第二十七話 祝宴

「うわ……凄いとこですね!」


 鏡花さんの予約してくれた打ち上げ会場。

 そこはビルの上層階にある高級焼肉店だった。

 展望台さながらの大きな窓からは、中心街の夜景を一望することができる。

 ……こんな超高級店を訪れるのは、前世で貴族たちと会食をした時以来だろうか。

 ついつい、場違いではないかと周囲の様子を伺ってしまう。

 

「ほんとにここで、打ち上げやるんですか?」

「ええ、そうですよ」

「いいんですか? 社長の奢りって言ってましたけど……」


 今日の打ち上げに参加するのは、鏡花さん自身を含めて計六名。

 店の雰囲気からすると、一人三万ぐらいしてもおかしくないから……十八万ってことか?

 うっそだろ、一回の食事で会社員の月給が消える計算だぞ!?

 それをニコニコ笑いながらやってのけるなんて、流石は社長さんだ。


「なかなかいい店じゃねえか」

「わわわ……!! 超高そうなお店だ……!」


 店員さんに席まで案内してもらおうとしたところで、遅れてきた樹さんと那美が合流した。

 樹さんは普段と変わらない様子だが、那美の方は緊張でガチガチになってしまっている。

 前世での経験がある俺と違って、那美は本当にこういう場所が初めてだもんなぁ……。


「今泉さんと……あなたは那美ちゃんですか?」

「おう、ビルの入り口で会ってな。どの店か探してたから、連れてきた」

「天人の妹の那美です! 兄がお世話になっております!」

「こちらこそ、天人君のおかげで助かっているのです」


 にこやかな笑みを浮かべながら、丁寧な挨拶をする鏡花さん。

 一方の那美は、緊張した様子で鏡花さんに頭を下げるとすぐに俺へと近づいてくる。

 そして周囲を見ながら困惑したように耳打ちをしてきた。


「どうしよう、お兄ちゃん! こんな高級店だと思わなくて、いつもの服を着てきちゃった!」

「え? 別にいいんじゃないか?」


 いつもの服と言っても、別にジャージを着てきたわけではない。

 青いワンピースは良く似合っていて、おかしな点など特になかった。

 しかし、那美はブンブンと頭を振ってそうじゃないという。


「ほら、こういうお店ってドレスコードとかあるんじゃないの!?」

「ああ、そっか」

「大丈夫、このお店はそう言うの無いから」


 慣れた様子で告げる七夜さん。

 それを知っているということは、前にもこのお店に来たことがあるってことだろうか?

 流石は詩条カンパニーでも筆頭クラスの討伐者、稼ぎが全然違うんだなぁ。

 そんなことを考えているうちに、俺たちは店員さんに案内されて予約していた席へと移動する。

 そこはちょうど窓際で、景色を見ることのできる特等席だった。


「ではどうぞ、ごゆっくり」


 こうして席に着くと、さっそく鏡花さんがさっそくメニュー表を回してくれた。

 どうやら、俺に注文の主導権を回してくれるつもりのようだ。

 そういうことなら、一体何を頼もうか?

 ワクワクしながら目を走らせると、すぐに値段に愕然とする。


「うお……!?」

「どうしたの、お兄ちゃん」

「五千円する特上カルビがある……!!」


 盛り合わせではない、特上カルビ単品で五千円である。

 もしかして五人前とかなのではと思うが、そんなこともない。

 正真正銘、特上カルビが一人前で五千円だ。

 おいおい、この間までの俺たち兄弟の食費一週間分だぞ……!

 他にも、三千円を超えるようなメニューがずらりと並んでいる。


「……とりあえず、カルビ5人前とタン塩五人前頼みますか」

「む、わかってないのですよ」

「え?」


 そう言うと、鏡花さんは俺の手からメニュー表を持ち去ってしまった。

 そして店員さんを呼ぶと、こう注文する。


「特上カルビ五人前と特上タン塩五人前、お願いします!」

「え、ちょ、ちょっと!?」


 俺が止める間もなく、店員さんは歩いて行ってしまった。

 ここで鏡花さんが、何やらしたり顔で言う。


「天人君が本当に頼みたかったのは特上ですよね。でも遠慮して、普通のにしてしまった」

「ええ、まあ……」

「それは良くないのです。贅沢するときはきちんと贅沢する、それが普段節制するコツなのですよ。今日は頑張った天人君へのご褒美も兼ねているので、なおさら遠慮はいらないのです」


 腕組みをしながら、満足げにうんうんと頷く鏡花さん。

 そう言えば、鏡花さんって社長なのに会社でのり弁を食べていたりするもんなぁ。

 普段節約している人が言うと、なかなかに説得力のある言葉だ。

 ……今日ぐらいは、お言葉に甘えて遠慮なく食べさせてもらうか。

 こんな機会、この先あるかどうかもわからないしな!


「特上カルビ五人前と特上タン塩五人前です!」


 ちょうどいいタイミングで、お肉が届いた。

 俺はさっそく、箸でタン塩を二枚掴む。


「ふふふ……。那美、お兄ちゃんはこれから禁忌を冒すぞ……!」

「ええっ?」

「禁断のタン塩二枚重ねだ!!」


 俺は二枚のタン塩をロースターで軽く炙ると、そのまま口へ運んだ。

 うおお、これが真の贅沢というやつか……!!

 口いっぱいに広がるジューシーな肉汁。

 そして、タン特有の歯切れのよい触感。

 うめえ、こんなうまいもの食べたことねえ……!!

 あまりのおいしさに、俺はしばらく眼を閉じて味を堪能するのに没頭した。

 すると――。


「お兄ちゃん、私はさらなる領域へ行くよ……!」

「なに、まさか……!!」

「タン塩三枚重ね!」


 我が妹ながら、何と言う挑戦的なことを……!?

 一枚五百円はするタン塩を、三枚重ねて喰らうだと……!!

 あまりの暴挙に俺が驚いていると、那美は大きな口でパクっと食べてしまう。


「んんんん~~~~!!!!」


 目を閉じて、心底幸せそうな顔をする那美。

 見ているこちらまで、どこかいい気分になってくる。

 

「ふふふ、遠慮はいらないのですよ。追加注文しますか?」


 こうしてお肉がだいぶ減ってきたところで、追加注文を促す鏡花さん。

 俺たちが何にしようか迷っていると、ここで樹さんが言う。


「……じゃあ、そろそろ俺たちは酒を貰おうかな」

「ん、私はビール」

「黒月さん、あんまり飲み過ぎないでくださいよ」

「平気、私は強いから」


 こうして、酒盛りを始めた大人たち。

 どこの世界でも、みんなお酒は好きなんだなぁ……。

 楽しげに杯を交わす姿が、前世の冒険者たちと少し被って見えた。

 俺もあともう二年生まれるのが早ければ、参加できたんだけど。

 キンキンに冷えたビール、めちゃくちゃうまそうだ。


「んん? こんな時間に誰でしょう?」


 ここで急に、鏡花さんの胸ポケットから着信音が聞こえてきた。

 彼女はすぐにスマホを取り出すと、画面をフリックしてすぐに顔をこわばらせる。


「え、ええ……!?」

「どうしたんですか?」

「神南さんが、ナイトゴーンズを辞めたそうです……!」


 え、ええ!?

 思いもよらぬ展開に、俺は思わず吹き出しそうになってしまうのだった。

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