第十七話 ダンジョンぶち抜き作戦
「……時間ね。今回のリーダーを任されたナイトゴーンズの神南よ。本当は黒岩さんがやる予定だったけど、別件があって私がやることになったわ。若輩で申し訳ないけれど、今回はよろしく」
時刻は九時ちょうど。
その場に集った数十人の討伐者たちに向かって、神南さんが朗々と話し始めた。
大手のカンパニー所属だけあって、リーダーを務めるような機会も多かったのだろうか?
先ほどまでの子どもっぽさは鳴りを潜め、かなり場慣れした雰囲気だ。
討伐者たちの側も、彼女のことは承知しているらしく特に反発は見られない。
ナイトゴーンズのエースというのも、まんざら嘘ではないようだ。
「まずは、今分かっている初ヶ瀬ダンジョンの情報からよ。このダンジョンは閉鎖型で、空間の大部分が洞窟か坑道のようになっているわ。それぞれの通路は複雑に入り組んでいて、万が一、道に迷うと帰還するのはかなり難しいわね」
閉鎖型のダンジョンというのは、その名の通り大部分が閉鎖空間となっているダンジョンである。
具体的には洞窟や地下通路、あるいは古びた建築物の中といったものになる。
それに対して、桜町や蕨山などは開放型のダンジョンと呼ばれるらしい。
一般に閉鎖型は構造が複雑で心理的な圧迫感などもあることから難易度が高いとされている。
今回のダンジョンもその例にもれず、かなり面倒そうだな……。
「相当複雑そうなダンジョンだが、主の場所は既に推定されてるのか?」
「ええ。これを見て」
そういうと、神南さんは背後に置かれていたディスプレイを操作した。
すぐにレーザーで描いたようなダンジョンの立体マップが表示される。
……うわ、何だかアリの巣みたいだな。
偵察用ドローンで作成されたのであろうそれは、皆の予想よりもさらに複雑だった。
長旅になりそうだと察した討伐者たちの顔が、露骨に曇って行く。
そんな彼らの表情をよそに、神南さんは指でマップ下にある空白を示した。
「事前調査の結果、倒すべき迷宮主はこの大空間にいると推定されるわ。ゲートで繋がっているポイントからここまで、道なりに進むとおよそ二十キロ程度の距離があるわね」
二十キロという距離を聞いて、さらにざわめく討伐者たち。
単に道を二十キロ歩くだけなら、子どもでも時間を掛ければできることである。
しかし、モンスターが襲ってくる薄暗いダンジョン内を二十キロとなると話は違ってくる。
日帰りするつもりで出てきたけど、これはだいぶ時間がかかりそうだな。
基本的にダンジョンの攻略は迷宮主の討伐を持って完了とするが、今回は距離が敵になりそうだ。
「モンスターを倒しながら進むと、二日か三日はかかるぞ」
「もっとかかるんじゃないか? 途中で休憩できるポイントもなさそうだ」
「この戦力ならモンスターは問題ないだろうが……」
口々に懸念点を漏らす討伐者たち。
七夜さんや樹さんもまた、立体マップを見て渋い顔をしている。
二十キロも洞窟内を進むようなダンジョン、なかなかないんだろうな。
前世の俺ならこういう場合、途中に転移魔法陣を設置したものだが……。
流石に転移魔法が使えるなんて言えるはずもない。
どうしたものかと思っていると、神南さんがパンッと手を叩いて場を仕切り直す。
「そこで! 今回はショートカットルートを使うわ!」
「ショートカット?」
「そう! ここを見て、洞窟の通路が大きく湾曲して深部の地下空間に迫っているの。ここに穴を空ければ、門からの深部までの移動距離は三キロに満たないわ」
彼女の言う通り、洞窟の通路が大きく落ち窪んでいるポイントがあった。
マップ上では、地下空間の天井と洞窟の床が今にも触れそうに見える。
だがここで、どこか神経質そうな印象の男が手を上げる。
「その縮尺だと、狭いように見えて天井と床の間は百メートルぐらいありませんか?」
「いい勘してる、だいたいそのぐらいよ」
「そんなのとても無理ですよ! いくら攻撃系のイデアを使っても、百メートルの穴なんて……」
半ばヒステリックになりながら、神南さんを責め立てる男。
しかし、言っていることは至極ごもっとも。
これだけの人数の討伐者がいても、そんな深さの縦穴を掘るのは難しいだろう。
それなら大人しく険しい道のりを二十キロ歩く方がマシである。
「それについては問題ないわ。掘削リグを持ち込んで目的地まで穴を掘る。シミュレーションだと約三時間で作業が完了するわ」
「いやいや、掘削リグってバカでかい重機ですよね? そんなのどうやって……」
「それについては、ワシら未来産業が責任をもってやらせてもらいます。どうぞよろしく」
最前列に陣取りながらも、これまで特に発言することのなかった気弱そうな年かさの男。
どこか討伐者らしくない彼がにわかに立ち上がると、皆に向かって深々とお辞儀をした。
途端に、声を荒げていた男が渋々と言った様子ながらも引っ込む。
どうやらあの男の人、討伐者の間でかなりの有名人らしい。
「あの人、誰なんですか?」
「運び屋の社長」
「運び屋?」
「未来産業の別称。運搬に適したイデアを持つ討伐者ばかりで、いつも荷物を運んでいるから」
「結構儲けてるらしいけどな。あの社長、商売がうまいんだよ」
そう言うと、うちの社長も真似してくれないかねえとぼやく樹さん。
なるほど、ニッチなところに眼を付けて稼いでいるってわけか。
それはそれでなかなかうまいやり方だなぁ。
人柄はともかく、商売上手ということなら鏡花さん以上だろう。
鏡花さんの場合、真面目過ぎて損しているように見える部分が多々あるからなぁ。
「仮に掘削リグを持ち込めたとして、それで掘れる穴は直径数十センチだろ? 通れるのか?」
「発破して拡張するわ。このヘリウム爆薬をワイヤーで吊るして、穴の五か所で爆発させる。計算上は、これで穴の直径を二メートルまで拡大できるはずよ」
「安全性は? 洞窟全体が崩れたりはしないか?」
「それも問題ない、あくまでシミュレーションの結果だけどね」
他の討伐者からの質問にも、スラスタと答える神南さん。
やがて彼女は、パンッと手を叩いて話を打ち切る。
「今後、我々が高難易度ダンジョンを攻略する際には大型機材の持ち込みや野営地の設置が必要不可欠となるわ! 今回はその練習だと思ってもらえるとありがたいわね!」
神南さんがそう言うと、討伐者たちは納得したように頷いた。
今回の合同討伐は、あくまで今後想定されている高難易度ダンジョン攻略のための前哨戦。
本番での連携を確認することが、最重要なのである。
反応を確かめた神南さんは最後に、討伐者たちに向かって発破をかけるように言う。
「さあ行くわよ! さっさと迷宮主を倒して、今日一日で終わらせましょう!」
「うおおおおっ!!!!」
気勢を上げる討伐者たち。
彼らは天幕を出るとすぐに門をくぐり、続々とダンジョンの中へと足を踏み入れていく。
俺もその背中に続いて、桜町や蕨山より一回り大きな門を潜った。
そして目の前に現れたのは――。
「……よりにもよって、アンダズかよ」
俺が前世で過ごした異世界、ヴェノリンドでも悪名高いある鉱山の景色であった。
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