第十二話 宝とお兄ちゃんの本気

「……罠は特にないな」


 念のため魔力を探るが、周囲に妙なものは見られなかった。

 俺は慎重に宝箱に近づくと、蓋を軽く持ち上げて鍵がかかっているかを確認する。

 すると箱の内部から、微かに魔力の反応があった。

 ははーん、こいつは魔力結界で蓋を封じているタイプだな?

 普通の物理的な鍵よりもかなり凝った方式だが、俺にとっては好都合だ。


「対応する魔力は……ほいほいっと!」


 この手の結界は、個人の魔力を認証するようになっている。

 そのため、魔力の波長を調節して合わせてやれば開くことは簡単だ。

 まぁ、ヴェノリンドでもこれが得意なのは俺ぐらいだったけどな。


「……お?」


 やがて中から現れたのは、古びたナイフだった。

 柄は黒木でできていて、花柄の蒔絵のような装飾が刻み込まれている。

 貴族趣味で、なかなかに高級感のあるデザインだ。

 魔法は特に掛けられていないので、残念ながらただのナイフみたいだな。

 問題は……こいつが何で出来ているか。

 恐る恐る鞘から引き抜くと、たちまち沈んだ銀の輝きが目に飛び込んできた。


「なんだ、ミスリルか」


 結界を用いた宝箱は作成にかなりの手間がかかる。

 それだけにちょっと期待したのだが、残念ながら大したことはなかった。

 ヴェノリンドの感覚だと、このミスリル製のナイフの価値は冒険者の日給一日分ってところか。

 日本で言うと、たぶん二万か三万ってところだろう。

 もちろんガラクタではないが、隠し倉庫にあったお宝としては拍子抜けだ。

 アーティファクトと呼べるような品では残念ながらないだろう。


「初めからそう上手くはいかないってことだな」


 お宝は貴重だからこそ価値がある。

 俺は気を取り直すと、他に何かないかを探ってから倉庫を後にした。

 まあ、これでも数万円の価値はあるのだから決して無駄ではなかった。

 むしろ、一時間もしないうちに一か月の食費を稼いだと考えれば大したもんである。

 こうして通路を戻って階段を上がると、そこには――。


「おいおい……」


 木製ゴーレムの群れが、今か今かと遺跡の入り口で俺を待ち構えていた。

 クッソ、俺が遺跡に入ったのに気づかれたか!

 見た目も性能もヴェノリンドのゴーレムとは全くの別物だが、遺跡の守り人であることは変わらなかったらしい。

 地下への通路が開かれたことに気付いて、侵入者を始末すべく集結したようだ。

 大きさの問題で下には降りられないようだが、これだと外に出られないな。


「参ったな、ほかに出入り口は……ないな」


 あいにく、通路は一本道。

 奥の倉庫にも他の場所へ抜けられるような隠し扉などはない。

 どうにかして、このゴーレム軍団を突破していくしかないな。

 だが、俺に残された魔力はさほど多くない。

 今日は検証作業で最上級魔法とかも使ったからなぁ。


「さてどうするか……」


 中級魔法を強化するにしても、あの数だと少しきついな。

 あれは一発の威力は高いが、広範囲にダメージを与えるような魔法ではない。

 運よく何体か重なった位置に当たればまとめてぶち抜けるが、ゴーレムたちは距離を保っている。

 あいつら、意外としっかり連携が取れるようになってるのかもな。


「しゃーない、魔力の回復を待つとするか」


 魔力の無い状態だときついが、逆に考えると魔力さえあればどうとでもなる。

 俺は階段に腰かけると、のんびりと休憩をとることにした。

 あとは昼寝でもして、時間さえ潰せば――。

 

「んん? 誰からだ?」


 ここで、背中のザックに詰めていたスマホが鳴った。

 そう言えば、ダンジョンの中でも通信できるところがあるとか聞いたことあるな。

 どうやらこの蕨山ダンジョンも、そういった場所の一つだったらしい。

 驚きつつも画面を開くと、那美からレインが届いていた。


「今日はカレーだから早く帰ってこい……か」


 なんてこった、那美からの帰還命令だと……!!

 しかもカレーって、いったい何年ぶりだ?

 そう言われたからには、何が何でも帰らなければならない。

 予定変更、あのゴーレム軍団は今すぐ全滅させる。

 しゃーない、翌日がちょっと大変だから控えてたけど……あれやるか。

 ちょっとした二日酔いみたいになって、だるいんだよな。


「外気法……!!」


 呼吸を整えながら、自身の身体を媒介として周囲の魔力に働きかける。

 ――外気法。

 これはその名の通り、外部の魔力を活用して魔法を発動させる秘儀である。

 古の魔導師が編み出したはいいが実用化できていなかった技法を、前世の俺が完成させた。

 これさえあれば、自身に魔力がほとんどなくても大魔法を発動できる壊れ技である。

 しかし、かなり無茶のある技法なので翌日の疲れがひどいんだよな……。

 なのでいざという時にしか使わないようにしているが、妹の帰還命令はそれに値する。

 俺はきちんと家に帰って、那美のカレーを食べなければならないのだ……!!


「お前らには悪いが、一瞬で終わらせよう。カタストロフィ!!」


 炸裂する炎。

 爆風が吹き荒れ、ゴーレムたちの身体が消し飛んでいく。

 それはさながら炎の饗宴。

 水分をたっぷりと含んでいるはずのゴーレムの身体が、まるで乾いた薪のように発火した。

 やがて周囲の石壁や石畳までもが、赤熱して溶け始める。

 

「……ちょっとやり過ぎたな」


 火の嵐が収まった後に外へ出ると、遺跡は以前とは全く違う状態になっていた。

 石柱や石壁が軒並み崩れ、手足の吹き飛んだゴーレムたちが転がっている。

 うーむ、外気法がちょっと強く働き過ぎたな。

 ダンジョンの中は魔力が多いから、効果が想像以上だったらしい。

 俺はバラバラになって身動きの出来ないゴーレムに近づくと、無造作に魔石をもぎ取る。

 さしものゴーレムも、こうなってしまうとまともに抵抗すらできなかった。


「…………これについては黙っておこう、うん」


 ひょっとすると、この遺跡の調査をしている人とかいたかもしれない。

 その人たちには申し訳ないけれど、俺はこの一件について黙秘することを決めた。

 ま、まあきっとばれることはないだろう、うん。

 今はそれよりも、早く帰って那美のカレーを食べないとな!

 こうして俺は、急いで蕨山管理ダンジョンを出るとまっすぐ家に直帰したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る