第二十六話 病院にて
「二人とも、お元気そうで何よりです」
合同討伐から数日後、俺は鏡花さんと一緒に市の郊外にある病院を訪れていた。
七夜さんと樹さんのお見舞いのためである。
二人とも俺がすぐに治癒魔法を掛けたのだが、念のため検査入院していたのだ。
「身体には特に異常がないらしい。もう一日だけ様子を見て、明日退院だそうだ」
「良かった……。どんな毒物を使ったのか、分かりませんでしたからね」
「ったく、赤井もとんでもないことしてくれたもんだぜ」
はぁっと大きなため息をつく樹さん。
二人が倒れた原因は、赤井から貰った唐揚げに毒が入っていたのだろうと推測されていた。
ダンジョンに入ってから、二人が共通して口にしたものはそれだけだったのである。
物的証拠は残念ながら見つかっていないが、赤井が合同討伐後に行方をくらませたのでほぼ確実だ。
思えば赤井のやつ、俺がから揚げを食べないと言った時に変な顔してたもんなぁ……。
「どうも赤井君、ダンジョンの事前調査のデータも改竄していたようなのです。どうやら、迷宮主の推定脅威度を大幅に下げていたようで」
「つーことは、実際にはあのダンジョンはもっとカテゴリーが上だったってことか?」
「消滅したので断言はできませんが、カテゴリー3はあったでしょうね」
「……それはひどい」
眉間に皺をよせ、渋い顔をする七夜さん。
彼女がここまで顔を曇らせることはなかなか珍しかった。
その瞳の奥には、静かに怒りが燃えているようだ。
「カテゴリーの偽装って、そんなにヤバいんですか?」
「2と3では全く違う。特に今回みたいに、迷宮主の強さに特化してるパターンは危険」
「3になると厄介な能力持ちの主が出現するようになるのです。一段階ですけど、違いはすごく大きいのですよ」
うわぁ……それを偽装するなんて、相当の悪意がなければできないな。
赤井のやつ、どうしてそんなことまで……。
鏡花さんたちもそのことを疑問に思ったのか、俺の方を見て尋ねてくる。
「桜坂君、赤井君について何か詳しいことは知りませんか? 同級生だったんですよね?」
「……そうなんですけど、別にそこまで仲が良かったとかは無くて。その、討伐者と一般生徒で結構距離があったって言うか」
「あー、まあそうなりがちだわなぁ」
納得したようにうんうんと頷く樹さん。
七夜さんもそれに同調して、なるほどと小さく呟く。
やはり、討伐者と一般人の間の溝というのはよくあることらしい。
特に高校生なんて、些細な違いでいじめが起きたりしがちだしな……。
「小さなことでもいいので、何かなかったりしないのです?」
「どうして、そんなに動機が気になるんだ? どうせ、ヤマトがあいつを雇ったんだろ?」
「ヤマトも関わってはいると思うのですが、それだけだと説明がつかないのですよ」
「というと?」
「これだけのことをすれば、討伐者としては生きていけなくなります。ですが、ヤマトが嫌がらせのためにそれだけの謝礼を出すとはとても」
討伐者を続けていれば、年収一千万円は堅い。
うまくやればもっともっと稼ぐこともできるだろう。
まして、赤井は大手カンパニーであるナイトゴーンズに所属していた。
生涯年収で考えれば、十億近くになるかもしれない。
それだけの将来性を棒に振るのに十分な謝礼となれば、かなりの額だろう。
たかだか嫌がらせのために出す金額としては、あまりにも多い。
「そうなると、ヤマトの他に黒幕がいるってことか?」
「その可能性は高いですね」
「いずれにしても、いつか必ずぶっ飛ばす。千倍パンチ」
ベッドの上で、シャドーボクシングのような動きをする七夜さん。
冷静な彼女には似つかわしくない、感情むき出しの行動である。
危うく殺されかけた身としては、そりゃ赤井に対して腹が立つわなぁ。
俺だって、一刻も早く赤井を見つけ出して一発ぶちかましてやりたいところだし。
知り合いの立場を利用して近づいてきたうえで、裏切るなんて。
どんな事情があるかは知らないが、ほんとに勘弁してほしい。
「……ああ、そうです! ミスリルナイフの代金が無事に振り込まれたのですよ」
ここで、重くなってしまった空気を入れ換えるように鏡花さんが告げた。
おお、まだ一週間も経ってないのにもうお金を振り込んでくれたのか!
流石は日本有数の大手カンパニー。
神南さんの口添えがあったとはいえ、バラバラに砕けたナイフをあっさり補償してこんなに早く振り込んでくれるとは。
お金ってあるところにはたくさんあるんだなぁ。
「やったじゃねえか。これで、一千万は入ったのか?」
「ええ。ちょうど一千万円で買い取ってもらえたのですよ。うち、カンパニーの取り分が三百万円なので桜坂君の手取りは七百万円ですね」
「七百万……!!」
あまりに大きな金額に、俺はめまいがしそうになった。
人生を変えるには十分な金額である。
いったい何に使おう……?
引っ越し資金に使うのは決定として、残りは全て貯金でいいだろうか。
でも、こんな大金を手にすることなどめったにないだろうし。
どうせなら、普段使わないものに使ってみるのもありな気がするな……!
せっかくならと、あれこれ夢が膨らんでいく。
「……幸せそう」
「七百万円ですからね、七百万円!」
「……うちの会社も、これで少し余剰資金が出来たのですよ。そうだ、せっかくですし二人が退院したらみんなで美味しいものでも食べに行きませんか?」
「お、いいねえ! 是非いこう!」
「皆さんがんばったので、今回は特別に会社の奢りなのですよ」
ニコッと笑う鏡花さん。
あー、でも俺だけおいしいものを食べに行くのは那美に少し申し訳ないな。
けど、ここで打ち上げの話を断るのもなんか違う気がするし……。
俺が少し困った顔をすると、七夜さんが不思議そうに尋ねてくる。
「どうかしたの?」
「いや、俺だけ美味いものを食べるのも那美に申し訳ないなって」
「妹さんでしたっけ? それなら、連れてきてもいいのです!」
「おぉ、流石は鏡花社長! ありがとうございます!」
「ふふふ、いいお店を予約するので期待するのです!」
グッと親指を上げる鏡花さん。
それから数日後、俺たちは打ち上げと快気祝いを兼ねた宴会を開くのだった――。
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