第十四話 合同討伐
「えーっとつまり、いろいろな産業に応用できる価値の高い物質だと?」
鏡花さんの説明を聞いて、俺はとりあえずミスリルについてそう納得した。
ヴェノリンドでは主に貴金属や魔法の媒体として用いられていたミスリルだが、地球では主に電気機器の配線や強力な電磁石の材料として使われているらしい。
ミスリルのおかげで、それまで夢の技術と言われていたものもいくつか実現したのだとか。
七夜さんのホバーバイクとかも、ミスリルを使った高性能モーターのおかげで出来ているらしい。
「ほぼ壊滅状態に陥った日本が三十年でここまで復興したのも、超電導技術のパテントをほぼ独占しているからなのですよ。現代史の授業で習ったはずなのです」
「あー、バイトで忙しくて歴史の授業とかはほぼ寝てました」
「教養は大事なのですよ、寝ちゃダメです」
メッと可愛らしく怒る鏡花さん。
生きていくうえで、知識は大事だものなぁ。
前世が賢者であるだけにそれはとてもよくわかる。
だが、今はまあそれよりも……。
「……それで、どのぐらいになりそうなんです? そのナイフ」
「ええっと二百グラムほどあるので、現在の取引相場だと……一千万円ぐらいですね!」
「一千万!? それもう家が買えるじゃないですか!」
あまりの金額に、俺は貯まらず変な声を出してしまった。
カンパニーの取り分を除いても、俺の手元には七百万円以上が残る。
万年金欠だった俺たち兄妹にとっては、下手をしなくても人生が変わる金額だ。
討伐者になれば稼げると思っていたが、まさかこんなに早く大金が手に入るとは……!
「すげえ……兄ちゃん、頑張ったよ……」
「おめでとうなのです。これだけの掘り出し物、なかなか出ないのですよ」
「はい!」
「ただその……喜んでいるところ悪いのですが……」
ここで急に、鏡花さんの口調がたどたどしくなった。
これは、何だかちょっと嫌な予感がするな。
普段と比べて弱々しい彼女の様子は、出会ったばかりの頃を思い出す。
そう、会社の先行きが見えずに困っていた時だ。
ここ最近は、俺が入社したせいかそういう顔をあまりしなくなっていたのだけどなぁ。
「基本的に、ダンジョンから発見された資源は行政の認可を受けた企業が買い取りをすることになっています。ミスリルなどの金属については、ヤマト金属という会社が独占的に買い取ることになっているのですが……その……」
「何かあるんですか?」
「実は、いまうちに嫌がらせをしている会社がそこなんですよね」
鏡花さんの言葉を聞いて、俺はあちゃーと額に手を当てた。
それじゃあ、スムーズな買い取りなんて期待できるはずがない。
厄介なところに目を付けられたものだと思うが、関連がある会社だからこそカンパニーの経営権が欲しいのかもなぁ……。
「流石に行政の許可を取ってしている事業なので、最終的には買い取ってくれるはずなのですが……。言いがかりをつけて買取価格を下げるか、期限の引き延ばしはまず間違いなくやってくると思います」
「うわぁ……なかなかきついですね」
「もちろん、桜坂君の分については会社で肩代わりして先にお支払いするのです! ただ、今月分の給料としてお渡しするのはちょっと」
そういうと、鏡花さんはタブレットを取り出した。
そしてスケジュール帳のような画面を出すと、うんうんと頭を悩ませる。
「そうですね。何とか三か月以内には……どうにか……。ひょっとすると半年ぐらい……」
「うちの会社、そんなにきついんですか?」
「……今更隠せないので言いますが、だいぶ」
心底疲れ果てたように、大きなため息をつく鏡花さん。
そのまま軽く肩を回すと、ポキポキと骨が鳴る。
その姿からは中小経営者の悲哀というものが色濃く見て取れた。
うーん、どうにか助けてあげたいなぁ……。
「ナイフが早く売れれば、会社も助かりますよね?」
「ええ、臨時収入になりますから」
「何とかうまく、売り抜ける方法はないんですか?」
「うーん…………」
腕組みをして、鏡花さんは眉間に深い皺を寄せた。
どうやら、まったく手が無いというわけでもないらしい。
「……桜坂君は、合同討伐というものについて七夜から聞いてますか?」
「いくつかのカンパニーで討伐隊を作って、新しいダンジョンを攻略する奴ですよね」
「ええ、そうです。この合同討伐の際、見つかった素材や破損した武具は主催したカンパニーがまとめて買い上げるという仕組みがありまして」
「なるほど、じゃあこのナイフを合同討伐の時に拾ったってことにすればいいと?」
「いえ、少し違います。サブウェポンとして持ち込んで、討伐中にわざと破損させるんです。いきなりミスリルのナイフを拾うのは不自然ですから」
悪戯っぽい笑みを浮かべる鏡花さん。
なかなか、よく考え抜かれた手法である。
というか、これまでもこのやり方でアーティファクトを上手く換金してそうだな。
明らかに手慣れた雰囲気を感じた。
「幸い、近々ナイトゴーンズの主催で大規模な合同討伐が予定されているのです。その練習を兼ねてカテゴリー2のダンジョンに合同で潜るので、そのときに実行しましょう」
「ちょうどいいじゃないですか」
「ただ、いくつか欠点もあって。これをするためには、まず桜坂君自身が合同討伐へ参加する必要があるのですよ。あと、ヤマト側もこのタイミングで何か仕掛けてくる可能性は高いのです」
なるほど、近道には相応のリスクもあるってことか。
鏡花さんが渋っていたのはそのせいだろうな。
「どうします? 断ってもらっても全然かまわないのですが。リスクもありますし……」
「そうですね、カテゴリー2ってどの程度なんですか?」
ダンジョンは難易度別に、カテゴリー1から5までの五つに区分されている。
俺が普段潜っている桜町や蕨山は、もともとカテゴリー1のダンジョンだ。
今では管理ダンジョンとなっているため、実質的な難易度はもっと低いともされている。
「モンスターの強さの平均は大したことないのですよ。あくまで下から二番目のカテゴリーですからね。ただ、今回潜るのは新しいダンジョンなので情報が少なめです」
それなら特に問題はなさそうだな。
合同討伐にミスリルのナイフを武器として持ち込み、破損を装って買い取ってもらう。
何だかちょっと詐欺のスキームみたいで、後味が悪そうなのだけが難点だが。
そんな俺の心情を察したのか、鏡花さんが言う。
「……まあ、こういう手口はどこも割とよくやるので。そこまで気にすることもないですよ。ミスリルのナイフの場合、金属としての価値がほとんどなので破損したものを買い取っても儲かりますしね」
「結構あるんですか?」
「ええ。中小カンパニーは買取の遅さに困ってるところも多いので。大手側もこういうのは割と黙認してるのです」
業界の慣行という訳か。
完全に善とは言い切れないけれど、みんなが生きていくためには必要なんだろうな。
今回については、嫌がらせをしてきているヤマト金属が悪いのだし。
お行儀良くして会社が潰れたら元も子もない。
「わかりました、じゃあ俺行きますよ。合同討伐!」
「ありがとうございます! じゃあ、それまでに腕を磨いておいてくださいね! 詳しいことは後で連絡します!」
こうして俺は、合同討伐へと参加することとなったのだった――。
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