第三十一話 戦う意味

「うわぁ……すご……!」


 神南さんとばったり遭遇した俺たち兄妹は、二人そろって彼女の家に呼ばれていた。

 まあ、女の子の部屋に俺だけ呼ぶってのも変だからそれも当然か。

 こうして案内された神南さんのお部屋は、なんとマンション最上階の角部屋。

 内装も俺たちの部屋よりグレードが高く、天井の間接照明が非常におしゃれだ。

 さらに広々としたリビングには大きなテーブルとソファが置かれていて、まさに成功者の家という感じがする。


「ブルジョワだぁ……」

「那美、よく目に焼き付けておくんだぞ。これが成功者の景色だ」

「……大袈裟ねえ。ここ、家賃80万ぐらいだからあなたでも借りられるでしょ?」

「80万!? いやいやいや、すごいですよ!!」

「そうだよ、それ去年までのうちの年収だよ!」


 二人して、神南さんの言葉を強く否定する俺たち兄妹。

 この豪邸が大したことないなんて、絶対に間違っているぞ……!

 面積はともかく、豪華さなら前世で見た貴族の家にも負けないぐらいだし。


「そこのお菓子、食べていいから」

「ありがとうございます!」

「にしても、まさか同じマンションなんて」

「俺の方こそびっくりしました。そう言えばここ、討伐者に人気ですもんね」


 ナイトゴーンズなどといった大手のカンパニーは、広い敷地が必要なため市の郊外にある。

 そして、郊外でそれなりに高級なマンションはごく限られていた。

 そのためこのマンションの高層階は、収入のある討伐者からは結構人気なのだ。


「……ま、私はすぐにここを出ることになるかもしれないけど」

「何かあったんですか?」

「聞いてない? 私がナイトゴーンズを辞めた件」


 そういうと、彼女はテーブルの上に乱雑に書類を広げた。

 いずれも、カンパニーに関するパンフレットや求人広告と言ったものである。

 

「もしかして、再就職が上手く行ってないんですか?」

「…………甘く見てた」


 そう小さく呟く神南さんの表情は、非常に深刻で切羽詰まっているようだった。

 ここを出ることになるかもしれないというのは、ここの家賃を払えなくなるということだろうか。

 いくら合同討伐失敗の責任があるとはいえ、この歳で無職は流石に厳しいな……。


「ま、自分で選んだことだから仕方ないけどね」

「討伐者、続けられそうですか?」

「わからない。最悪、貯金もあるし何とかなるわよ」


 そう言って笑顔を見せる神南さんだったが、その眼の奥は暗かった。

 強がったところで、将来への不安を全く隠し切れていない。

 他に道はあると言っても、やはり彼女にとって討伐者であることは重要なのだろう。

 ナイトゴーンズのエースだったのだ、青春の大半を訓練に明け暮れてきたことは想像に難くない。

 その暗さを那美も察したのか、俺の手を握ってささやく。


「ねえ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「神南さんを、お兄ちゃんのカンパニーに入れてあげられないの?」

「……うーん」


 那美の提案に、俺はたまらず渋い顔をした。

 詩条カンパニーはいま、ヤマト金属の嫌がらせによって人手不足に悩まされている。

 そこへ神南さんのような討伐者が加わってくれるなら、願ったり叶ったりだろう。

 しかし、ナイトゴーンズとの関係性がなぁ……。


「神南さんって、どうして討伐者になったんですか?」

「……なに、急に」

「いえ、少し気になって」


 神南さんの目を見て、真剣な顔をする俺。

 すると、ふざけているわけではないことが分かったのだろう。

 彼女はふうっと息を吐くと、真面目な顔をして語り出す。


「……そうなれって望まれたから」

「望まれた?」

「ええ。私ね、10歳の頃にイデアが発現したの。で、その頃からずーっと親に討伐者になれって言われてきた。私の両親はお金に苦労した人だったからさ、娘に稼いでほしかったんでしょうね」


 エリート中のエリートで、悩みなんてなさそうに見えた神南さんにそんな過去があったのか。

 重々しい口調で語る彼女に、俺は前世での出来事を思い出す。

 ヴェノリンドでは、まだ幼い子どもにめちゃくちゃな鍛錬を課す親などもいた。

 鍛え上げて、手っ取り早く冒険者として稼がせるためである。

 その大多数は耐えきれずに潰れたが、中には類まれな実力を身に着ける者もいた。

 恐らく神南さんは、後者の部類だったのだろう。

 けれど、そう言った類の強者たちは――。


「でも、その親も三年前に亡くなっちゃった。それからはお世話になった天堂社長のために働いて来たんだけど……。社長も人のことを駒としてしか見てないんだなって、最近分かって」

「…………」

「ま、討伐者の仕事自体は結構好きだったからいいんだけどさ」


 そういうと、神南さんは気分を切り替えるようにパンッと手を叩いた。

 彼女はキッチンへと向かうと、戸棚から大きな金属製の箱を取り出してくる。


「もらったお菓子があるから、これでも食べましょ。せっかくうちに来たんだし……」

「あの、神南さん」

「どうかした?」

「……詩条カンパニーに来ませんか?」


 俺の申し出に、神南さんの顔が固まった。

 さながら、時が止まったかのようだった。

 しかし彼女はすぐに再起動を果たすと、戸惑ったような顔をして言う。


「どうしてよ? 私を入れれば面倒なことになるわよ」

「このまま放っておけないって思って」

「なんで?」

「神南さんみたいなタイプの人は、何もしないと必ず壊れますから」


 前世で多くの人々と出会い、たどり着いた結論であった。

 神南さんのように、戦う意義を他者に依存していた人はその他者がいなくなると脆い。

 このまま放置しておけば、近いうちに抜け殻のようになってしまう。

 圧倒的な力を持ちながらも、腐ってしまった者を俺は前世でたくさん見てきた。

 だからこそ、神南さんにはそうなってほしくない。


「……詩条に入れば、マシになるの?」

「討伐者を続けながら、自分なりに戦う意味を見つけるんです。少なくとも、いまいきなり討伐者を辞めるよりはずっとマシなはずです」

「戦う意味、か」


 しばし考え込むような仕草をする神南さん。

 ここで、那美が意を決したように言う。


「……私たちを家に招いたのも、人に相談したかったからじゃないですか? この部屋を見てるとわかります、神南さんってそうそう家に人を呼ぶタイプじゃないですよね?」

「鋭いわね。あの兄にしてこの妹か」


 そういうと、神南さんはふうっと大きなため息をついた。

 やがて彼女は、囁くような声で言う。


「……わかったわ。詩条への紹介、お願いします」


 深々と頭を下げる神南さん。

 俺は彼女に対して、黙って手を差し出すのだった。


 

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