第十八話 一つのイデア
――アンダズ鉱山。
俺が前世で暮らしていた異世界ヴェノリンドでも、かなり悪名高い狩場である。
もともとは良質な鉄山だったのだが、大規模な崩落事故が起きて閉山となり、俺が生きていた時代には死霊系モンスターの巣窟となっていた。
かつての鉱山労働者の死体が、長らく放置された結果モンスターとなってしまったという訳である。
死霊系モンスターにはあまり旨味が無いため、このような場所は封印されるのが普通だが……。
厄介なことに、ここは街から近かったため定期的に冒険者が駆り出されては間引きが行われていた。
俺もそれに参加させられたことがあったため、ここのことを覚えていたというわけだ。
「どうかしたのか?」
「いえ……気味悪い場所だなと思って」
かつての嫌な記憶を思い出し、つい表情に出してしまった俺。
それを心配した樹さんが声をかけてくるが、俺は平気だと首を横に振る。
いくらヴェノリンドと似ていても、ここはあくまでダンジョン。
出てくるモンスターの種別は恐らく違ったものとなっているだろう。
できれば死霊系は避けてほしいんだよな……臭いがしんどいから。
閉鎖空間で腐臭を漂わせるのは、もはや嗅覚への攻撃に等しい。
すると現れたのは……。
「コウモリ?」
現れたのは、血に濡れたような真っ赤なコウモリの群れであった。
たちまち、先頭を歩いていた神南さんが警戒を促す。
「気を付けて! こいつら、口から血みたいなの吐いてくるから!」
「キァッ!!」
いきなり、コウモリたちの口からどす黒い液体が放たれた。
――まずいな、毒液か!
討伐者たちはとっさにそれを回避するが、最初から面倒な奴が出てきたものだ。
コウモリ系のモンスターは、当たれば一撃で仕留められるが回避力が高いんだよな。
こういうのは広範囲魔法でどうにかするのがセオリーだけど……。
「俺に任せな!
そう思っていた傍から討伐者の一人がイデアを発動した。
洞窟の中だというのに、どこからともなく風が吹き雨が降り始める。
雨粒の当たったコウモリたちは、たちまち動きが鈍くなった。
そのよろよろとした機敏さの欠片もない動きは、もはや的と大して変わらない。
「はぁっ!
「
次々とイデアを発動し、攻撃を仕掛けていく討伐者たち。
あの人は全身から針を発射する能力で、あの人は光の矢を撃ちまくる能力か?
多くの討伐者が集っているだけあって、その戦い方は実に多種多様。
イデアを見ているだけでも全く飽きが来ないな。
この分なら、今回の合同討伐も意外に楽しくやれるかもしれない。
「……さて、俺もやりますか」
おまけ程度とはいえ、俺も戦闘要員としてここに連れてこられたのである。
このままだ待って見守っているというわけにもいくまい。
ここはひとつ、赤井たちもいることだしほどほどにできるところを見せるとしますか。
「弾けろ! ライトニング!」
指先から放たれた雷が、たちまち雨の中を拡散した。
蜘蛛の糸のように広がった稲光は、たちまちコウモリたちを焼き尽くす。
雷の下級魔法ライトニング。
威力は控えめだが、とにかく広範囲なのが売りの魔法である。
まして、雨が降っている状況ならばその効果は倍増。
コウモリの群れぐらいなら、一発で壊滅させることなど造作もなかった。
「お、おぉ?」
「すげえな! あれだけの数が一気にいなくなっちまった!」
コウモリを一掃すると、自然と皆の注目がこちらに集まった。
やはり、ヴェノリンドでは下級魔法でも地球だと結構な威力なのだろうか?
詩条カンパニーへの期待値が低いのもあるのだろうが、周囲の反応は思った以上に良かった。
「思ったよりやるじゃねえか、流石は期待の新人君!」
「ははは、どうもです」
「どんどん我が詩条カンパニーの名を上げてくれよ!」
何ともフレンドリーな様子で俺の背中をパンパンと叩く樹さん。
なかなか、調子のいい人のようである。
しかし、俺も褒められて特に悪い気はしなかった。
よし、次も頑張りますか!
そう思ったところで、第二陣がやってくる。
「こいつらは……アリか?」
「とんでもない数ですねえ」
コウモリに代って姿を現したのは、巨大なアリの群れだった。
遠目だが、子どもぐらいの大きさはあるだろうか?
それらが群れを成し、洞窟の地面を埋め尽くしながら接近してくる。
よしよし、おあつらえ向きに手ごろなのが来たな。
「この数だと、止めきれないわね。前衛が出て! いったん受け止めた上で排除するわ!」
「大丈夫です! 俺が壁を作ります!」
俺はすぐさま、魔力を込めた掌を地面に叩きつけた。
瞬間、魔力が洞窟の地面に広がって馴染む。
よしよし、ダンジョンだけあってなかなかいい具合だぞ。
「ストーンスピア!」
たちまち、洞窟の地面が隆起して無数の槍が出現した。
アリの群れに向かって突き出したそれは、さながら槍衾のようである。
たちまち群れの進行が止まり、討伐者たちから歓声が上がる。
「すげえ!!」
「ほう! 大したイデアだ!」
「いや、アーティファクトじゃないか? さっき雷のイデア使ってたし」
「とにかく今は攻撃だ! 散雷火!!」
討伐者たちの攻撃が始まり、見る見るうちにアリの数が減り始めた。
こうして戦線にある程度余裕が出てきたところで、七夜さんがスッと距離を詰めてくる。
「……あなたのイデア、どうなってるの?」
「え? どういうことですか?」
「前に使ったのも入れて、三種類も使ってる。普通、イデアは一つだけ」
……マジか。
けど、今までそんなことは誰も言わなかったような……?
いや、当たり前すぎて敢えて言わなかっただけか?
思い返してみれば、俺もイデアは一種類って前提で話していたような気がするし。
「そ、そうなんですか?」
「イデアはその人間の願望を具現化したものと言われている。複数あるのは見たことない」
「俺、めっちゃ願望強かったんですね。たぶん」
「……明らかに普通じゃない。イデアが複数あるなんて、すごすぎ」
表情にこそ出していないが、明らかに距離感が近くなっている七夜さん。
実際は複数どころじゃなくて、数えきれないぐらいあるんだけど……。
それを言ったら、驚くを通り越して倒れちゃいそうだな。
……うん、ちょっと今回は魔法の種類を控えた方がいいかもしれない。
そう思ったところで、神南さんが号令をかける。
詮索されないうちに会話を打ち切ることのできる、俺に取っては絶妙なタイミングだった。
「だいたい片付いたわね! 進行を再開するわ!」
こうして俺たちは、洞窟の奥を目指して歩みを進めるのだった。
その先に待ち受ける者が何なのかも知らずに――。
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