第二十五話 消える悪夢

「……ふぅ、片付いたな」


 フェムドゥスだった「何か」を見下ろしながら、つぶやく。

 ――光属性の最上級魔法ホーリークロス。

 外気法によってさらに威力が底上げされたそれは、一撃でフェムドゥスの身体を吹き飛ばした。

 もともと、爵位持ちの吸血鬼でも仕留められる魔法である。

 耐久力に劣るフェムドゥスでは、ひとたまりもなかったらしい。

 というか、もうちょっと弱くても行けたなたぶん。

 まぁ、ミスリルのナイフをぶっ壊すというサブテーマがあったのでいいのだけど。


「あとは……」


 フェムドゥスも片付いたところで、俺はすぐに倒れていた樹さんと七夜さんの元へと戻った。

 そして彼らの口元に耳を寄せて呼吸音を確認する。

 ……意識はまだないが、とりあえず容体は安定しているようだな。

 俺はすぐさま彼らの胸に手を当てると、治癒魔法を使う。

 柔らかな光が二人の身体を包み込み、苦しげだった表情がいくらか穏やかになった。


「これで一安心かな」

「すごい……」


 俺の背中を見ながら、神南さんが惚けたように呟いた。

 フェムドゥスを一撃で吹き飛ばしたのは、相当に衝撃的な光景だったらしい。

 しかし、流石はリーダーを任されただけのことはあるというべきか。

 彼女は大きく息を吸い込むと、いくらか落ち着きを取り戻す。


「えっと、桜坂君だったわよね?」

「はい、そうです」

「……まずはありがとう。あなたがいなかったら、間違いなく殺されてた」


 そう言うと、神南さんは深々と頭を下げた。

 ……素直じゃない人だと思ってたけど、こういうところはしっかりしてるんだな。

 俺は神南さんの人物像について、少しだけ考えを変える。


「あとでお礼はきちんとさせてもらうから。それはそれとして……」

「俺の能力についてですよね」

「ええ、はっきり言って異常よ。あれは何?」


 しおれたような様子から一変して、普段の気の強さを垣間見せる神南さん。

 あー、まあこうなるのも当然だわな。

 俺も気分が乗って、ちょっと景気良く魔法を使いすぎたし。

 ぐいぐい詰め寄ってくる神南さんに圧を感じつつも、気持ちは理解できるだけになかなか強く拒絶することもできない。

 もしこれが逆の立場だったら、俺も絶対に知りたいと思うしなぁ。

 前世で賢者と呼ばれていた頃なら、多少強引なことをしてでも聞き出そうとしたかもしれない。


「企業秘密ってわけにはいきませんか?」

「討伐者がイデアを開示しないのは、まぁよくあることだけど……」

「そうだ。なら、俺のことを調べないのがお礼ってことでどうです?」

「……そう言われると、私の立場じゃ何も言えないじゃない!」


 思いっきり嫌そうな顔をしつつも、神南さんはゆっくりと引き下がっていった。

 目下の危機は回避したってことだろうか。

 何だかんだ、礼儀を把握している人で良かったよ。


「どうしても、その能力を隠したいってことは分かった。ただそうなると、上にどうやって迷宮主を倒したって説明すればいいのか……」

「神南さんが倒したってことにはできませんか?」

「……できるけど、いいの? 人型の迷宮主を討伐したとなれば、かなりの名声が得られるわよ」

「あんまりそう言うのは興味ないので」


 名声を得るのが悪いことだとはもちろん思わない。

 けれど、同時に有名税という言葉もある。

 前世の俺も、賢者として名を馳せたせいで苦労したことは多かったからな。

 見ず知らずの人間が親戚を名乗って金を借りに来たり、勝手に俺の名前を使った粗悪な魔法薬が大々的に売り出されたり……。

 特に隠し事の無い前世でもこれだったのだから、秘密のある現世で有名になるのはあまりにもリスクが高すぎる。


「……討伐者には珍しいタイプね」

「そうですか? 目立ちたくないって人は結構いると思いますけど」

「討伐者に必須のイデアは、人間の願望が具現化した能力って言われてる。具現化するほど強い願望を持ってる人間なんて、だいたい我が強くて目立ちたがり屋なのよ」


 言われてみれば、討伐者って個性的な人が多いような気がするな……。

 目の前にいる神南さんなんて、まさに「我が強くて目立ちたがり屋」に該当しそうだし。

 七夜先輩とかも、口数が少ないだけで割と頑固なところがある。

 あくまで仮説にすぎないのだろうけど、何となく説得力のある話だ。

 

「……とにかく、俺は平穏に暮らしたいんですよ。このご時世、変な力があるってわかったら面倒になるのは目に見えてるので」

「わかった。助けられた恩もあるし、隠蔽に協力するわ」

「助かります!」


 そう言って頭を下げたところで、洞窟の壁や床がにわかに淡い光を帯び始めた。

 突然のことに、俺はすぐさま身構えてしまう。


「なんだ……!? まさか、また何かが来る……!?」

「違うわ。もしかして、ダンジョンを攻略するのは初めて?」

「ええ、まあ。これまで管理ダンジョンに潜っていたので」


 管理ダンジョンというのは、意図的に攻略せずに人間が管理下に置いているダンジョンである。

 基本的にそこしか行ったことのない俺は、ダンジョンの攻略に立ち会うのはこれが初めてだった。

 攻略されたダンジョンは消滅すると聞いていたが、これがそうなのか……!

 壁や床が光の粒子へと還っていく様は、神々しいと同時に少し恐ろしくもある。

 神南さんは特に何も感じていないようだが、俺たちの周囲では膨大な魔力が唸っていた。

 どうやら、ダンジョンを構成していた物質が魔力へと還元されているようだ。


「そろそろ来るわね」

「来る?」


 問い返した瞬間、視界が強烈な光に呑まれた。

 そして、ダンジョンに入った時のような独特の浮遊感が襲ってくる。

 それが一瞬にして収まると、遥か青空が見えた。


「……ここは、さっきの基地?」

「何とか、戻ってこれたわね」


 こうして俺たちの合同討伐は、無事とは言い難いがどうにか終わったのだった。

 

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