダンジョン攻略に向けて動き出してる」

「そんなのは表向きだ」

「表向きが重要なの。とにかく、今回の作戦であなたは期待通りの成果を上げられなかった。だから、約束していた報酬は支払われない。簡単な理屈でしょう?」


 子どもに言い聞かせるようにゆっくりとした口調で言う女。

 だが、赤井もはいはいと引き下がるわけにはいかない。

 再雇用の話が吹っ飛べば、彼は行く当てが全くなかった。

 もう討伐者に戻ることもできないし、他の仕事に就くことも絶望的だ。

 多少の金を手にしたところで、行き詰るのが目に見えている。


「お願いします! 俺が今まで、どれだけ所長に尽くしてきたか……!」

「その分の報酬はきちんと支払ったでしょう? それに、どこの病院にも見放されたあなたのお母さんの病気を治したのは誰だった?」

「……所長です」

「あの時の治療代、少なく見積もって数億はかかってるけど返せるの?」


 それを言われると、赤井もすぐには言い返せなかった。

 女は何も言えずに口ごもる彼に対して、淡々と言う。


「わかったら、さっさと部屋を出て。気が散る」

「……クッソォ!!」


 ここで赤井が、とうとう暴力に訴えた。

 彼は女の胸ぐらをつかむと、そのまま天井近くまで持ち上げてしまう。

 女性とはいえ、片腕で軽々と持ち上げるのは討伐者の身体能力の為せる業だった。

 

「最初からこうすれば良かったんだ。所長、このまま首を絞められたくなければ俺の要求を呑め」

「……めちゃくちゃね。そんな脅しに、私が従うと思う?」

「従わなければ、あんたが死ぬ」

「……いざとなれば、暴力に訴えればどうにかなる。これだから討伐者は嫌いなのよ」


 胸ぐらをつかまれ、高々と持ち上げられているというのに女の表情には余裕があった。

 ――こいつ、俺が本気じゃないと思っているな?

 とっさにそう感じた赤井は、いよいよ空いていた左手を女の首へと伸ばす。

 しかしその指先が、首筋に触れた瞬間――。


「あーあー、本気なんだ。それなら、私もやるしかないね」


 女がそうつぶやいた瞬間、その拳が赤井の腹に突き刺さった。

 内臓をえぐり取るような重い一撃。

 赤井は口から血を吐くと、たまらず女を掴んでいた手を放す。

 いくらイデアが非戦闘系とはいえ、討伐者の身体能力は常人をはるかに超える。

 それを一発で戦闘不能寸前にまで追いやる女の力は、明らかに常軌を逸していた。


「どう? その気になればいつでも殺せると見下してた女に、殺されそうになる気分は」

「あんた……討伐者だったのか……」

「野蛮人どもと一緒にしないで。私はあくまで普通の人間よ」

「どこが…………うぶぁっ!!」


 血を吐いて倒れている赤井の身体を、女は容赦なく蹴り上げた。

 たちまち壁に叩きつけられた彼は、もはや息をしているのがやっとの状態にまで追い込まれる。

 今の一撃で肋骨の一部が折れて、内臓が傷ついてしまった。


「ギリギリ死ななかったか。いいでしょう、赤井君。その粘り強さに免じて、あなたを特別に雇ってあげます。うちの特別試験体として」


 そう言うと、にこやかな笑みを浮かべる女。

 彼女はそのまま、虫の息の赤井を担いでどこかへ連れて行くのであった。

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