第十九話 快進撃

 初ヶ瀬ダンジョン攻略を開始してから、およそ二時間。

 俺たち討伐隊はいよいよ掘削リグを設置するポイント付近まで進行していた。

 洞窟が縦に大きく広がり、さながら渓谷のようになった大空間。

 後はここさえ制圧すれば目的地はもうすぐだ。


「ライトニング!!」


 掌から迸る紫電。

 たちまちコウモリの群れが焼き尽くされ、地面へと落ちていく。

 それと入れ替わるようにして、今度は壁の上の隙間から巨大な蜘蛛が顔を出した。

 その眼は血に濡れたように赤く、口からは巨大な牙が生えている。

 ……こいつはなかなか、大物が出てきたな。

 即座に他の討伐者たちが攻撃を仕掛けるが、蜘蛛は何と自身の前に糸を張ってそれらを防いでしまう。

 

「こいつは、ちょっと手がかかりそうだな」

「私がやる。下がってて」


 ここが山場の一つと判断したのだろうか。

 それまで戦いを見守っていた神南さんが前に出てきた。

 ――気迫の抜刀。

 剣が赤々と燃えて、洞窟の闇を照らし出す。

 それはさながら、剣の形をした小さな太陽。

 その熱量によって、張り巡らされていた糸が自然と燃え始める。


「はあぁっ!!」


 炎の剣が紅い軌跡を描き出し、瞬く間に蜘蛛を両断した。

 灰色の巨体が燃え上がり、あっという間に灰となっていく。

 ……なかなか大した威力だ、中級魔法の上位ぐらいはありそうだな。

 ひょっとすると上級の下位ぐらいはあるかも。

 でも、あの蜘蛛を倒すには無駄が多すぎやしないだろうか?

 洞窟内であれだけの熱量を周囲にまき散らしたら、本人だって相当に暑いだろう。


「よし! さっさと行くわよ!」


 俺の懸念を知ってか知らずか、汗を拭きながら告げる神南さん。

 彼女の後に続いて、さらに進むこと約二十分ほど。

 緩やかな下り坂を降りて行ったところで、俺たちはとうとう目的の場所へとたどり着いた。

 洞窟が折れ曲がる地点であるその場所は、通路が膨らみ小部屋のような空間となっている。


「ほんじゃ、設置しまっせ! 貪欲の葛籠!!」


 男がそう叫ぶと同時に、昔話に出てくるような古風な葛籠が姿を現した。

 さらにそれを開くと、中から得体のしれない紫の霧が沸き上がってくる。

 そして瞬く間に霧が消えると、そこには巨大な土木機械が鎮座していた。

 間違いない、こいつが掘削リグだろう。


「へえ……アイテムボックスよりも便利じゃないか」


 前世で住んでいたヴェノリンドには、アイテムボックスと呼ばれる便利な道具があった。

 これは内部の空間が拡張されていて、中に大量の荷物を詰め込めるという代物だ。

 しかし、箱や袋の入り口という制限があるためあまり大きな荷物は入れられない。

 全体の容量がどの程度かわからないが、あれほど巨大な機械を持ち運べる葛籠は驚異的だ。

 どうにかしてあの箱というか、あのイデアを分析させてもらえないかな?


「水平よし、接続よし!」

「電源、入ります!」


 響き渡るモーター音。

 それと同時に、掘削機の先端に取り付けられたドリルピットがゆっくりと下ろされた。

 たちまち道路工事のような轟音がして、硬い岩でできた洞窟の地面にみるみる穴が開いていく。

 三時間で百メートルも掘るというだけあって、その勢いは大したもの。

 あっという間にドリルの先端部が見えなくなり、岩を砕く音が遠ざかっていく。


「あとは、掘削完了したところで発破するだけね。しばらく休憩、迷宮主との戦闘に備えましょう」


 掘削機の動作が安定したところで、神南さんがどこかほっとしたようにそう告げた。

 とりあえず、今回の合同討伐で前半の山は越えたってところか。

 後は迷宮主さえ討伐することができれば、無事にミッションコンプリートってわけだな。

 俺の場合、その戦いの途中でこっそりミスリルナイフを壊しておくってのもあるけど。


「今のところ順調だな」

「ん、あとは迷宮主を倒すだけ」

「……そう言えば、迷宮主ってどんなモンスターなんです?」


 既に一仕事終えた感のある樹さんと七夜さんに、恐る恐る尋ねてみる。

 迷宮主と呼ばれるモンスターと戦うのは、俺にとってこれが初めてのことだった。

 倒せばダンジョンを消滅させることのできる特別なモンスターだとは聞いているのだが……。

 実際、どれほどの強さなのかは未知数だった。


「そうだな、タイプにもよるんだが……。周囲のモンスターより数段強いな」

「あと、デカブツが多い。今回みたいに閉鎖型のダンジョンだと大変」

「やっぱり、主だけあってデカイんですね」

「稀に小さいのもいるけど、そっちの方がだいたいヤバい。特に人型は要注意」

「へえ……」

「ま、これだけの戦力が揃ってるんだ。カテゴリー2程度なら問題ねーよ」


 そう言うと、樹さんは視線を神南さんの方へと向けた。

 確かに、あの炎の剣はかなりの威力だったからなぁ。

 デカいモンスターを相手にするならかなり有力な戦力だろう。

 何なら、彼女一人でも片がつくかもしれない。

 

「問題はそれよりヤマトの動き。恐らく今回の参加者の中に、ヤマト寄りの人間がいるはず」

「彼らが戦闘の混乱に乗じて、俺たちに何か仕掛けてくるかもしれないと?」

「その可能性は高い」


 確信めいた口調でそう言う七夜さん。

 それに同意するように、樹さんもゆっくりと頷く。

 どうやら真の敵は、迷宮主以外にもいるのかもしれない……。

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