第三十話 新居

「ここは討伐者の方にも人気がある物件ですよ。セキュリティもしっかりしてます」


 約束の土曜日。

 俺は鏡花さんに紹介してもらった不動産屋さんと一緒に、マンションの内覧に来ていた。

 いま住んでいるアパートから車で十分ほどの場所にある二十階建ての物件である。

 いわゆるタワーマンションと呼ばれるタイプのマンションだ。

 外観はもちろんのこと、エントランスには御影石のタイルが敷き詰められていて風格がある。

 俺たち兄妹にとっては、ちょっと場違いなくらいだ。


「さあ、どうぞ!」


 不動産屋さんに案内されるまま、エレベーターへと乗り込む。

 そうしてたどり着いたのは、マンションの八階。

 高層階というほどでもないが、周囲に高い建物が無いのでなかなかに見晴らしがよかった。

 住宅街を一望するのはもちろんのこと、遠くに中心街のビルがうっすらと見える。


「こちらのお部屋です。中はもう掃除されていますよ」

「おおぉ……!! 広い!」

「凄いな、こりゃ」


 ドアを開くと、すぐに廊下の先にある広々としたリビングが目に飛び込んできた。

 この部屋だけで、これまで暮らしていたアパートよりもよっぽど広そうだ。

 十畳から十五畳ぐらいはありそうな感じである。

 広々とした大きな窓から日差しが降り注ぎ、何とも心地が良い。

 さらにリビングの隣には対面式の大きなキッチンが備えられていた。

 

「見て! このコンロ、三口もあるよ! しかもオール電化!」

「ほんとだ、うちの一口コンロとは大違いだな」

「シンクも大きいし、作業スペースもこれだけあれば何でも置けるね!」

「あー、今まではラックで作業してたもんな」


 もともと俺たちの暮らしていたアパートは、単身者向けの物件である。

 そのため自炊をあまり想定していなかったのか、キッチンは狭くまな板すらおけなかった。

 なので那美は、ラックを買ってそれを作業スペースとして利用していたのである。

 けれどこのキッチンならば、そんなことしなくても収納も作業スペースもたっぷりある。


「あとは……おお、ウォシュレットだ!」

「お兄ちゃん、このお風呂追い炊きがついてる!」


 家のあちこちを探検して、そのたびに喜びの声を上げる俺たち。

 何から何まで、これまでのアパートとは全く違う。

 まさか、俺たち兄妹がこんなマンションに住めるかもしれないなんて。

 数か月前どころか、一か月前には全く想像しなかったなぁ。

 本当に、前世の記憶さまさまだ。


「……いいお部屋ですね!」

「気に入って頂けて何よりです」

「あとはその……お家賃はおいくらで?」


 これだけの物件となると、やはり気になるのが家賃である。

 駅から徒歩十分ぐらいのマンションだし、築年数だってまだ新しい。

 相当にお値段が張るのではないだろうか?

 俺もそこそこ稼いではいるが、あんまり高いのは……。


「十五万円です」

「じゅ、十五!? 前の三倍以上!?」

「はい。ですが、このぐらいが相場ですよ。むしろ、タワータイプのマンションとしては割安です」


 俺がそこまで驚くと思っていなかったのか、不動産屋さんは少し戸惑ったようだった。

 十五万円が相場というのは、恐らく本当の話なのだろう。

 うーん、十五万、十五万か……。

 今の俺の収入からすれば、十分に払える金額ではある。

 けど、そんなに一気に生活水準を上げてしまっていいのか?

 一度上がってしまった生活水準は、なかなか下げられないって言うし……。

 何となく罪悪感があるんだよなぁ。


「桜坂さん、もしかしていいお部屋に住むことに抵抗感がありますか?」


 やがて俺の心情を悟ったように、不動産屋さんが切り出してきた。

 俺が軽く頷きを返すと、彼はそうですかと語り出す。


「うちにもたまに、収入が急に増えたからと良いお部屋を借りに来られる方はおられます。特に、アーティファクトを見つけた討伐者様などが多いですね。確かにそう言った方は、思うように稼げなくなった際に困ることが多いのですが……。桜坂様はきっと大丈夫ですよ」

「どうしてですか?」

「詩条社長のお話を聞く限り、桜坂様の収入はかなり多い方でしょう? それで二人暮らしと考えるとこのお部屋は十分身の丈に合っているかと。お金を使うことは決して悪いことではありませんよ」


 お金を使うのは悪いことではない、か。

 確かにその通りだな、ずーっと貯めっぱなしにしていても仕方がない。

 節約するのは大事だが、使うべき場面では使うべきだ。

 セキュリティのことを考えると、ある程度グレードの高いマンションの方が安心もできる。

 よし、ここは思い切って……!


「借ります。那美も、このお部屋でいいよな?」

「うん。ここなら高校も近いし、言うことないよ」

「では、会社に戻ったら正式に契約しましょう。よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ! ……ふぅ、緊張した」


 柄にもなく大きな契約を決めたので、少し緊張してしまった。

 月に十五万だと、年間で百八十万円になるんだもんなぁ……。

 十年で千八百万円と考えると、凄く大きな金額である。

 俺がほっと息をつくと、不動産屋さんが笑いながら言う。


「ははは、買うんじゃないんですからもう少し気楽に」

「すいません、根が小市民なもので」

「討伐者として活躍されていれば、きっとすぐになれると思いますけどね」

「いえいえ! しかし、いい部屋を借りたなぁ」


 ピカピカのフローリングを見て、改めて満足感に浸る。

 そうしていると、那美がギュッと俺の手を掴んだ。


「お兄ちゃん、ありがとう! こんないい家に住めるなんて思わなかったよ!」

「ああ、俺もだ」

「これからも二人で、もっともっと頑張ろうね!」

「そうだな!」


 こうして兄妹二人で決意を新たにしたところで、内覧を終えてマンションを後にしようとした。

 だがここで、俺たちの目の前に思わぬ人物が現れる。


「……桜坂君?」

「……神南さん?」


 どこかしょんぼりとした顔でエントランスに戻ってきた少女。

 それは紛れもなく、あの神南さんであった。

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