第三十二話 新入社員

「ま、まさか本当に神南さんが来るなんて! びっくりなのですよ!」


 翌日。

 さっそく事務所を訪れた神南さんを見て、鏡花さんは腰を抜かしそうなほど驚いた。

 打ち上げの場ではいろいろ言っていたが、本当にやってくるのは予想外だったらしい。

 まあ、俺もたまたまマンションで会わなければこうはならなかったしな。

 鏡花さんが驚くのも、当然と言えば当然だ。


「それで、どうでしょうか? 働かせていただけますか?」

「……ありがたいお話なのです。神南さんのような方がうちに入ってくれれば、心強いのですが……」

「ナイトゴーンズとの関係がネックですか」

「ええ……。うーん……」


 鏡花さんは軽く腕組みをすると、しばし考え込む。

 詩条カンパニーは万年人手不足で、のどから出るほど人材が欲しい。

 だが、ナイトゴーンズからの圧力もそう簡単に無視できるものではないのだろう。

 揺れる彼女の心情を表すように、その身体も左右に揺れた。

 するとここで、神南さんが言う。


「少し、話をさせてもらっていいですか?」

「いいですよ」

「……私は今まで、周囲に言われるがまま戦ってきました。そして、戦う意味を考えようともしませんでした。でも今は違います。自分がどうして戦うのか、自分なりに答えを見つけたいんです」


 とうとうと語る神南さん。

 その眼はどこか吹っ切れたように、迷いがなかった。


「天堂社長が私を雇わないようにと圧力をかけていることも知っています。ですがどうか、どうか……もう少し、私を討伐者でいさせてください。迷惑はかけません、必ずこの詩条カンパニーに貢献してみせます」


 それだけ言うと、すがるような眼で鏡花さんを見つめる神南さん。

 俺も彼女に続いて、深々と頭を下げた。

 詩条カンパニーに来ないかと誘ったのは俺だ、彼女が入れるようにする責任がある。

 鏡花さんからの心証が悪くなろうと、折れるわけにはいかない。

 そして――。


「……分かりました。採用するのですよ」

「ありがとうございます!」

「うちも人手不足で困っていたところですから。ただし、特別扱いはしないのでそのつもりで!」

「……そこは問題ありません。むしろ、しないでください」


 採用と言われて安心したのか、ほっと胸をなでおろす神南さん。

 彼女は俺の方を見ると、ニヤッとわざとらしい笑みを浮かべて言う。

 その瞳には、いつもの強気と自信が戻りつつあった。

 先ほどまでとはまるで別人だ。


「そう言うわけで、よろしく」

「ええ、こちらこそ」


 神南さんが差し出してきた手をゆっくり握り返す。

 何はともあれ、入社した以上は同じカンパニーの仲間だ。

 これからも仲良くしないといけないな……と思ったところで。

 神南さんが急に俺の耳元でささやく。


「そうそう、あなたの秘密は黙っておくから」

「えっ?」


 思わずドキッとしてしまう俺。

 それを見た神南さんは、してやったりとどこか楽しげな笑みを浮かべる。

 弱気な自分を見られたことへの意趣返しか何かのつもりだろうか?

 ったく、どこまでも素直じゃないというか何というか……。

 俺が呆れていると、何を勘違いしたのか鏡花さんがくすりと笑いながら言う。


「二人とも、仲が良さそうなのですよ。いっそ、チームを組むのはどうです?」

「チームですか? 俺が?」


 鏡花さんの申し出に、思わず変な声が出てしまった。

 研修が終わってからというもの、俺はずーっとソロで討伐者をやってきたのである。

 その方が魔法を隠すうえでも、何かと都合が良かったし。

 それを急にチームを組めなんて言われても……。


「桜坂君も入社して日にちが立ちますし、そろそろ管理ダンジョン以外へ入ってもいい頃かと。ですが、管理ダンジョン以外のダンジョンは基本的にソロだと危険なのですよ」

「で、私とペアを組ませようと?」

「はいなのです。研修担当の黒月さんは今泉さんとペアを組むことが多いですし、今いる社員さんは既にグループが出来ている場合が多いので」

「ああー……」


 新入りで今のところ溢れている俺は、同じく新入りの神南さんと組めということか。

 なるほど、鏡花さんの言い分も一理あるな……。

 けど、俺はやっぱりソロの方がなぁ……。


「管理ダンジョン以外って、入らないとダメですか?」

「いえ、ダメってわけではないのですが……」

「基本的に、新しいダンジョンじゃないとアーティファクトとか見つからないわよ? 討伐者で一番おいしいのはそこなのに」

「そうなのです。あと、新規ダンジョンの攻略はモンスター災害発生の抑止って面もありますので」


 あー、ダンジョンは早めに攻略するか管理下に置かないとモンスターが溢れるんだったな。

 また住宅街にドラゴン出現なんて起きたら洒落にならないし、仕方ないか……。

 神南さんには、すでにフェムドゥスと派手に戦うところを見られているしな。

 秘密を一つ隠すのも、二つ隠すのもそこまで違いはないか。

 基本的に秘密は守る人のようだしな。


「わかりました」

「私も異存ないわ」

「じゃあ、これから二人はペアなのです!」


 こうして、神南さんとペアを組むことになった俺。

 討伐者生活は新たなフェーズへと突入するのだった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る