第十三話 聖銀の価値

「桜坂君! 昨日は大丈夫でしたか!?」


 翌日の朝。

 だるい頭を抱えながら出社すると、鏡花さんが凄い勢いですっ飛んできた。

 その剣幕に押された俺は、眠気を堪えながら返事をする。


「何かあったんですか?」

「これですよ、これ! 昨日、蕨山で大爆発があったって話題になってるんですよ!」


 そう言うと、すぐさまタブレットで動画を見せてくれる鏡花さん。

 すると爆発で遺跡がぶっ飛ぶ瞬間が、はっきりと捉えられていた。

 かなり至近距離から撮影していたようで、最後にはカメラが壊れて映像が途切れている。

 ……うわ、あんなところにカメラが置いてあったのかよ!


 既に動画はかなり話題になっているようで、再生数を見ると軽く百万回を超えていた。

 コメント欄も当然のように大荒れ。

 上級討伐者が暴れたという話から、兵器の実験という陰謀論っぽい話まで議論が入り乱れている。

 中には「人間の仕業じゃないだろ」なんて意見まであった。

 やばいな、思ったよりもずっと大事になりつつある。

 ネットの話題が収まるまでは、大人しくしておいた方がいいかもな。


「ああ、あの爆発ですか……。ちょっと近くで見ましたけど、俺は大丈夫でしたよ」

「ならいいのですが。ちなみに、犯人の姿とか見てませんよね?」


 まさか自分が犯人などと言えないので、首をゆっくり横に振って誤魔化す。

 すると鏡花さんは、そうですかと肩をすくめてデスクの方に戻っていった。

 流石に、新人討伐者があんな爆発を起こしたとは思わなかったらしい。


「これだけの爆発、討伐者の手によるものならまず間違いなくS級の仕業です。でも、S級が蕨山に入ったなんて記録ないんですよね」

「あの、S級って何です? 討伐者にランクなんてありましたっけ?」

「ああ、それはですね。特に戦闘力の高い討伐者のみ、特別に政府がS級に指定するのですよ。S級になるといろいろ特権を受けられるのですが、常に衛星で居場所を監視されちゃうのです」


 特権があるにしても、それはちょっと嫌だなぁ。

 俺も、あの爆発の犯人だってばれたら政府に監視されるのか?

 プライバシーがゼロになりそうだし、本気を出すのはほどほどにした方がいいかもしれない。


「まぁ、S級なんて本当の上澄みなので私たちにはほぼ関係ないですけど」

「あはは、そうですよね。というか、これ本物の映像なんですか? ダンジョンの中にカメラがあるなんて、聞いたことないんですけど」


 映像の真偽を疑っているように見せかけて、しれっとカメラのことを聞き出す。

 カンパニーの社長である鏡花さんなら、この辺のこともある程度知っているかもしれない。

 すると案の定、彼女はやれやれと言ったような顔をして語り出す。


「蕨山は不人気なので、たまーに不法投棄とかする輩がいるんですよ。それで各ポイントに監視カメラが設置されたんです」

「ああ、入るだけなら一般人でもできますもんね……」

「ええ。ダンジョン内に捨てれば警察とかも来ないので、いろいろヤバいもの捨てる不届き者がいるんですよね」


 そう言えば、核廃棄物をダンジョン内に捨てようとか言う無茶苦茶な議論が一時期あったなぁ。

 モンスターに遭遇する危険を冒してでも、処分してしまいたいゴミというものはある。

 低ランクのダンジョンなら、ジェットパックとかホバーバイクを持ち込めば逃げ切れるだろうし。


「……それで、今日はどうするのです? 何だか朝からお疲れみたいですが」

「昨日張り切り過ぎちゃったので、ちょっと休もうかと。昨日の分の鑑定だけお願いできますか?」

「いいですよ」

「それじゃあ……」


 鏡花さんのお言葉に甘えて、俺はザックの中から昨日の分の魔石を取り出した。

 下級モンスターの魔石とは明らかに異なる大きな魔石がごろごろとデスクの上を転がる。

 それを見た鏡花さんの目が、たちまち丸くなった。


「これは?」

「爆発現場に行ったら、転がってたんです」

「あの爆発、危険ポイントで起きてたはずですよね? 近づいちゃったんですか?」


 デスクから身を乗り出し、ずいっと迫ってくる鏡花さん。

 その表情はにこやかだが目がまったく笑っていなかった。

 あー、こりゃけっこうマジで怒ってるな……。

 あまり察しの良くない俺ですらわかるほどの威圧感が、全身からにじみ出ていた。

 普段は怒らない人が怒ると怖いと言うが、まさにその通りだな。


「…………凄い爆発だったので、ちょっと様子を見に」

「ダメじゃないですか! 討伐者の基本は命を大事にですよ!」

「ご、ごめんなさい」

「気を付けてくださいね! 強いイデアに覚醒した人ほど、自信過剰になって事故を起こしやすいんですよ! うちの会社にもですね……」


 滔々とお説教をする鏡花さんに、小さくなる俺。

 まあ、ヴェノリンドでも才能のある冒険者ほど早死にするとか言われてたからなぁ……。

 荒事を専門にする職として、そのあたりはどこの世界でも共通なのだろう。

 しかしこうなってくると、上級の魔石をたくさん持ち帰って稼ぐってのは難しそうだな。

 鏡花さんを通す以外に魔石を売りさばく方法なんてのも知らないし。

 手持ちの分を売る方法もちょっと考えないとな。


「……というわけで、以後はないようにしてくださいね!」

「はい、気を付けます」

「あと、できるだけ直帰はしないでくださいね! やむを得ない場合は仕方ないですが」

「だったら、昨日はやむを得ない場合でした。家の一大事だったので」

「ならいいのです!」


 そういうと、鏡花さんは鑑定を再開した。

 そして数分後、彼女は驚きの金額を告げる。


「全部で二十三万六千円ですね」

「二十三万!? うわ、月給二か月分じゃないですか!」

「良かったですね! これで今月は歩合分だけで七十万円ほどあるのですよ」

「おおぉ……!!」


 月給七十万円。

 ついこの間まで、無職同然だった俺からすれば夢のような金額である。

 月給三百万とかよりも、リアリティがある分だけ達成感が凄い。

 俺、めっちゃ頑張ったなぁ……。

 給料が振り込まれたら、那美と一緒にジョウジョウ苑にでも行こう。


「あ、そうだ! ついでにこれも見てもらっていいですか?」

「んん? もしかしてダンジョンで拾ったんですか?」

「ええ。魔石が転がってた場所の近くに、地下への入り口があって。たぶん爆発の時に上が吹っ飛んで現れたんだと思うんですけど」


 俺がそう言って取り出したのは、例の宝箱に入っていた古いナイフだった。

 特に魔法が込められているわけでもないので、そこまで大したお宝ではないのだが。

 それでも、ミスリル製なので数万円にはなるだろう。

 今の俺にとってはそれでも十分大きな金額……だと思ったのだが。


「この光り方は……ま、まさか!?」


 ナイフを受け取って調べ始めた鏡花さんはにわかに驚いたような顔をした。

 上級の魔石を見せた時よりも、さらに反応が大きい。

 額には冷や汗が浮かび、ルーペを通してナイフを見る目も真剣そのもの。

 明らかにただ事ではない雰囲気だ。

 あれ、ひょっとして地球だとミスリルってめちゃくちゃ貴重だったりするのか?

 ヴェノリンドだったら、銀よりちょっと高いぐらいだけど。


「そんなに、凄いんですか?」

「はい、これ恐らくミスリルですよ!」

「……あんまり詳しくないんですけど、ミスリルってそんなに貴重なんです?」


 ずいぶんと興奮した様子の鏡花さんに、俺は思わず尋ねた。

 ヴェノリンドでは聖銀とも呼ばれるミスリルだが、実際のところそこまで大したものではない。

 鉄より軽くて丈夫ではあるが、単純な材料としては日本のアルミ合金の方がよほど優れている。

 鉄より優れた材料など現代の文明社会においてはありふれているのだ。

 他に魔力を通しやすいという特徴もあるが、それが地球で価値を産むとは思えない。

 俺がそう思っていると、鏡花さんは少し呆れたような顔をして言う。

 

「もちろん! 桜坂君、むしろ知らなかったんですか?」

「ええ、まあ。ミスリルなんて、何に使うんです? 宝飾品とかですか?」

「違うのですよ! ミスリルはですね、常温超伝導体なのです!」


 ……なんだそれ?

 何だか耳慣れない用語に、俺は顔をしかめるのだった。

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