第二十九話 思わぬ過去
「あの神南さんが、ナイトゴーンズを辞めた……!?」
思わぬ鏡花さんの言葉に、騒然とする俺たち。
あれだけの騒動だったので、何かしらの責任は取らされるだろうと思っていたが……。
まさか、カンパニーを辞めさせられるところまで行くとは想定外だった。
「まぁ、今後につながる重要な合同討伐だったからな。無くはないのか……?」
「赤井の裏切りを予期できなかった責任もあるし、あり得ない話じゃない」
「いえ、どうもカンパニー側から辞めさせたのではなく本人の方が辞めると言った?」
鏡花さんも予想外だったのか、語尾が疑問形になってしまっていた。
ナイトゴーンズと言えば、日本でも有数の大手カンパニー。
そこらの中小企業を辞めるのとはわけが違う。
一体何がどうしてそうなったんだ?
皆が混乱する中、鏡花さんがさらに話を続ける。
「とにかく、辞める時に結構揉めたみたいですね。ナイトゴーンズの天堂社長名義で、神南さんが来ても雇わないでくれと」
「うわぁ……。圧力って奴ですか?」
「ええ。うちは零細過ぎてあまり繋がりもないので、ある意味関係ないですけど」
自虐するように笑う鏡花さん。
うちとナイトゴーンズとのつながりなんて前の合同討伐ぐらいだもんな。
ミスリルナイフを買い取ってもらった恩はあるが、逆に言えばそのぐらいしかなさそうだ。
ここで、神南さんのことを知らない那美が俺に尋ねてくる。
「……お兄ちゃん、その神南さんって誰?」
「この間、合同討伐ってのに参加しただろ? その時のリーダーだった人」
「へえ、どんな人なの?」
「この子よ」
話を聞いていた七夜さんが、そっとスマホを差し出してきた。
その画面には七夜さんと神南さんの二人が仲良く収められた写真が表示されている。
顔見知りっぽい雰囲気はあったけれど、この二人って一緒に写真を撮るような仲だったのか。
俺が二人の関係性に驚く一方で、那美は神南さんの姿を見て目を輝かせる。
「うわ、すっごい美人! 女優さんみたい!」
「中身は見た目と違ってキツイけどな」
「あれがいいって人もいる」
「そりゃそういう趣味の男だろ。俺はごめんだな」
「……あの、二人って何かあったんですか? この写真、ずいぶんと仲が良さそうな感じですけど」
俺がそういうと、七夜さんは何かを確認するように鏡花さんへと眼を向けた。
すると鏡花さんは笑いながら首を縦に振る。
「別に言っても構いませんよ。そのうち分かることですし」
「わかった。これは私が、
「炎鳳!?」
七夜さんの口から出た名前に、思わず声が大きくなった。
炎鳳と言えば、東日本に大きな拠点を持つ有力なカンパニーである。
規模ではナイトゴーンズなどに一歩劣るが、討伐者の質では上を行くともされる。
最強のカンパニーはどこかという議論には、必ず登場する超ビッグネームだ。
言われてみれば、七夜さんの実力は合同討伐に集まった面子でも目立っていたけれど……。
まさか、そんな俺でも知っているような有名どころに所属しているとは思わなかった。
「黒月さんって、すごいひとだったんですね……!」
「当然」
「でもどうして、ここへ来たんですか?」
「言いたくない」
気持ちがいいぐらい、きっぱりと俺の疑問を断ち切る七夜さん。
こう言われてしまっては、こちらとしては取り付く島もない。
経緯は非常に気になるけれど、そういうものとして受け入れるしかないなぁ。
まあ、どんな過去があろうと七夜さんは七夜さんだし。
「ひょっとしたら、神南もうちに来るかもなぁ」
「あり得る」
「あはは、ないのですよ。うちみたいな零細に来る理由がないのです」
そう言って笑う鏡花さん。
一方、七夜さんはじぃっと俺の顔を見つめてくる。
「神南さんは、たぶん新人君に興味を持ってるから」
「俺にですか?」
「ええ」
七夜さんは妙に自信ありげな顔をした。
……まさか、俺が魔法を連打して迷宮主と戦うのを見ていたのか?
でもあの時、七夜さんは間違いなく意識を失っていたはずだ。
それならどうしてこんなことを……。
俺が内心で動揺していると、那美があっけらかんとした様子で尋ねる。
「どうして、お兄ちゃんに興味を?」
「最後まで前線に残ったから。あの子はそういうタイプが好き」
「なんだ、そういう理由ですか……」
「ん? 他に何か思い当たることでもあるの?」
「な、何でもないです!!」
いけないいけない、藪蛇をつつくところだった。
迷宮主との戦闘があったため、半ばうやむやになってはいるが……。
七夜さんもまた、俺が複数の能力を使えることを知っている。
下手なことを言うと、迷宮主を俺が倒したという事実にたどり着きかねない。
「それより、えーっと……。そうだ、お金が入ったので家を借りようと思うんですけどいい不動産屋さんを知りませんか?」
「不動産屋さんですか?」
「はい、社長なら顔も広いかなって」
流れを切り替えようと、無理やりひねり出したにしては自然な話題だった。
話を振られた鏡花さんは、顎先に指を当てて少し考え込む。
「そういうことなら、ちょうど知り合いにいるのですよ」
「本当ですか?」
「ええ、さっそく連絡してみますね」
そういうと、すぐさまスマホを取り出してメールを送り始める鏡花さん。
こういう動きの速さは、まさしくできる経営者と言った感じである。
そして彼女はあっという間に不動産屋さんとのアポを取ってしまう。
「今度の土曜日に時間が取れるそうです。空いてますか?」
「俺は問題ないですね。那美は?」
「私も空いてるよ」
「じゃあそれで、約束しちゃいますね!」
こうして今週の土曜日、俺と那美は家の内覧に行くことが決まったのだった。
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